再び、広島県の旅路
宮島行きの「JR西日本宮島フェリー」に乗船し、僅かに10分程で宮島の桟橋へ
2010年以来の宮島へと上陸
因みに、「JR西日本宮島フェリー」の隣では、広島電鉄運航の「宮島松大汽船」が停泊中…
両船で宮島への観光を支えます
そして、その桟橋から程なく歩いたところで人々を歓迎しているのは
平清盛です。
平氏や源氏に代表される武士団の台頭によって長く続いた平安の世は様変わりしました。
平家の栄枯盛衰を描いた『平家物語』によると、この頃に平清盛はある夢を見たそうです。
その夢とは、僧侶が清盛に「厳島神社を造営すれば必ず位階を極めるだろう」というお告げをするというもの。
清盛はお告げに従って厳島神社の造営を行い、篤く信仰したと伝わります。
🦌🦌
度重なる政争を勝ち抜いた平清盛とその一族の栄
華は時代を超えて語り継がれています。が…
満潮時には海面に浮かぶ「大鳥居」として、インバウンドにも大人気
見上げれば
圧巻のスケールの朱色の「大鳥居」
でもあります
因みに、平清盛が造営した厳島神社には “3つの見所” があり、順を追って深掘りをしますが…
まず一つ目は、当然ながら、宮島のシンボルと言えるこの「大鳥居」です。
海面に堂々と立つ朱塗りの「大鳥居」は、何と高さ約16m、現在の大鳥居は8代目にあたり、2本の主柱は樹齢約500年のクスノキで作られているそうです。
「大鳥居」に関しては、後程、さらに掘下げたいと思いますので、次なる見所へ
そもそも厳島神社の境内は遠浅の浜にあり、干潮時には大鳥居まで歩いて行くことが可能ですが、潮が満ちると一点…
大鳥居はもとより社殿や回廊まで、海に浮かんでいるかのような奇跡とも言える景色が広がります
これは平清盛が、宮島 =「神の島」を足で踏むことがないようにと、海上に社を建てさせたからと言われています。
と言うことで、厳島神社へと突撃
満潮時には、海面が床板のギリギリまで来るように設計されており、瀬戸内海の潮の満ち引きによってその姿が刻々と変わる姿が印象的です。
平安時代を代表する建築様式に寝殿造りと言うものがありますが、寝殿造りとは高床式の木造建築で、寝殿を囲むように造られた対屋とそこをつなぐ渡り殿という廊下などから成り立っています。
そんな鮮やかな朱塗りが印象に残る上品で繊細な様式は、当時の貴族の住宅によく用いられましたが、まさに厳島神社の社殿もまた、寝殿造りの建築様式となります。
そんな平安の昔へと引き寄せられるような雰囲気が、厳島神社の魅力でもあります
まだまだ旅は終わらず、次回へ…☆