ワールドカップ2026は今朝スペイン優勝で閉幕。話題の中心はアルゼンチンのメッシというかメッシのアルゼンチンであったが、大本命のスペインに完敗に終わった。下画像は表彰式でカップを掲げるスペインで、トランプ大統領が慣例を破って同席?して話題に。
決勝戦スコアは1-0ながら、アルゼンチンは延長前半までシュート0と完全に抑え込まれ、本大会でワールドカップの通算得点記録を更新したメッシ(ドイツのクローゼの16点を21点で追い抜きトップに立ったが、すぐにフランスのエムバペに22点で追い越された)もほとんどボールに触れなかった。
メッシがこれほど注目されたのは39歳でワールドカップに6回目の出場、史上最高と云われた選手が前回悲願の初優勝、このまま引退と大半の人が思ったにもかかわらず4年後の今回も出場して歩きながら(笑)得点を量産してついにまた決勝までというドラマ性からである。
サッカーの長い歴史ではメッシ以外にも数多くのスーパースターが出現したが、その中でもレジェンドクラスといえば一般的には次の6人があげられることが多い。
ディ・ステファノ(画像上 1926-2014 アルゼンチン)
R.マドリード 893得点/1126試合=0.79
C.C. 1956,1957,1958,1959,1960
ペレ(1940-2022 ブラジル)
サントス 1281/1363=0.94
W.C. 1958, 1962, 1970
クライフ(1947-2016 オランダ)
アヤックス→バルセロナ 326/569=0.57
C.C. 1971,1972,1973
マラドーナ(1960-2020 アルゼンチン)
ボカ・ジュニアーズ→バルセロナ→ローマ 353/694=0.51
W.C. 1986
クリスチャーノ・ロナウド (1985~ ポルトガル)
マンチェスターU.→R.マドリード→ユヴェンドス→アル・ナスル
976/1326=0.74 C.C. 2008,2014,2016,2017,2018
メッシ (1987~ アルゼンチン)
バルセロナ→マイアミ 919/1163=0.79
W.C. 2022 C.C. 2006,2009,2011,2015
W.C.はワールドカップ、C.C.は欧州チャンピオンズカップ(リーグ)の優勝年。
試合数・得点数に関しては、ディ・ステファノとペレはFIFAの組織がまだしっかりしていなかった時代で公式戦の定義が難しいので異説もある。
なお得点率(得点数/試合数)に関してはストライカー(フォワード・点取り屋)タイプとゲームメーカー(ミッドフィルダー)タイプでは同列に比較はできない。クライフとマラドーナが純粋なゲームメーカーなので得点率はそれほどでもない(といってもトップクラスのセンターフォワード以上なのであるが)のに対してその他の4人はストライカーであるが、ペレとメッシはゲームメーカー的な要素も併せ持ち、ディ・ステファノはストライカーとゲームメーカーを完全に兼ねていた(彼だけはリアルタイムでは観ていないのだが)とされている。
そういう意味ではディフェンダーやゴールキーパーのような守備選手でレジェンドクラスはいないのかとも思われるが、サッカーという競技はあの広いゴールに蹴りこむのであるから、基本的にはうまく攻めれば失点を防ぐことができない(その点アイスホッケーは逆であり超人的なゴールキーパーがいれば一人で勝つことも可能で、史上最高の選手は空前絶後の得点王グレッキーではなくゴールキーパーのハシェック:画像上だと思う)ため、レジェンドクラスは攻撃側のみというのはやむを得ないだろう。
こうして6人のレジェンドクラスを見るとその半分がアルゼンチン人である。そしてアルゼンチン人と云えば世界では(国内でもかな)サッカー選手のマラドーナとメッシ(ディ・ステファノはあまりにも時代が旧い上に後半生の活躍の舞台がスペイン)が有名人であり、サッカーはアルゼンチンでは国民の中で特別な存在と云える。
他にもサッカーがスポーツを超えた特別な存在である国としてはイングランドとブラジルが挙げられるが、イングランドのサッカーが生活の中に組み込まれた伝統文化、ブラジルのサッカーが生きる悦びを表現する芸術とするならば、アルゼンチンのサッカーは“生死をかけた人生そのもの”といえるだろうか。
そしてこれはアルゼンチンの国民性とも結びついている。
サッカー選手以外のアルゼンチン人で有名人と云えば、チェ・ゲバラ(画像上1928-1967)とペロン夫妻(ファン1895-1974、エバ1919-1952)が挙げられ、この3人が共演?した“エビータ”(初演1978)と名曲「アルゼンチンよ泣かないで(Don't Cry for Me Argentina)」はアルゼンチン人気質をよく表している。
要はラテンの一般的なイメージである陽気さとは正反対に、アルゼンチン人はメランコリック(憂鬱・哀愁)な気質であり、それが悲哀に満ちた音楽であるタンゴや悲壮感あふれるサッカーによく表れている。
これは前述のゲバラやペロン夫妻(画像下)の運命(一度は栄華を極めながら様々な意味での転落の最期を迎えること)やアルゼンチンそのものの国勢(20世紀初頭には世界有数の富裕国であったが今は没落して、世界で唯一先進国から発展途上国に逆戻りした国とされる)とも重なっている。
彼らにとってサッカーは単なるスポーツではなく、社会の理不尽さや苦難、裏切られた希望といった「生の悲哀」を背負い、それを劇的に昇華させるための唯一無二の表現舞台なのである。
私はワールドカップを観始めたのは1974年の西ドイツ大会から(下記ブログ参照、そもそもそれ以前はTV中継がなく、ペレやエウゼビオの来日親善試合が世界の一流選手を観る唯一の機会)であるが、次の1978年アルゼンチン大会決勝(2ゴールを挙げて国民的英雄となったケンペスが今日のセレモニーで出てきて懐かしかった)での観客の熱狂ぶりは世界サッカー史上で最も凄まじく、そして恐ろしいほどの狂気と表現されるほど異様なものであった。
スタジウム全体が紙吹雪で真っ白になり、観客のアルヘンチーノ・アルヘンチーノという叫び声でスタジアムが揺れる光景は軍事独裁政権下での国民の不安・不満をワールドカップ優勝の熱狂でそらそうとするもので、その軍事政権の暴走は1982年のフォークランド紛争につながり、その結果としての国民の絶望をまたマラドーナが1986年ワールドカップ・イングランド戦の神の手ゴール(画像下)と5人抜きで・・・
そしてそのマラドーナもまたアルゼンチン人の伝統?から1986年の優勝以後は転落の人生が待っていて・・・ そういえば史上最強のミドル級ボクサーと云われたカルロス・モンソン(1942-1995)も妻を殺害して服役中に交通事故死(服役中に車を運転するというのもアルゼンチンらしいが)という典型的な破滅型のアルゼンチン人であった。
しかしながらメッシはこれまでの伝統的破滅型のアルゼンチン人とは全く異なるようだ。
アルゼンチンからバルセロナに渡ってからのキャリアも史上最高の選手と呼ばれるほど順風満帆で、幼馴染と結婚して浮いた噂もなく3児に恵まれ、選手生活の晩年になって米国に移ってからも大活躍。ワールドカップでも前回の涙の初優勝に続いて今回も様々な記録を更新した上に準優勝。
面白味はないが絵に描いたようなサクセスストーリーであり、アルゼンチンにおける新世代のロールモデルとして、メランコリックなアルゼンチン人気質を一人で変革しつつあるようだ。名前もメシア(救世主)に通じるものがあるし。
上画像は2010年・南アフリカ大会での当時23歳のメッシで、一緒に映っているのは監督のマラドーナ。
下画像は今大会39歳のメッシでいい顔になっている。刺青だらけになったのはちょっとアレだが。
今回のワールドカップはアメフトみたいなハーフタイムショーを導入して保守的なファンからは評判が悪かったようだが、別に楽しければいいのではないか。スポーツもショーなのだから相性はいいと思う。
その実質的なトリをとったのはシャキーラ(コロンビア)であり、2010年大会でもテーマソングWaka Waka(画像上)を今大会でもDai Dai(画像下)を歌い(作詞作曲の代表者でもある)大ヒットさせた。
裸足でベリーダンスという情熱的なラテンシンガーで私も大ファンであるが、2010年は33歳、2026年は49歳。メッシより10歳上であるが、メッシの16年間の変化に比べ、シャキーラは16年で変化がないというかむしろ若返っており好対照で面白い。
なお両大会とも優勝はスペインでありラテンの歌姫と相性がいいのかも。
































































































