横浜西洋館にて「端午の節句」後編 | 果てなき旅路

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GW期間中の山手の西洋館巡り…

今回のテーマは「端午の節句」、正月、雛祭りに続いて、今年早くも3度目となりますグラサン




◯ベーリック・ホール


毎度、インパクトのある装飾が印象的な館内ですが、質素とは言いませんが…





やはり「端午の節句」と言えば、鎧と兜。


子どもの災厄を代わりに受け、願いを背負う化身という意味を持っているそうです。





🍑!!びっくり





広々としたリビングルームにも、装飾で彩られますが、中でも…





日本庭園を模した鏡の池に、花菖蒲が絶妙のアクセントになり、まさに、花を添えます照れ





横浜山手にある西洋館の内、かなり大きめのベーリックホール、そして2階へと上り音譜音譜





ハロウィンやクリスマスでは、派手な装飾がなされる子供部屋も、今回は “鯉のぼり” のみと非常に シンプル…

まだ、西洋館は4館あるので、先へと進みましょう音譜音譜




◯エリスマン邸


元町公園内にある新緑に囲まれた西洋館…





「端午の節句」の飾り付けは、言うなれば、ここまで、どの館も “質素倹約” がポイントのようで…





桃の節句のような華美な装飾ではないのが、端午の節句の特徴の模様。


もはや、“わび・さび” のお茶の世界爆笑





そもそも、 端午の節句に男の子を祝う理由とは、戦国時代になり「菖蒲」が「尚武(しょうぶ)」という言葉につながり、端午の節句は男子の武運と成長を願う行事になったのだとされています。





尚武は「武道、軍事を重んずること」という意味で、武家に生まれた男子にとって大切な心得とのこと。 





◯山手234番館


エリスマン邸から街道を挟み、次なる西洋館へ口笛





そもそも「端午の節句」は江戸時代に入ると、男の子以外の成長を祈る行事として、武家以外の人々にも定着していきました。





因みに、端午の節句で兜・鎧が飾られる理由は、まるで我が子を戦いに行かせるようだと考える向きもありますが、そもそも武士にとって兜や鎧は身を守るための道具。 





これらを飾ることは、病気や事故などから男児を守り、困難に勝ち、丈夫に成長してほしいという願いが込められているとのこと。





約1ヶ月ほど前は、ピンク色に染められていた桜並木も、現在は、新緑の眩しい季節となりましたおねがい




そして、抜けるような青空が気持ちいいラブ

!? この日、最後となる西洋館のある港の見える丘公園へあせるあせる




◯横浜イギリス館

そう言えば、何故に、「端午の節句」では菖蒲が飾られるのか。




菖蒲が飾られる理由には、古代中国では、雨季を迎える5月は病気や災厄が増えることから、邪気を祓うために菖蒲を使用した行事がありました。 





菖蒲の持つ強い香りが邪気を祓うとされていたため、邪気払いに菖蒲が使用されていたようです。





では、「端午の節句」は、何故に5月5日なのでしょうか。


従来、端午の節句は、奈良時代に始まったとされており…





端午の「端」という文字には、始まりという意味があり、端午の節句の「午(うま)」の日を意味しているため、もともと端午の節句は5月に限ったものではありませんでした。





その後、端午の「午」という字の「ご」という読み方が、数字の「五」に通ずるとされ、毎月5日を指すようになります。





それから次第に「五」の字が重なる5月5日』が、「端午の節句」として定着したとのことでした。





係の人の案内を受けたのですが、こちらの光景は横浜市イギリス館の2階から望む庭、一般には公開されていない庭とのこと爆笑





そしてこちらが、横浜市イギリス館の2階から望んだ庭となりますが、これまであまり意識したことはなく、円窓から望む新緑も良かったですね口笛




◯山手111番館

そして、この日の最後の西洋館も、港も見える丘公園内にありますグッ




「端午の節句」の最後の装飾ですグッ


日本国内で「端午の節句」が本格的に行われるようになったのは江戸時代とされ、現在に近いお祝いのスタイルになったとされています。





最後の西洋館では、係の人がこの花が枯れないように心配している姿が印象的で「端午の節句」の飾り付けどころではなかった模様叫び叫び叫び


以上、横浜山手の西洋館からでしたが、次回は鎌倉の「国宝」特別公開ですグラサン