前回紹介したような“男の子の特徴”の中には、社会的に容認できる行動と容認できない行動とがあると思います。それらをどう区別してどのように子供と接すれば良いのでしょうか?
容認の可否については、例えば、次のように分けられるでしょうか?
〈容認できる行動〉
②男の子とは好きなことしかやらない生き物
③男の子にとって冒険やスリルは「カッコいい」
④男の子は勝ち負けにこだわる
〈容認できない行動〉
①男の子は何度言っても片付けができない
⑤男の子は品のないことが大好き
まず、「容認できる行動」から考えてみましょう。
「②男の子とは好きなことしかやらない生き物」について。
好きなことしかやらない“わがまま”のように映るかもしれませんが、その内訳をみると、「生活のなかで必然性があること」に対しては行動する、と「 おもしろいこと」には熱中する、ということです。やらなければいけない必然性(理由)があれば積極的に行動できるのです。但し、逆を言えば必然性を感じない限り行動しないとも言えます。その為、女性から「自分からはなかなか行動に移さない」と思われている男性は多いのではないでしょうか。しかし、このことをやらないと困ることが起きる、やれば嬉しいことが起きる等の必然的な状況下になれば、女性以上の行動力を発揮するはずです(“理由を明確にして提案する”というのが男性に伝える時のコツと言えるでしょう)。
また、自分が面白いと興味を持ったことに対してとことん熱中するという態度は、子供の“問題解決能力”(さまざまな課題や問題を解決するまでやり抜く力)や“自主性”を高める上で大切な資質です。これも男の子ならではの特長ではないでしょうか?
「③男の子にとって冒険やスリルは『カッコいい』」 について。
“冒険”や“スリル”は、いわゆる“未知への挑戦”です。父親の方が母親よりも子供の遊び相手にふさわしいと言われるのは、「父性」の働きの中に、未経験の社会へ子供を導く(社会化)作用があるからだと思います。この“挑戦心”も男の子に求められる資質ではないでしょうか?
「④男の子は勝ち負けにこだわる」について。
昨今、打たれ弱い若者が増えていると言われる中で、いわゆるアスリートと言われる人達は、そのほとんどが“負けん気”や“意地”が強い人達です。一昔前は、運動会の徒競走で順位をつけなかったり、手をつないでゴールしたりする幼稚園や小学校があると聞きました。このような教育を繰り返していると、「自分が人より劣る」と感じるとやる気を失う人間に育ってしまうに違いありません。それよりも、「自分が人より劣る」と感じた時ほど次へのやる気がわく、いわば“負けん気”の強さこそが必要です。
次に「容認できない行動」について考えてみましょう。
「①男の子は何度言っても片付けができない」について。
「男の子だから片付けが出来なくても仕方がない」と諦めてしまうと、将来親元を離れて一人暮らしをしようとしたときに、子供自身が困って生活が破綻してしまう事にもなりかねない危険性があります。
この事については、男の子の“特性”という捉え方をして、「男の子は普通に口頭で注意してもできない特性があるのだから、ゲーム性を取り入れる等の工夫が必要なのだ」と考えるきっかけとするべきことだと思います。
「⑤男の子は品のないことが大好き」について。
これこそ、「男の子というものはそういう生き物だ」と割り切って、必要以上に叱らないようにするようにしたいものです。
また、こういうことで子供とやりとりをしていると、子供は「かまってもらえた」と誤った学習をし、さらに同じ行動を繰り返すことも考えられます。場合によっては、子供の下品な行動に対しては「消去」と言う“見て見ぬふり”をするサポートが有効な場合もあります。但し、それまで相手をしていたところに急に「消去」を用いると、子供は、急に製品が出てこなくなった自動販売機をドンドン叩くのと同じように、「あれ?おかしいな。いつもと違うぞ。」と思って、確認の為に行動を活発にする「消去バースト」を起こす事が多いので、予め想定しておく事が必要です。
最後に、記事中の「接し方の一番のポイントは、 “強制”のニオイがしないこと」。このことについては、「心理的リアクタンス」と言う考え方を紹介した記事(「「“宿題の強要”は意味が無いどころか悪影響」〜「心理的リアクタンス」とは?〜」)でお話しした通りですので、ここでは省略します。
「男の子にはどんな良さがあって、どんな出来ない事があるのか?」という特性について理解して、それに応じたサポートをすることによって、“男の子らしさ”を持った子供に育ててあげたいものです。