ドイツ人の印象って、割とキツめな表情で、他人に責任転嫁してしまいやすい、エゴイストなとこもあります。事実、そーいうのがいます。
でも、何というのか、優しいんですよ。色々。
今日も、トラムに乗って家に帰るときに、座る席がなくて、出口近くに立っていたら、次々と乗り降りする人の波に乗れず
、わたしだけ立ちっぱなし、後から乗る人に、サッサと空いた席を取られ
すると、それを観察していたような若い男性が、自分が空いた席に座る前に、座るかい?と聞いてくれた。
彼は、すこーし離れた場所に立って、観察してくれていたらしい。
ドンくさい外国人に、親切にしてやろうと。
また、ベビーカーを押している人には、皆んなが協力して、乗り降りを手伝ったり、席に座らせたりもする。
これも、個人差なんだけど、余裕ない、自分のことに精一杯な、他人を押しのけるタイプもいます。でも、総じて、優しいんですよ、ドイツ人。
他人との距離感も、近い。
東京だと、見知らぬ人が話しかけてきたら、大概、①ヤバイ人②勧誘③店員と間違われた
みたいな感じで、他人同士が話しをするとかないよね。さらに外国人に、気軽に話しかけないよな。
デュッセルドルフだと、割と気さくなんですよね。例えば、エレベーターの中で、登りの時に、間違って下りたい人が乗って、間違いに気づくと、『やっちゃった、まあ、少し乗る時間が長いだけよね、はは』みたいに、見知らぬ人=ワタシに話しかけてきたり。
そういう、独り言を他人に言いまくる人が、フツーに、結構多い。典型的なのが、電車の遅れ。見知らぬ人同士が、『なんだってこんな時に遅れてくるんだ、全くもう。』『本当に腹が立ちますよね』みたいな会話が、フツーに行なわれたり。
外国人だから、他人だから、遠慮していわない、なんて事はあまりないなーと。
ドルトムントでも、見知らぬ人に話しかけられるとか、挨拶されるパターンがありましたが、
何というか、アタシって、つい愚痴を聞いてもらいたくなるタイプ?
地元民的な、堂々としたカンジなのかしらん?
ドイツ人が、特にデュッセルドルフは外国人慣れしてるから、外国人を避けたりしそうな場面でも、避けられないのは嬉しい。
そんな時にふと、日本にいる外国人が、電車で避けられたりするのを見てたから、悲しさを感じだろうなーと。
外国人の隣しか席が空いてない時に、誰も座らない、とか、あるよね。
こういうのは、疎外感を感じるだろな、と。
まあ、日本だって、マトモな人ばかりなら、移民を受け入れたいよね、しかし、
マトモじゃない人も確かに沢山いるわけだから、難しいよね。
でも、他人に優しく振る舞うことは、ドイツ人の方が上手だと思うしな。
後は、気がついたんだけど、
ドイツ人で、卑屈な人って、あんまりいないなと。
背も高くなく、イケメン美女でもなく、卑屈になりそうなもんな(笑)失礼、そんな人でも、堂々と自信を持つ人が多い。
だからからか、他国からは、『傲慢なドイツ人』呼ばわりされたりもする。
でも何かしら、違うな、と。傲慢なわけじゃない。親切だったりする。
しかし、根拠のない自信が、みなぎってたり(笑)
それでなんか、日本人を区別できるんだよね。
例えば、信号を渡りながら、右折左折の車が通行する人を待つシーンで、すまなさそうに、ちょこちょことした足取りで、『ごめんねごめんねー』的に歩くのが、日本人。
この、すまなさそうオーラで、大体日本人が区別できます。
滞在日数の違いか、在住日本人は、もう少し堂々としてたり
ドイツ人たちは、エゴイストなわけではなくても、自己イメージを、卑屈には絶対にしない。
尊大な、というのでもなく、カッコつけ、というのとも違うな。
エレガントに、堂々と振る舞うことが基本、っていうか。
他人には優しくするけど、自分から下にいかない、謙譲語がない、世界なんだなと。
日本人は、他人を気遣うあまり、自分から下にいく、媚びる、謙遜を体でも表情でも、出す。
これに気がついたんだけど。
実は、コレがまた、日本が気遣いすぎて息苦しい理由なのかも、知れない。
他人に優しくしながら、自分から下にいかないのは、なんだか、生きやすいんだよね。
こんな小さな違いで、実は疲れてしまうんだと思う、日本という国に生きることは。
エレガントに堂々としつつ、他人に優しく生きることは、他人にも都合がいいし、自分にとって、ラクなんですよね。
何でわざわざ、自分から自己イメージを下げるのを、社会が要求するのかね?
ストレスの原因は、コレだよなと。
ヤケに他人に気遣い、謙譲語を使わずに、自己イメージを下げずに、生きる方が、ラク。
これが、私が日本より、ヨーロッパの方が楽に感じること、外国人と付き合い方がラクに感じる理由の、根本なのかもしれない。