北京・女子マラソン | わたしとランと

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2006年より走り始めランニングをライフワークにするはずが、2013年から体調崩し、2015年3月に関節リウマチの診断おりる。6月〜9月中旬まで3ヶ月休職。復帰へむけて一歩ずつ・・・

テレビでみていた、北京の女子マラソン。土佐礼子さんのサングラス、つるの部分が、緑色だった。



緑は土佐さんの今年のラッキーカラー。土佐さんは毎年自分のラッキーからを調べて、その色のものを身に付け、レースに挑んできた。東京国際女子マラソンも。世界陸上も。そして、北京!ご主人からは、今年の誕生日に緑の財布もプレゼントしてもらったようだ。



でも、その緑パワーが、いい結果を導いてくれることはなかった。・・・まさかの途中棄権。



レースあとのニュースか、北京の特集番組だったかで、後輩の渋井陽子さんが、応援している姿がテレビにうつってた。「土佐さーん」って応援してた。あと、リタイアした後「土佐さんの外反母趾はすごい!とびでちゃってるんですよ」といっていた。「1ヶ月もちゃんと走ってないんですよ」「でも、野口さんが棄権した後だし、土佐さんが棄権するわけにはいかないじゃないですか」と一生懸命、彼女のことをフォローしていた。



土佐選手は、すごく、いい先輩なんだろうなぁ。



前、増田明美さんが解説で、「気分やの渋井さんに対し、土佐さんは辛抱強いし、練習も熱心だ」というようなことをいっていたのを思い出した。



個人的には、「渋井選手の明るさ」が大好きなので、渋井さんのファンなんだけど、そして、一番好きなのは、Qちゃんだけど、土佐さんのマラソンへの思いにじーんとしてしまった。「マラソンへの思い=周りの人たちへの思い」



素人には想像もつかない4年間の思いが、つまってるんだと思う。そんなすべての思いがふきだしてしまったような、嗚咽をきいて、涙がかれるまで泣いて、またがんばってほしいと思った。



最後は、緑の財布をくれただんなさんが、「もういい、やめろ」といったそうだ。



一番応援してた人が「やめろ」といってくれたおかげで、彼女もやめることができたんだろう。結果、残念だったけど、お疲れ様でしたといいたいです。



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それにしても、優勝は38歳のトメスク選手とは・・・。



ヌデレバ選手は、トメスク選手がスピードをあげたときから暫く、トップ集団の後方にいたため、そのことを知らなかったようで、最後まで優勝争いをしていると信じていたとの報道もありました。



他の選手は、最初のスタートがゆっくりすぎて、カラダが、ゆっくりペースに慣れてしまったため、おいあげができなかったのでしょうか。



ふつうに考えると、中村選手が名古屋の時と同じ走りをできていれば、2時間25分台だから金メダルとれるはずなのになぁ・・・。なんて考えてしまうんだけど、そうはいかないものなんですね。



それにしても、自分より年上の女性が、頂点にたったというのは、励みになりますね♪



木曜日の筋肉痛がまだとれない、わたしは、もっとがんばらないとなぁ。仕事もランニングも!