【ツイート①】
今晩のNHKニュースで、過去にプールでトレーニングする池江選手を取材した時の映像を紹介。その中でカメラマンに水がかかった時に「すみません!これで拭いてください。」と優しく声をかけていた池江選手。乳幼児期に親の愛情をきちんとかけられいたことが分かる。
ある著名な専門家によれば、こういう「愛着」が安定している人は、病に打ち勝つ“健康力”も「がんばって治すんだ!」と言う“自律心”も強い(⇨ https://ameblo.jp/stc408tokubetusien/entry-12381901364.html)。
池江選手はきっと復帰を果たす!
【ツイート②】
最近のテレビのニュースで、世の親達から「自分がやっている事は虐待なのだろうか?」と言う疑問が多く寄せられていると紹介されていた。最近の虐待報道を受けてのものだろう。
この疑問を解決するためには「虐待とはどのような行為を指すか?」、つまり虐待の“定義”を知る必要があります。文科省の定義は⇨https://ameblo.jp/stc408tokubetusien/entry-12286596222.html
【ツイート③】
記事「加藤浩次 犬を蹴り上げた飼い主の「虐待ではない」に反論「しつけとは思えない」」
動画⇨https://m.youtube.com/watch?v=NKG0_CNCGQg
(「ツイート②」の応用)文科省の資料によれば、虐待とは「大人から子供への不適切な“力”の行使」「大人の“気分”や“理解しがたい理由”で罰せられること」と定義されている。この犬は暴力という不適切な力が使われていると共に、何も悪いこともしていないのに飼い主の気分で蹴られている。つまりこれは虐待である。(◯は△である(根拠となる定義)。この◇は△である(事例)。よって◇は◯である(結論)。⇦「三段論法」=論理的な証明方法)
同様に、躾とは、「何をしたら褒められ、何をしたら罰せられるのか、子どもでも理解し、予測できるもの」とされている。この犬は何も悪いことをしていないのに蹴られており、なぜ罰せられているのか分からない。つまりこれは躾ではない。(◯は△である(根拠となる定義)。この◇は△ではない(事例)。よって◇は◯ではない(結論)。)
⇨https://ameblo.jp/stc408tokubetusien/entry-12286596222.html
【ツイート④】
近年なぜ不適切動画の投稿が増えているのか?何らかの仮説を立てなければ改善は一歩も進まない。
この背景には、著名な精神科医が時代と共に進行すると指摘する“「愛着」崩壊”(https://ameblo.jp/stc408tokubetusien/entry-12276114693.html)があると思う。この「愛着」が形成されないと「過度の刺激を求める」「反社会的行動が目立つ」「衝動に自制がきかない」等の症状が見られるようになるのだ(https://ameblo.jp/stc408tokubetusien/entry-12277450211.html)。この現れとして、意図的な不適切動画の投稿が行われると考えられる。
この要因に対する対策は、乳幼児期から「愛着」を形成するための愛情行為(https://ameblo.jp/stc408tokubetusien/entry-12365150177.html)で子どもに接すること。乳幼児期に形成された「愛着」は「第二の遺伝子」と呼ばれ、人間の一生の人格形成に影響するとされる。
【ツイート⑤】
記事「逆転初Vの紀平 アクセル成功も気緩めず「ずっと集中しきれた」」
指を亜脱臼していてもトータルが自己ベストだったグランプリファイナルのフリーを上回る153.14点を叩き出した紀平。彼女の“心の強さ”に驚くばかりである。この“自律心”はやはり両親の養育によって形成した「愛着」による(⇨https://ameblo.jp/stc408tokubetusien/entry-12381901364.html)ところが大きいと思う。
また、演技途中でも瞬時にリカバリーの仕方を判断出来る裏には、彼女の“落ち着き”があると思う。なぜ慌てずに落ち着けるのか?その基盤には「自分は出来る」と言う自己肯定感があるのだろう。その感覚も、乳幼児期の「見ているから大丈夫。やってごらん」という自分を守ってくれる母親の「安全基地」の働きの下で生活をしてきたことによるものではないだろうか?
【ツイート⑥】
「『いつもは自分に集中するけれど、今日は“何点以上を出せば勝てる”と考えてしまった』と、紀平の存在も重圧になった。」との報道。
自分以外の選手や情報と比べる“相対評価”は当人の集中力を妨げる。彼女が言う通り自分の中での出来栄え(個人内評価)に専念した方がいい(⇨https://ameblo.jp/stc408tokubetusien/entry-12190487558.html)。
【ツイート⑦】
記事「先生が子どもに「怒らない」ってどうなの? 「人間社会は喜怒哀楽で出来ている。怒りに向き合うことが生きるための教育になる」」
「冷静に叱るってどうやるんですかね。子どもが『わーっ』てやってて話を聞いてくれない状態で、『君たち』って?」と言う慶大特任准教授若新氏の指摘。
「わーっ」の状態で「こら!」の方が“火に油”。子供達が「わーっ」となっているのは普段から教師が怒鳴っているため。それだけに「わーっ」の状態では“教師が黙る”方が効果的。子供は必ず黙る。
家庭でも同じ。