経済的自由への旅

経済的自由への旅

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山手線暮らしも2ヶ月が過ぎ、3日に一度ネットカフェでシャワーを浴びる生活を続けていた電車


食事も質素で殆どがパンと豆乳飲料。

メッセンジャーとして荷物や書類を会社に届けていると、たまに「ご苦労さん」といって、ペットボトルのお茶やお菓子をいただいたりもしたべーっだ!


涙が出るほど嬉しかった目


普通に高校に行っていれば高校一年生。

毎日のようにすれ違う、制服を着た学生をみて、羨ましかったりも、なんともいえない感情を抱きながら、毎日毎日働き続けた。


ヘテムル  


半年が経過して手元には87万円という大金があった。

何度も何度も一枚一枚、諭吉さんを数えた¥


東京に出て7ヶ月、ついに家を借りる時がやってきた


でも16歳の少年にはあまりにも高いハードルが待ち構えていたショック!





工事現場、荷物の搬入、メッセンジャー、警備員・・・数えだしたらきりが無いほど色んな職場に電話をかけた。


しかし、16歳の得体の知れない少年を雇ってくれるところは何処にもなかった。


時間だけが無常に過ぎて、資金も4万円、3万円、2万円とみるみる減っていった。


そしてついに1万円を下回り、コンビニで売っている「ロシア」とかいう超巨大なパン(100円)を一つ買い、2日凌いだ。


当然ホテルや旅館にも泊まれないものだから、日中は図書館などで時間を潰した。


図書館も5時には閉館するのでそれからは山手線で初乗り切符だけを買って、グルグルグルグルと終電まで乗った。


しかし、とうとう追い詰められて残金が3000円になった叫び


もうこれは年齢偽称するしかない!!


そう思って履歴書に19歳と3歳もサバをよんで書き込んだメモ


そうするとメッセンジャーのバイトの面接に見事合格クラッカー


しかも週払いでプラス歩合もあった。


毎日毎日休み無く働いて、夜は工事現場の警備。




自転車でのメッセンジャーの時給は1250円で月に大体3万円の歩合を稼いだ。


工事現場の警備は日給9000円で月20日働いた。


俺ってこんなに頑張れたっけ?と思うほど肉体を精神が凌駕していた。


そして・・・







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間違っても登録はしないようにドクロ(笑)









地元から消えた僕は5万円の手持ち資金と自由になった開放感と共に憧れの地、東京に出た東京タワー


手持ち資金は5万円しかないから当然新幹線なんて乗れないしょぼん


各駅停車で約11時間電車に揺られて東京まででたガーン


全てが新しかった。名古屋あたりから関西弁が消え、静岡長っっっと思いながら、何とか通過して神奈川、電車の中の人たちの言葉も標準語だった。


横浜を過ぎてついに東京。


すげ~ビル高っけ~~~と田舎者丸出しで、今だったら毎日がストレスに感じる東京の人の多さにも感激していたラブラブ!


早速コンビニでアルバイト雑誌のanを100円で購入して、バイト探し(←行く前に調べておけよ)


でも16歳の当時、年齢的な部分で働ける場所は何処にもなかったショック!