←ね?野良猫を懐かせる目線だよね
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ドイツ語の特徴、というか、ドイツ人の特徴、というか。
英語よりも、ある意味シンプルにズドンという表現が多い気がする。
もちろん、慎み深く、ぼやかして言う表現もさまざまあるし、敬語も沢山あるけれども。
何というか、文法的には、沢山ややこしいのもあるけれど、シンプルでストレートに表現できるのがドイツ語というか。
ドイツ人的な感覚として、「言いたいことを言ってくれなきゃ、こっちが分かるわけないだろう」というのがあるし、これはアメリカとか欧米も大体似たような感じ。
でも特に、ドイツは「察しろよ」という感覚がゼロというか。
アメリカとかスペインの友達は、言葉を濁す、というと、理解する。「あーいいたくないんだね」みたいな。
ドイツ人にももちろん、察して理解する人もモチロンいるけれど、「なんで?どうして?」というツッコミを入れる人のほうが多いというか![]()
言語のせいなのか、文化のせいなのか、ドイツ人は、口に出さずにはいられない人種なんじゃなかろうかね![]()
見知らぬ他人同士が、愚痴を言い合ったりするのも、「他人との距離感が近い」というよりも「口に出さずにはいられない、ストレスはすばやく外に出す」人たちだからなんかなーと。
数少ないドイツ人の友達としても、みんな、今日はなにがあって、明日はこれをして、どうおもった、というような話を好きなだけ話して、こちらにも好きなだけ話すことを期待する。
こちらがあまり話さないと(というか、遠慮というのもあるし、メンドクサイというのもあり)、悲しそうになったり、もっと話せと言われたりする。
いや、まだ、私のドイツ語力だと、「基本形」しか知らない状況だから、堅苦しいカンジもするようだし、さらに相手が基本形をくずした、ネイティブドイツ語をしゃべると、さっぱり分からない。
ただ、例えば下着売り場で、同時に安売りパンツを探していた老婦人が、なにやら私にベラベラベラとしゃべった中に、「Teuer」とか「hässlich」なんていう形容詞が出てくると、ようやく、「高い」「気に入らない」とグチが言いたかったのか、と分かるという程度。
また、Essoというアメリカ系ガソリンスタンドが近くにあり、ここもまたドイツのAralと同じように24時間openのコンビニエンスストアな役割も果たしている。
ここは、Aralと同化したREWEほどじゃないけれど、食品がおかれていて、焼きたてパンなんかがあるのは、ドイツらしいんだけれど、さすがアメリカ企業だけあって、アメリカ製のお菓子なんかも沢山置いている。
私のクレジットカードのうち、ドイツであまり使えない方のヤツが、ここでは使えるので![]()
そこで、インスタントラーメンを買ったり、という小さな買い物でも、いちいちサインをしなければならず![]()
つい日本語でサインをしかけて、あっと思い、線をひいてアルファベットで訂正したら、店員のオジさんが、ベラベラベーラ、ベラベラベラ、ベーラベラ!と。
何やら楽しそうに何やら語りかけてくる。ここはサッパリ分からなかったんだけど「Unterschrift」サイン、という言葉だけが分かり、何やら、日本語のサインがウケていたようで。
そんな感じで、お店の人が無愛想で冷淡なケースも珍しくはないけれど、愛想もよくておしゃべり大好きな人が、実はたーくさんいるドイツ。
昨日も、老婦人に席を譲った若者が、暫くしてまた老婦人の隣が空き、そこに座ると、老婦人が何やら話しかけ、二人でずっとしゃべりまくっていた。
何の話かは分からなかったけど、他人同士老若男女関係なく、こういうのは、ほほえましい。何でも口に出す文化、というのの、よい側面でしょうね。
昨日はまた、ドイツ語クラスの中でも実習的に「私は●●を何年間勉強し、その後、●●という職につきたい。」
というように、「期間・未来の希望」を語り合うというようなテーマが出てきて。
英語のFrom To (何日から何日まで)を、ドイツ語ではVon bis で表現したりとか、
英語のSince(何年以降、私はこれをやってきました、の以降)を、Seitと表現したりとか、
英語とするっと置き換わるような表現も沢山あるので、この辺は覚えやすい。
さらに、Sinceを使うと、英語の場合現在完了だけど、ドイツ語の場合は、現在も勉強している、といいたい場合には、単純な現在形でOKという、シンプルさもある。
というような内容だったばかりに、少し、深く考え込んでしまい。
何か、家にまっすぐに帰る気にならず、テラス席のコーヒー&バーで、最初はコーヒーを、そして、ビールを飲みつつ、アレコレ考え込んでいたら。
となりに座った人が、「Wie gets es dir?」という型どおりな「お元気ですか?」の挨拶をしてきた。ドイツ人じゃない、浅黒い人なので、移民だと警戒心を働かせつつも、
これは日ごろ練習したドイツ語を試すいい機会でもあると。(ドイツ語ネイティブの人だと、進みすぎてわからないところ、移民の人のドイツ語のほうが分かるケースも多いから)。
すると、相手もまた、ドイツ語よりも英語のほうが得意らしく、結局英語の会話になってしまいつつ、さらに、
「何か、時々、死にたくなるんだ」
なんていうことを、言い始めた。
フツーなら、ビビッて逃げるところだけど、なんか、穏やかなオーラの人なんで、ヤバイ人というよりも、何か素直に心情を語りたいんだろうなと、イロイロ、質問をはさんで、話を引き出していった。
「自分は、故郷では、立派な仕事をしていた。だけど、故郷では、政治的な異変があって、母親と、離婚した妻、息子を残して、ひとりこの国に来た。今は仕事についているが、つまらない仕事を、毎日毎日、ただ機械のように働くだけ。たいしたお金も稼げない。むなしくて時々、死にたくなる。」
まぁ、要約するとこんなカンジ。
まーその、そういわれても、ねぇ。というか、ナンパの一種だろうと察しつつ。
寂しいからオンナが欲しいよう、の言い方の一つダネ
と。
それはそれで、遠からず、近からず、あたっていたわけでもありますが
。
「だけど、故郷にもどって、会うことはできるでしょ?」
「できるけど、難しいし、お金もないし。」
「私の友達のアフガニスタン人は、二度と故郷に入れないし、入ると殺されるし、電話しても家族に迷惑がかかったりするんだよ.。
貴方は、今、ちょっと心が寂しいだけで、疲れたんだよ。
心を伝え合うという、時間が、無かったんじゃないかな。
心を伝え合うというのは、他人同士だと、分かり合えなかったり、難しいよね。
だけど、それが、パンよりも大事な、心の栄養だったりするし。
それに、誰か会いたい人がいる、誰か気にかける人がいる、ということは、それだけ幸せなんじゃないかな。その人に会いたいと思えれば、生きるモチベーションになるわけでしょ。」
同じく要約すると、こんなことを相手に語ってみた。
(一人でベラベラと語り続けたわけじゃなくて、相手の話を聞きつつ、こういうことを話しました。)
「なんだか、君と、魂が触れ合えたような気がするよ」
「そうだね、私も、心から話せたのは、ひさしぶりだから、嬉しかった。」
はい、ここまでは、和やかに、心の交流を楽しみましたが、やはりというか、クドキに入り、自分は寂しいから、誰かがいて欲しい、貴方にいて欲しい、というようなことを、何度か丁寧に言われ。
丁寧に、お断りしつつ、心のケアが必要なんだから、そういう人を見つけなさい、
そして、メルアドを交換して、どうしても寂しかったら、グチを書きなさい、と伝えて別れた。
うーん、見知らぬ人、それも50代ぐらいの人を、小僧のようにあしらったワタクシ。
ある意味、オオモノ![]()
こういう、不思議なところが、アタシの強みでもあり、弱みでもあるなー。
うーん、ドイツで、これから、どうやって自分の強みをいかしていけるだろーかね。
サマータイムの経験をしてみたが。

マライ・メントライン@職業はドイツ人@marei_de_pon
あるドイツ人が、「三代目JSB」のことを「三代目ヨハン・セバスティアン・バッハ」だと思い込んでいたという話を聞いた。真偽のほどは不明だが、ドイツ人の「思い込み文化」内では何気にありがちな話なので、もしリアルに直面してもあまり気に… https://t.co/bPprKYXnTU
2017年03月17日 17:21