お年寄りのドイツ人。
教えたい人たち
傲慢なニコリともしない店員

白い服やシーツ専用
色柄対応
濃い色柄専用今日は、というか土曜日には、いろんなことがあり、沢山書く事ができて。
鬼ポスト状態ですまんこってすが。
オランダ君も、国で大事件があって、眠れないようで、私も朝早くからオランダ君とまた、マジメな議論をした。
まとめると。
●オランダ君の国は、エルドガンに名指しで「オランダはナチスドイツと同じだ」などと非難されている。
理由は、エルドガンの閣僚である外相が、オランダに訪問しようとし(おそらく移民問題や財政援助などの関係)、それを危険だとみるオランダ人のデモ、そして外相の受け入れを拒否したところ、それに抵抗するトルコ人移民の暴動がロッテルダムなどであった。
さらにエルドガンは、オランダを「民主主義に反する」と非難。
オランダ君とは、「典型的な独裁者のセリフ。」「鏡に向かって言うべきセリフだね」と大笑い。
●オランダ君にも、例のアフガニスタンの子の話をした。
どれだけ移民と一口にいっても、違うのか。
そしてイスラムが元凶とされているけれど、結局どのイスラム急進主義の国でも、
独裁者が都合よく利用しているに過ぎない、と。彼もまた、移民擁護派だ。
私のほうが逆に、反移民派だったりしていたわけで。
それもまた、変わったんだ、という話をして。
ムスリム自体を嫌悪するのは間違いだと話し合う。
オランダ君は、当然、移民の犯罪も体験していたり、職場に素晴らしくマジメで働き者で人柄のよいムスリムの同僚がいたりする。
だからといって「移民は出て行け」という結論には、オランダ君はならない。
ただ一人でも、よい人を救うことができれば、他は、犯罪者は警察、政治、住民が協力して、なんとかすればいい、と。たしかに、オランダのように進歩的国では、議論の質も高いし、無軌道な暴動なども、起きにくい程度に、国がオーガナイズしている。
ドイツもかなり、それに近い。
宗教を悪だとするのは間違い、だけど、結局のところ、「妄信を強制する宗教」そのものの、問題だということも言える。
●ようやく目でみて体験することで、ドイツの移民の実態を知ることができた。とても誤解されている部分と、ニュースどおりな部分と、大きく違いすぎて、一口に「移民とはこういうものだ」、などと、一くくりにまとめてはいけないと、思い知ったナ。
●トルコの政情不安もやっぱり、イスラム回帰主義の台頭によるもので、結局独裁者がイスラム教を利用しているのが実情。あれこれを禁止するのに、宗教特にイスラム教の厳格な妄信は、利用されやすい。
私の友達になった医師資格をもつトルコ人の女性は、完全に反イスラム主義だし、もちろんトルコには、反イスラム主義が主体となる進歩的時代があった。
それはもう、ケマル・パシャ以来もずっと、たびたび反動的イスラム急進派と、反イスラム主義とで争いが続いてきている歴史もある。そこにさらに、クルド人の問題。
現政権エルドガンは、完全にイスラム急進派。
そして、田舎に行くほど教育が悪く、急進的イスラム主義が幅を利かせやすいし、だまされやすい。
田舎のトルコの話は、まるでシリアのような悲惨さだ。
●アフガニスタンもまた、極右的イスラム勢力の台頭に対して、現実的な進歩主義・イスラム離脱派とで、今なお争っている。
●日本でも、トルコ人対クルド人の争いのデモが飛び火したりしたけれど。トルコをよく思わない人も出てくるぐらい、多くの国に暴動を輸出してしまったトルコ。
やはり私にとって不思議なのは、
「半分をヨーロッパで過ごし、イスラムの習慣をほとんど信じていないにも関わらず、厳格に守る、イスラムのハイソサエティの人々」
がいたりすることだったり。結構、このパターンの人に何人も出会ってる。
そういう人こそ、民主化・反妄信を掲げて、イスラムからの脱却を図ろうと考えるもんじゃないのかなと。恵まれすぎているから、反政府みたいなことはやらないんだろうかね。
結局、執政者側とつながりがあるから、国内では厳格に戒律を守り、外に出てヨーロッパの価値観をエンジョイし、遊びまわる特権階級、というのもいたりする。
その特権階級の子弟というのと、何人か知り合ったけれど、非常によい子たちだったりする。そこから、「反妄信」「宗教の政治利用を禁止」へと、向かってほしいのだけれども。
日本でも、一部政党が宗教との密接な関係があるので、注意すべきことは同じ現実もある。
理性と現実とを、妄信と引き換えてはいけない。
宗教は宗教として、大事にするのはよい。だけど、それを政治的に利用したり、宗教の名を借りて権力を握ったり搾取したりすることは、許されない。
なーんてことを、妄言するババァでした。
あの成績優秀で、悪ぶってはいながらも、実はものすごくよい子なギリシア人、
彼はバイエルンミュンヘンファンだった!!
赤のプルオーバーを着ていて、胸にはあの、マークが・・・
そして、彼もまた、移民1世で、苦しさを知る人。
彼のワル友達もまた、同じで、ワルぶってはいるけれど、実はとても親切。
たまに、私のことも「仲間はずれにしてるわけじゃないよ」といいたそうに、ちょこっと構ってくれる。(英語が話せない子だから、こわごわ、弄るカンジだから、私もいつもより大げさに、笑って見せたり、フレンドリーさを見せようとしている。)
そして、同じくほぼ難民といえるアフリカ人の女性とも友達になった。
彼女と、ギリシア人ボーイ、他には中国人、アルバニア人、ポーランド人、この辺の人は英語を話すけれど、ギリシア人以外はシャイ。
ギリシア人は、ファミリーみたくなっていて、ちょっとばかり手に負えないくらい、騒々しくなるんだけれども、陽気でやさしい。
基本的に、移民は移民同士という連帯があり、人に優しい。
特に、私みたいに明らかにコーカシアンじゃない、よそ者が明らかな人に対しては、彼らはなるべく助けようとしてくれる。
そして私もよく、移民の人に道を聞かれる。顔が善人だからか、場慣れしたカンジがでてきたのか![]()
移民、というものに、一つのイメージをもってた。
金目当てに移民して、のさばって、自分の文化を押し付ける。みたいな。
確かにそういう人も、たーーくさん、いるけれども。そして略奪暴力レイプ。
多くの、生きる力を持っている移民というのは、彼らは実によく、中身で人を判断し判別しているし、自分がよいと感じた人には、サポートを惜しまない。
というか、同じ移民として助けることに、当然という気持ちがある。相手が何人であれ。
特に亡命や難民という試練を通ってきた若い人は、恐ろしいほど高潔で、目が澄み切ってる。
私はあのアフガニスタンの子を、ぜひ日本に招聘したいなと思ったよ。
自分の得たものを、一つでも誰か必要な人に返したいと、必死になるような子だよ。
そういう人もいるんだなって。
そして、辛い目にあったからこそ、自分を捨てて生きることもできる。
自分のことにばかりフォーカスして生きているというのは、贅沢なようだし![]()
エゴイスティックで
、自由きまま
ではあるけれど。
自分を捨てたときにこそ感じる、満たされた静かな幸せな気持ち、ってあるよね。
あ、別になんかの宗教を宣伝しようとか、入ろうとか、してません、念のため。ぽかったけど。
私もボランティアをやりつつ、それを感じてた。
そして、サッカーを熱狂的にサポートするときも、自分を失い、何かに捧げている。
そして、お母さんやお父さんという存在は、まさに子供に捧げられている。
何にも自分を捧げて生きることが無いのは、さみしいことだな。
自分を捧げて捨てて生きる、人に役に立つ生き方を見つけたいな
。
といいつつ、バーゲンで血眼になるのは、ショーガナイ。そこまでは利他的にはなりたくない
。
けど、あの元難民の人みたいに、静かな目で、当然のように、何人かも関係なく、人助けをしたいと思う気持ち、ああいうものが、人にあげられる最も高価な贈り物だなっと思う。
人を前に進ませ、力を持たせる、無償の愛というやつだ。
私でさえ、それをもらえるなんてね。こんなイーカゲンな、脳内17歳のヘンタイババァが。
彼らよりも数倍、恵まれて生きてきた、堕落したババアが、彼らに助けられている。
ちと、くやしすぎる。
まぁ、自分にムリはせんと、感じたものをきちんとカンジて、人に対して返していけるように。
それだけかな。
なるべく、意地汚く
、そして同時に澄んだ目で人を見て、無償で助けられるくらいの人には、なりたいねぇ
。












