前回の続きです)

   1996年当時中学校一年生だった長男Mの家庭内暴力に悩んだ父親が、長男を金属バットで殴り殺した「東京湯島金属バット殺人事件」。感覚過敏の特性をもったMが家庭内暴力に走ったのは、「親による否定的・支配的養育」のためではありませんでした。では、なぜMは家庭内暴力に至ったのでしょうか?
 
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Mが家庭内暴力に走った本当の理由
   父親は後に、法廷で、「Mは新しい建物に入ることさえ抵抗があった上に、命令されるのが嫌いな過敏な面があったので、慣れない中学校で先生から注意を受けたことはつらいことだったと思う」と証言しています。
 判決では、精神不安定状態になったM自身の問題が取り沙汰されており、発達障害の概念が無かった当時からすれば、やむを得ない判断であったと考えられます。しかし、発達障害の存在が明らかになっている現在の見地から考えれば、感覚過敏の特性に対する周囲の配慮があれば、当時のような結果にはなっていなかったと思います。
「周囲の配慮」とは、例えば次のようなことが考えられます。
・経験したことのない場面や状況に対して強い抵抗感を覚える障害特性であることを踏まえ、入学式などの前日のうちに、Mを会場に連れて行き慣れさせておく。
・感覚過敏のMがなぜ音楽の時間に不適応行動を起こしたのかを考え、指導面にその要因を求める。
・一人のM4人もの教師が取り囲み、強い圧迫感の下で一方的な指導を行わず、一対一の環境で穏やかな語りかけで諭す。
 
現在であれば不適応行動は起きなかったか?
 では、現在ならば、Mのような感覚過敏のASDの子どもの特徴に対応した支援ができていたか?と言うと、残念ながらそうとは言えない現実があります。
   近年、文科省が不登校に陥った子どもとその担任に対して行ったあるアンケート調査によると、不登校の要因として「先生との関係」を挙げた割合は、不登校に陥った子どもが約26.2%、担任の先生は1.6%と、両者の意識に大きなずれがあったことが報告されています(過去ブログ記事「教師が不登校を解決できない“カラクリ”とは?~教師達が気づかない子供達の心の感じやすさの違い~」参照)。因みに、その子ども達はおそらく医師からASDの診断を受けてはいない、健常児の中のレーゾーンの子ども達である可能性が高いです。つまり、先生達は目の前の子供達の中に通常よりも感じやすい子どもがいることを知らないまま、特に配慮をしない強い言動による指導を行っているために、上記のようなズレが生まれるのではないかと考えられます。
 
   先に紹介した、「風がこわい」「ピストルの音が怖い」「入ったことのない建物が怖い」という私が出会った子ども達の殆どは知的遅れがあり、一目で障害者であることが分かる子供達だったので、先生方も子ども達も当たり前のように配慮ある言動をとっていました。しかし、知的遅れがなく普通学級に在籍する子どもが、キャンプの校外学習に行った時に「カエルが出てくるかもしれないよ~!」と大騒ぎしたり、ワックスを塗ったばかりの体育館に入れなかったりした時には、教師達から「大げさな子」や「わがままな子」と批判されました。
   どの学校でも、そういう誤解を解消するために、特別支援学級の研究授業を行ったり、講師を招いて研修を行ったりしているのですが、「通常学級には障害児童はいない」と考えられていた「特殊教育」の頃(平成19年以前)の指導経験が邪魔をして、意識の転換が図れない先生が少なくない印象を私は受けています。
   もちろん、こういう言い方をするのは本意ではありませんし、全国の先生方が同じような教師であるはずはありません。しかし親御さんにとって、我が子の存在はご自身の人生の中で唯一無二です。信頼して預けてみたら、先のアンケートに答えた不登校の子どものように、学校に通えなくなった場合、取り返しのつかない事態になってしまう可能性があるのも事実です。
 
我が子を苦しませないために親がすべきこと
   そのためには、まず、子どもの生活根拠地である家庭内の大人が我が子を正しく理解しておくことが必要だと私は思います。具体的には、
うちの子どもは、………いうところがあるのですが、………のように接すると安心して過ごすことができるようです
等と、家庭で実践済みの接し方を担任の先生に提示すると良いのではないでしょうか?ただし、「うちの子どもは、………いうところがあるので、………のように接してください」等と言うと、上から目線になってしまいますが、先の言い方は家庭での様子を紹介しているだけなので、担任に与える印象も問題ありませんし、逆にその子がいつも安心できている接し方を教えられると担任の先生も助かるはずです。
   更に、問題が起こってから伝えたのでは手遅れになることもあるので、事前に家庭訪問のような機会を活用すると良いでしょう。
 
   なお、感覚過敏の行動特徴については本ブログ記事「自閉症スペクトラム障害の障害特性一覧~本人のわがままではないことを知ってほしい~」をご参照ください。
   また、より客観的に感覚過敏のASDの傾向を知るには、そのための自己診断設問(千葉大学若林明雄氏による日本語訳)について、親御さんが普段観察している子どもの行動特徴を元に答えることによって捉えることができます(以前は、数値で結果が表示されたのですが、今は記述による表示になっているようです)。ただ、それもあくまで暫定的な診断です。更に詳細な実態を把握したい場合は、医師による診断が必要になります。
 
   なお、感覚過敏の特性が感じられる場合は、接し方に注意が必要です。その際に私が言えるのは、子どもに安心感を与える「安心7支援」を努めて意識すること、それだけです。