前回紹介した「『いい学校』『いい会社』に入ることこそ幸福に繋がるという価値観にとらわれている親が多い」という精神医学者片田氏の指摘。
   では一体親は、どんな“子育て観”を抱けばいいのでしょうか?
 
   そこで今回、私からある一つの考えを提案してみたいと思います。それは、
経済的に自立し、健全な生活を送ることができる大人になってほしい
という“子育て観”です。
 
経済的に自立する
 まず、「経済的に自立する」についてです。これはもちろん生活の維持に必要な金銭の問題です。
   この考え方には、「いい学校」や「いい会社」という“達成方法”の限定はありません。しかし、そもそも親が「いい学校」や「いい会社」と願うのも、最終的には「経済的な自立」を願うためではないでしょうか?ただ、「経済的に自立する」ために、その達成方法を「いい学校」や「いい会社」に限定してしまうと、いい成績を収めることだけにエネルギーを費やしてしまうことになり、成績が思わしくなくなると、生活意欲が萎えてしまうことになるかもしれません。しかし、上記の“子育て観”を目標にすることによって、「経済的な自立」が確保できるならば、たとえ「いい学校」や「いい会社」でなくても、自分の良さを活かしたジャンルでの就職も有りとなるのです。
 
   更に、今、企業は学校の成績が優秀な学生を採用しようと考えているわけではないそうです。ある調査によれば、企業が学生に求めている能力は、支持が高い能力から順に、「主体性」「コミュニケーション能力」「ねばり強さ」「一般常識」「課題発見力」「独創性」「論理滝思考力」「チームワーク力」「ビジネスマナー」「人柄」だそうです(本ブログ記事「学生の実態と企業が求める力とのギャップ 〜どんな力をどのようにして身に付ければ良いのか?〜」参照)。実は、これらの10の能力は、「一人ひとりの社会的・職場的自立に向け、必要な能力や態度を育てる」ことを目的としている「キャリア教育」の中で重要視されている「人間関係能力」「情報活用能力」「将来設計能力」「意思決定能力」の4つの視点のいずれかに当てはまるものばかりです。(どの能力がどの視点に当てはまるかについては、上記記事参照)
   因みに、これらの4つの力は、机に向かって勉強ばかりしていては身につきません。もとより、子どもはこのじっとして取り組む“座学”が苦手なことが多いです。親から「もっと勉強しなさい!」と、それを強要されることでストレスを溜めてしまうのです。

   ここで大切になるのは部活動です。部活動では、部員達が心を一つにしてある共通の目標に向かって努力します。ここで、「人間関係能力」や「将来設計能力」を学びます。その過程で、「自分はどうしたら目標を達成するための力を伸ばすことができるか?」を考えます。ここで、「情報活用能力」や「意思決定能力」を学びます。場合によっては、思うように力を伸ばせなかったり、部全体の目標を達成できなかったりすることもあります。ここで、前回、片田氏が、「勝ち組教育」に染まってしまっている子ども達に不足していると指摘した「挫折から立ち直る力」を学びます。更に、部活動では、その力の習得を支えてくれる仲間がいます。
 
「もっと勉強しなさい!」と言う親を疎ましく思う子どもはいても、「部活動を一生懸命やりなさい」「その中でたくさん失敗しなさい」と言う親の考え方を歓迎しない子どもがいるでしょうか?
 
健全な生活を送る
   次に、「健全な生活を送る」についてです。これは、うつ状態になったり引きこもりになったりせず、精神的に安定した状態で他者との社会生活を送ることができるという意味です。


そのためには、“安定した人格”を形成することが必要になります。ここでは、その“安定した人格”を愛着理論における「『安定型』愛着スタイル」と捉えます。

   精神科医の岡田尊司氏の考えによれば、この愛着スタイルを持つ大人に育てるためには、乳幼児期に、「安心7支援」のような望ましい養育によって、「第二の遺伝子」としての“愛着”を形成することが最も重要になります(特に、愛着形成の限界時期とされる1歳半までが重要)。
   仮に、その時期の愛着形成が上手くいかなかった場合でも、その後の養育で、不安定な愛着を安定した愛着に修正する、いわば「愛着形成のやり直し」をするための養育がなされればOKです。そもそも愛着は、生まれた後の養育環境によって形作られる後天性の性質を持っているのですから。なお、これらの「乳児期での養育」と、その後の「 “やり直し”の養育」とは、子どもが自分で行動できないか出来るかの違いだけであって、気をつけることは同じ(「安心7支援」)です。
   更に詳しく言うならば、「安定型」に導くことは、不安定型である「回避型」や「不安型」にさせない(もう一つの不安定型である「混乱型(恐れ・回避型)」はこの二つの併発)ことであるとも言えます。この「回避型」は、言わば、親との心の距離が遠すぎるために起きるタイプであり、「不安型」は親との心の距離が近すぎるために起きるタイプと考えます。この「心の距離」を近づけるためには、「安心7支援」による「母性」の働きが必要ですし、逆に、「心の距離」を程よく遠ざけるためには、「見守り4支援」による「父性」の双方の働きが必要になります。
   前回紹介した記事の中でも「常に緊張感が漂い、子どもが安心感を得るのも難しい、心の触れ合いのない家庭環境からの脱却」が叫ばれていましたが、そもそもこれは、家庭における親の養育態度がその成否を握っているわけですから、「安心7支援」による「母性」と、「見守り4支援」による「父性」の働きとが必要になることはごく自然な結論ではないかと思います。
 
   なお、これらの働きが作用している望ましい家庭環境に育っていれば、親が「いい学校に」と願わなくても、自ずと学校の成績もついてくるものと思います。実際に、「親から勉強しろと言われた記憶は殆どない」という名門大学の学生は何人もいるようですから。
   基本は、望ましい父性と母性、これに尽きるような気がします。