終の棲家と大腿骨頸部骨折 -26ページ目

退職後、10年日誌をつけ始めて 2011年に2冊目に。

    去年の4月7日は暖房をオフにするのが早すぎたと、・・・・。


 10年日誌の効用にほれ込み贈った数は何冊か・・・しかし先日、


たつた1年書いただけで逝ってしまったTさん、生者必滅とは申せ、まだまだ先のことと思っていた人、はかないものである。

 当然10年は書かれることを期待して贈ったのだから(´・ω・`)、インターネット検索すると、まるで未だに活躍中のよう、本人は満足か?

  3・11を迎えたが、どう復興するのか、かって住んだ神戸の例をみても元の木阿弥になるのではと危惧している.。1995年の震災後、ある地域の復興プランに専門家を含む多くの人が応募して、駅に設計図が公表されていた。しかし,出来上がった街は、住民エゴか、元通りの古臭い商店ばかり、結局、欲しいものは中心街まで行かなければというハメになった。

 

 現在の市街地もクルマばかり多い、何処にでもある街づくりが大部分、ここも、かって街づくりプランが求められたことがあり、応募したことがあるが・・・・どうもプランナーが居ないらしい。


 注文一戸建てをたてたささやかな経験から、意外に建築業者に提案力が無いのにオドロいた。家造りは健康維持の観点から断熱、窓の位置、暖冷房等、又、日本の住いのように100坪以下の敷地の場合、隣家との関係も大切、エアコンの室外機を隣家に向けてはならないのは当然のこと、隣家との窓の位置、ゴミ置き場など考慮しなければならないが、先ず配慮されたものは少ない。


人材が居ないと報じられている、そうかも知れない.。一軒の家を建てるからコミニュテイを創るへ視野を広げて欲しい。


  春先になると路地もののイチゴをケース200円位で売りに来る農家、生協の近くや銀行前の歩道などで堂々と野菜や果物を並べて・・・、新鮮で安いから生協への買い物序でによく利用、この際とばかりジャムづくりに励んだものである。


公共の場所だが誰も何とも言わないのか(^^♪、見て見ぬりか 合格とにかく毎年繰り返された風景であった。

さて、此処、農業の街 はてなマークに引っ越して以来、この風景は見られなくなった。市庁舎の裏などで地場野菜の販売はしているらしいが、わざわざ足を運ばねばならないから利用したことはない。

たくましくエネルギッシュな庶民感覚のやり方のほうが便利なことは間違いない。

  クルマ社会と歩いて暮らす街の違いかもダウン、或は東と西の気質の違いかもアップ

先日、故宮博物院展の薄暗い展示室で同行の友人を探すのに難儀した。小柄な友は帽子から靴まで黒づくめ完全に周囲に溶け込んでしまう(  ゚ ▽ ゚ ;)

 

 観客の年齢層特有なのか、冬の服装は一般に黒っぽいものが多い。そこで、改めて海外旅行のアルバムを冬の服装に焦点をあてて視た。冬の旅行は少ないがイギリス、カナダ等は男女を問わず明るい色彩感覚の服装が多いように見受けられる。


 私自身はと言えば、若かりし頃のそれらを何十年も着ている、また神戸という土地柄か輸入物が多かったせいか概してカラフル、黒は葬祭用のみ。

 

 確かに黒はシックであるけれども髪の黒い、小柄な日本人、特に集合体では黒ネズミの集まりのようで戴けない。シニア層よ、もっと明るくなろうニコニコ


 終の棲家・新築の記録  情報量、楽しさ、面白さ、プラスαで賀状を3ランクまで選んでみた!!



 この頃、加齢と共に「欠礼します」が多くなり人それぞれだが些か淋しい。


  90代で年賀を欠かさぬ方が2人、そのうちの1人、

 彼女の水上バンガロー下谷神社・大観の天井画で賀状(下)


 左は子育て終了の50代、手作りパンの楽しい賀状


 そして 国外にまで及ぶ俳句の旅人・英語の3行句(下)


その他 毎年700通もの賀状を送るという80代で現役・文字だけの印刷なのだが情報満載で面白く近況を知らせてくれる。   私も見習い、X’mas グリーティングカードと日本式年賀をドッキングさせてみよう!?

終の棲家・新築の記録



  台風の日は、15:00ぐらいに帰宅した人もいたのですが、私は、すこし甘くみていました。

 暴風雨が時折襲う18:00頃に会社を出たので、東京駅に向かう途中で、20年来使っていた傘
の骨が折れてしまいました。(ペンチで直しましたが、骨の金属に亀裂が入ってしまい、次の暴風雨には耐えられないかもしれません。)
    私: 傘の骨 でよかったと思うよ(*^▽^*)

 18:00~19:00頃は電車がストップしていたため、結局会社に戻り、20:00ごろまで食堂で
時間を潰してから帰宅しました。 天気予報でも20:00頃には風雨が収まるといっていたので、
それまで会社にとどまっていた方が良かった、と言えます。 電車は始発なので、5本程度見送って
から座って帰りました。 無理に帰宅しようとしないのが、正解のようです。
あの台風は本当に恐ろしかったですね。

私はオフィスを午後2時半ごろ出させてもらえたので、ぎりぎり帰宅難民に巻き込まれずに済みました。台風が東京を直撃したのは久しぶりでしたので、ちょっと甘く見ていたところがあったと思います。

ニュースでは「最大限の警戒を」、と呼びかけていたにもかかわらず、すぐに帰宅しなかった人は大勢いたようですね。私が毎日通っている渋谷のバス停があんなに人であふれるなんて、驚きです。皆なぜあそこまで無理して帰ろうとするのでしょうね。(地震の時もそうでしたが。)どうせまた翌朝通勤してくるのに。。。

私は災害に巻き込まれた際には無理して帰らず、オフィス又はビジネスホテルなどで過ごそうと決めています合格 その方が体もずっと楽ですし。 私は心配する子供がいるわけでもないので、気軽です。

地震の時もそうでしたが、政府は国民に向けて結構ちゃんと指示を出してるなビックリマークと改めて思いました。地震の時も、「無理して帰らず、オフィスなどにとどまるように」、と、何度も言っていましたもの。

無理して帰った人は一晩中かけて歩いたでしょう?どんなに危険かつ大変だった事か。。。私はオフィスにとどまり、翌日午後タクシーで、ほんの20分で家に帰りつきました。地震当日はずっとテレビやパソコンで状況確認ができましたし。 さすがに眠れませんでしたが、食料もあり、寒さもしのげて、快適でしたよ。

今回の帰宅困難者の数を見てみると、都民は地震時の経験を全然学んでいませんでしたね。
しかも、あの突風の中、長時間外にいるのはとても危険でしたよ。

多くがクルマで生計をたてている日本では完全に少数派の視点だが(=⌒▽⌒=)、

なんとムダの多い社会になったもの、


 先ず第一に、本来歩くべき人間が歩かない、石油依存。人は体力が命、甘やかされると自立できなくなる。被介護者を増やすだけ。


 第二に、森林を伐採して青空駐車場だらけ、あらゆる施設、病院までも広大な土地をヒートアイランド化して、暑い最中、熱いクルマに乗ることを考えただけでウンザリする。こんな所にプランターで緑のカーテンなど、焼け石に水にもならないだろう。 


 第三に、「クルマで送迎されている限り、経済や社会の実態からどんどん疎くなってしまう」とは池上彰氏の言うとおり、役員ばかりか、通勤にクルマが当たり前になり駅に近い新築の役所さえ職員専用駐車場を設け優遇、公共交通利用は念頭にも無い。駅から歩いて、或はバスで市役所へ、当たり前のコース標示さえない。駅から見えるのにタクシーで行けというのか。


 かって、私にとって仕事にクルマは必須だった。夜討ち、朝駆けを可能に、行動範囲は広くなり、お陰で、日本各地、外国でも便利に利用して、その恩恵は大きかった。しかし、公共交通の普及、マイカーの増大につれ、必要性は薄れ、むしろマイナスになり、いい時にやめ、クルマ中毒を免れた、これからの80 代、自立して自由に生きることが最大の願い。



理研アサガオラサキ 

2008年、4粒の重イオンビーム照射(炭素ヒーム50Gy)のタネを蒔く  

           2008年のムラサキ

         終の棲家・新築の記録      

           

  2011年のムラサキ終の棲家・新築の記録

  植物は日当たり,地植え等の条件さえ整えば何の手入れもなく、即ち、種まき、肥料、水やり、等無しで自然に芽を出し、緑のカーテンを作ってくれる。尤も春先に台所ゴミの熟成EMを埋めてある。 

 子供手当てに所得制限をという話が自民党から出ている? この手の話は共産党か社会党と思っていたからエッと( ̄□ ̄;)!! 大体、事務的に複雑で公務員を減らそうという時に仕事を増やす。よりシンプルな学校給食費全額負担とか、最も費用のかかる年齢層に限定するとかシンプルにすべきで「働き損」になる施策は戴けませぬ。毎日、近所の若い世代をみている老人の視点から。