4月27日
ロンドンを出てランカスターへ。まず、3時にPH先生と面会するはずだったが、列車のチケットを買う列が長くて、1本乗り過ごして、ちょっと遅れて着く。先生はもういらっしゃらなかった。しかし、セミナーの取りまとめ役をやっている学生Cさんとは会える。発表の要約のネイティヴ・チェックをしていただいて、発表。ちなみにセミナーの名前は、「宗教学ウィークリーセミナー」だそうである。廊下の案内には、「宗教学科大学院生セミナー」と書いてあった。
テーマは「現代日本の輪廻観」である。主に前世療法の体験談を素材として現代の輪廻観の特殊性を分析するのが趣旨である。体験談で語られている前世は文化を超えた輪廻がほとんどであり、そうなると先祖祭祀と両立しなくなる、というのがポイントである。それを、僕は、家族(イエ)からの離脱の意識としてとらえた。雑誌ムーの前世の仲間を文通相手で求める手紙、江原啓之のオーラの泉も紹介した。
発表はとりあえずできたと思う。しかし、しゃべりが今一つなめらかではなかった。大きい声で長時間しゃべるということを久しぶりにやったような気がする。そして、なぜか英語もなめらかに出てこなかった。昔、米国からの留学生の前で講義をしたときは、黒板があったので、図式化をしながらしゃべった。図式は理解を補うし、字を書くと、字を書いているあいだは時間も稼げて、次に何をしゃべるか考えられる。今回、ホワイトボードはあったのだが、マーカーがなかったためにそれができなかった。
以下、質疑応答。
Q「前世への退行催眠は、急に18世紀とかに飛んじゃうんでしょうか。その間はどうなっちゃうんでしょうか」
A「事例の中では、一番ハッピーな前世を見たいとセラピストにリクエストするものもあります。必ずしもクロノロジカル(時間順)に進めるのではないようです。また、催眠で見えてくるものを完全にコントロールすることはできないと思います。だから、何が出てくるか分からないし、どこにジャンプするかも分かりません。懐疑的な人は、これは単なるファンタジーだと考えるかもしれません」
Q「仏教では、前世を忘却するということにも意味があるのではないでしょうか。輪廻は迷いのなかにあるということであり、前世が何であったかということは重要ではないのではないでしょうか」
A「たしかにそうです。質問は、ニューエイジではなぜ前世を忘却するということの意味を重く受け止めないかというものですよね。なぜかはぼくもわかりません。この質問にはセラピストたちも明確な答えはないでしょう。神学的な問題です。しかし、前世にこだわることの意味なら答えられます。それは、隠された自己を発見するという意義があると思います」(実際にはこんな風にスマートに答えられなかった^_^;)
Q「催眠はセラピストによるクライエントの操作につながらないだろうか」
A「ごく少数ですが、セラピストがクライエントを組織化し、カルトに近くなる例もあります。しかし、ごく少数です」
Q「どうしてでしょうか」
A「一つは、前世療法の値段が高いということ、そして、クライエントは一度来たら、再び来るとは限らず、セラピストとのつながりが弱いためです。」
Q「今の質問と関連しますが、グループ・セラピーみたいなものはないのでしょうか。たとえば、新宗教の霊友会などの体験談発表のような」
A「それは聞いたことがないですね。もっとクローズドなセッションが多いと思います。新宗教におけるグループ・セラピーは、他者の承認によって主体になろうとするものだと思います。しかし、グループセラピーの形態をとらない前世療法は、もはや他者の承認を必要しないということなのでしょう。重要なのは、他者や家族を超えた、新しい自己のラインを発見することなのです」(これも、こんなに明快に答えられかった。もっとたどたどしかったと思う)
今日もSAGBに行ってきた。ロンドンにいるのは、ここに行くのと、部屋で発表の準備をするためである。
ブログは今日も簡潔に。いや、今日こそ簡潔に。
まず14時半から瞑想。人数は少ない。10人くらいか。女性のミディアムで、音楽に合わせてイメージを膨らませるように誘導する。深呼吸をして、イメージの世界に誘われる。
「あなたはリラックスして光の世界に包まれます。今、ドアの前に立っています。そのなかに入ります……」
だいぶ端折っているが、こんな感じである。
おそらく40分くらいはあるだろうか。実は、時間ぎりぎりに駆け込んだこともあって、疲れていて、睡魔に襲われた。しかし、完全に夢ではなく、意識がある程度ある状態で夢のようなものを見るという状態には至る。
印象に残っているのは、新聞のようなものが映像で浮かんできて、そのタイトルが
「His Life in Life」
というものだったということだ。直訳すると、「生命の中に彼の生命がある」。「彼」とは「神」のことを指す。したがって、分かりやすく意味をとるとしたら、
「あらゆる生命の中に神の生命が宿っている。」
ということである。それからよく分からないのだけれど、
「Hyddin Dip」という言葉も見えた。これはまったく意味不明。実は、これまでも、文字が見える夢というのはよくある。
ミディアムにこれを言うと、
「頭がかくんと前に傾くことがあったので、家に帰ったら、もっと背筋を伸ばして、頭が前に落ちないように瞑想してください。そして、あなたはその時に見えたことや感じたことを、必ず書き留めるようにしてください。あなたには強いガイドがいます。重要なメッセージを伝えてくれていると思うので、書き留めて、それが何なのかを考えてください」
と、励まされる。
その後16:00から、サンデーサービスがあった。ピアノをひく人がいて聖歌の伴奏をする以外は、バースのサンデーサービスとさほど変わらない。ただ、部屋が広い。オリバー・ロッジ・ルームという部屋で、オリバー・ロッジの肖像が飾られている。人数は20人から30人くらいだろうか。ミディアムは男性で、デモンストレーションは1人に多くの時間を割き、3人しか指名しなかった。指名というか、最初にこういう人はいますかと聞いて、手を上げた人に集中的にという感じである。
その後、18:00からサイキック・アートがある。これは一人の女性ミディアムが絵を描き、もう一人の男性ミディアムが普通のデモンストレーションと同じような感じで進行する、それで共同で故人の絵を描いてゆく、というものである。男性ミディアムは受付のところで一緒におしゃべりしていた人である。これまたすごく分かりにくい早口。この人の場合、口を見ているとほとんど子音を抜いてしゃべっているのではないかというくらいもごもごしているので、イギリス英語が難しいというのではなく、この人が聞き取りにくいのだろう。でも、ネイティヴの人は聞き取れているのだから、自分のリスニング能力の欠如のせいだと軽く落ち込む。言語の壁は大きい。
絵はとても上手でリアルだった。描いているうちに誰か似ている人はいますか、と聞いて、誰かが手を上げるとその人とのやり取りに集中して行くという進め方である。この人は、もしかして自分の知っているあの人じゃないか、と思いながらじっと見つめて行く。そうすると、それが霊媒の感受性を高めるそうだ。霊的に言えば、その霊がやって来るという感じだろうか。ぼくの場合、これは母親に似ているのではないだろうか、とか、子どもの絵が出てくれば、これは流産してしまった赤ん坊じゃないだろうか(夢で何回か見たことがある)、とか。でも、どちらも他の人にとられてしまった(笑)。
これも懐疑的な人に言わせれば、こてんぱんにされるくらい曖昧な話だろう。しかし、男性ミディアムの話は、とても具体的なもので、住んでいるエリアにも言及するようなものだった。彼は、日本で活躍しているあるスピリチュアリストのKさんをやはり良く知っている。帰り際に挨拶したら、8月には日本に行くことになっているそうだ。
多分、日本に来ると、値段は格段に高くなるに違いない。このサイキック・アートは6ポンドである。だいたい900円くらいだろうか。これは1時間である。日本の団体を見ると2時間計算で3000円から4000円の行事が多い。だから、日本のほうが高い。レイトにもよるけど。それが外国人が招かれたときには、通訳の料金が含まれるせいかもっと高くなる。
このサイキック・アートのときに日本人がいた。この方は、もともとこういうことに関心があったというわけではないが、お父様が亡くなるときに、親戚がやたらと宗教を勧めてきて、それをきっかけに色々と調べているうちに、このスピリチュアル関係の世界に関心を持つようになった。霊能者の知り合いもいて、見てもらうことがあるらしい。この人は、突然指名されて、
「アーティスティックなことに興味がないか」と聞かれて、
「ない」と言うと、
「絵は描かないのか」と聞かれ、
「描かない」と答えると、
「どうして?描けばいいのに」と言われていた。
しかし、本人に言わせれば、とても描けるわけがない技量なのだそうだ。
「おばあさまが出て、勉強をするようにと言っている」
「今後、あることに目覚めて大学に戻る可能性がある」
「数年後にハッピーなことがある」
と言われていた。どれもピンと来ないそうである。こういうときに出てくるのは、たいてい父親で、祖母ははじめて、と言っていた。
「ハッピーなこととは、結婚では?」とぼくが尋ねると、
「いやあ、そうなればいいですけどね」と予兆はなさそうだった(笑)。
この人は、しょっちゅう海外旅行をしていて、3連休があるとすぐ海外に行くそうである。ほとんどの自由になるお金はそれに使っているとか。ぼくが自分の旅行について、航空券の取り方とかを話すと、「旅慣れてませんね」と一蹴されてしまった。
こういう風にこちらで偶然出会う日本人は、旅慣れている人が多い。学歴はこれまで見たところでは大卒で、やはりある程度語学力に自信がありそうな人である。
これはぼくの仮説だが、英語が好きで、英語にある程度自信があって、大学も出ていて、働き出してから海外旅行に頻繁に行くようになって、結婚は遅いかしていないかで、そういう人が、海外のスピリチュアルなものにも関心を持つというパターンは多いと思う。海外旅行の経験とスピリチュアルのつながりは、因果関係ではない。つまり、旅行がスピリチュアルへの関心の引き金になっているのか、もともとスピリチュアルなことに関心を持つような性格の人が、海外にも関心を持つのか、どちらかは分からない。しかし、日本にいたときの観察でも、ヒーラーやスピリチュアル・カウンセラーの人の中には、海外での経験をウリにする人が多い。江原氏だってそうだ。
これからもなるべく、多くの日本人に出会えますように。
ブログは今日も簡潔に。いや、今日こそ簡潔に。
まず14時半から瞑想。人数は少ない。10人くらいか。女性のミディアムで、音楽に合わせてイメージを膨らませるように誘導する。深呼吸をして、イメージの世界に誘われる。
「あなたはリラックスして光の世界に包まれます。今、ドアの前に立っています。そのなかに入ります……」
だいぶ端折っているが、こんな感じである。
おそらく40分くらいはあるだろうか。実は、時間ぎりぎりに駆け込んだこともあって、疲れていて、睡魔に襲われた。しかし、完全に夢ではなく、意識がある程度ある状態で夢のようなものを見るという状態には至る。
印象に残っているのは、新聞のようなものが映像で浮かんできて、そのタイトルが
「His Life in Life」
というものだったということだ。直訳すると、「生命の中に彼の生命がある」。「彼」とは「神」のことを指す。したがって、分かりやすく意味をとるとしたら、
「あらゆる生命の中に神の生命が宿っている。」
ということである。それからよく分からないのだけれど、
「Hyddin Dip」という言葉も見えた。これはまったく意味不明。実は、これまでも、文字が見える夢というのはよくある。
ミディアムにこれを言うと、
「頭がかくんと前に傾くことがあったので、家に帰ったら、もっと背筋を伸ばして、頭が前に落ちないように瞑想してください。そして、あなたはその時に見えたことや感じたことを、必ず書き留めるようにしてください。あなたには強いガイドがいます。重要なメッセージを伝えてくれていると思うので、書き留めて、それが何なのかを考えてください」
と、励まされる。
その後16:00から、サンデーサービスがあった。ピアノをひく人がいて聖歌の伴奏をする以外は、バースのサンデーサービスとさほど変わらない。ただ、部屋が広い。オリバー・ロッジ・ルームという部屋で、オリバー・ロッジの肖像が飾られている。人数は20人から30人くらいだろうか。ミディアムは男性で、デモンストレーションは1人に多くの時間を割き、3人しか指名しなかった。指名というか、最初にこういう人はいますかと聞いて、手を上げた人に集中的にという感じである。
その後、18:00からサイキック・アートがある。これは一人の女性ミディアムが絵を描き、もう一人の男性ミディアムが普通のデモンストレーションと同じような感じで進行する、それで共同で故人の絵を描いてゆく、というものである。男性ミディアムは受付のところで一緒におしゃべりしていた人である。これまたすごく分かりにくい早口。この人の場合、口を見ているとほとんど子音を抜いてしゃべっているのではないかというくらいもごもごしているので、イギリス英語が難しいというのではなく、この人が聞き取りにくいのだろう。でも、ネイティヴの人は聞き取れているのだから、自分のリスニング能力の欠如のせいだと軽く落ち込む。言語の壁は大きい。
絵はとても上手でリアルだった。描いているうちに誰か似ている人はいますか、と聞いて、誰かが手を上げるとその人とのやり取りに集中して行くという進め方である。この人は、もしかして自分の知っているあの人じゃないか、と思いながらじっと見つめて行く。そうすると、それが霊媒の感受性を高めるそうだ。霊的に言えば、その霊がやって来るという感じだろうか。ぼくの場合、これは母親に似ているのではないだろうか、とか、子どもの絵が出てくれば、これは流産してしまった赤ん坊じゃないだろうか(夢で何回か見たことがある)、とか。でも、どちらも他の人にとられてしまった(笑)。
これも懐疑的な人に言わせれば、こてんぱんにされるくらい曖昧な話だろう。しかし、男性ミディアムの話は、とても具体的なもので、住んでいるエリアにも言及するようなものだった。彼は、日本で活躍しているあるスピリチュアリストのKさんをやはり良く知っている。帰り際に挨拶したら、8月には日本に行くことになっているそうだ。
多分、日本に来ると、値段は格段に高くなるに違いない。このサイキック・アートは6ポンドである。だいたい900円くらいだろうか。これは1時間である。日本の団体を見ると2時間計算で3000円から4000円の行事が多い。だから、日本のほうが高い。レイトにもよるけど。それが外国人が招かれたときには、通訳の料金が含まれるせいかもっと高くなる。
このサイキック・アートのときに日本人がいた。この方は、もともとこういうことに関心があったというわけではないが、お父様が亡くなるときに、親戚がやたらと宗教を勧めてきて、それをきっかけに色々と調べているうちに、このスピリチュアル関係の世界に関心を持つようになった。霊能者の知り合いもいて、見てもらうことがあるらしい。この人は、突然指名されて、
「アーティスティックなことに興味がないか」と聞かれて、
「ない」と言うと、
「絵は描かないのか」と聞かれ、
「描かない」と答えると、
「どうして?描けばいいのに」と言われていた。
しかし、本人に言わせれば、とても描けるわけがない技量なのだそうだ。
「おばあさまが出て、勉強をするようにと言っている」
「今後、あることに目覚めて大学に戻る可能性がある」
「数年後にハッピーなことがある」
と言われていた。どれもピンと来ないそうである。こういうときに出てくるのは、たいてい父親で、祖母ははじめて、と言っていた。
「ハッピーなこととは、結婚では?」とぼくが尋ねると、
「いやあ、そうなればいいですけどね」と予兆はなさそうだった(笑)。
この人は、しょっちゅう海外旅行をしていて、3連休があるとすぐ海外に行くそうである。ほとんどの自由になるお金はそれに使っているとか。ぼくが自分の旅行について、航空券の取り方とかを話すと、「旅慣れてませんね」と一蹴されてしまった。
こういう風にこちらで偶然出会う日本人は、旅慣れている人が多い。学歴はこれまで見たところでは大卒で、やはりある程度語学力に自信がありそうな人である。
これはぼくの仮説だが、英語が好きで、英語にある程度自信があって、大学も出ていて、働き出してから海外旅行に頻繁に行くようになって、結婚は遅いかしていないかで、そういう人が、海外のスピリチュアルなものにも関心を持つというパターンは多いと思う。海外旅行の経験とスピリチュアルのつながりは、因果関係ではない。つまり、旅行がスピリチュアルへの関心の引き金になっているのか、もともとスピリチュアルなことに関心を持つような性格の人が、海外にも関心を持つのか、どちらかは分からない。しかし、日本にいたときの観察でも、ヒーラーやスピリチュアル・カウンセラーの人の中には、海外での経験をウリにする人が多い。江原氏だってそうだ。
これからもなるべく、多くの日本人に出会えますように。
今日は、SAGB(英国心霊協会)に行ってきた。
まず場所や建物に驚いた。場所は近くにベルギー大使館があるようなところ。オフィスか官公庁が多い地域。建物も立派だ。こういっては悪いが、今まで見てきたところと雰囲気が全然違う。受付は声も体もでかい黒人の方だった。その近くに本が置いてある。シルバーバーチの本がいくつかある。その他、印象に残っているのは、ドリーン・バーチューの本もあったことだ。彼らが、良いと認めるものは置いているらしい。
今日は、最初にヒーリングを受けに来た。ヒーラーは3人くらいいたようだが、全員黒人だった。これだけで今までと違う。さすがロンドンだと思う。ヒーラーは白衣を着ており、ヒーリングする場所は「ヒーリング・クリニック」となっており、「患者」という言葉づかいがされているが、バースの教会とちがって、問診表などはなし。今、これを書いていて、医療とヒーリングの関係について確認しておかなければ、と思う。
「どこか身体の問題がありますか。それとも全般的なヒーリング general healing ですか」と聞かれたので、
「全般的なヒーリングで」とお願いした。
部屋は薄暗くて、瞑想用の音楽がかかっている。ゆっくり落ち着けた。感想としては、非常に透明な感じでリラックスするものだった。肩に軽く手を置いたが、それ以外に触ることはなかった。
終わったあと、自販機が置いてあるだけのカフェで、ヒーラーを捕まえることができた。会話の中で分かったことをまとめる。
SNUとの違い。宗教ではない。聖典を信じるようなことがないから。
「教会」でもない。教会ではなく、「チャリティ」(慈善団体)だと言われた。
SNUとは単に組織として違うだけ。
レイキとの違い。レイキのようなマントラやシンボルを使わない。スピリチュアリズムでのヒーリングは、霊界のヒーラー役の霊との交信による(これはシルバーバーチの本で読んだことがある)。そのため、ヒーリングは一種のミディアムシップだ。
サイキック(霊能者)との違い。自分たちは、あくまで霊界とのチャネル(経路)にすぎない。サイキックは彼ら自身の能力を使う。
「僕の意見だけど」と留保したうえでの答えだった。
そのヒーラーはもう9年もヒーラーをやっているという。日本人が先生だったと聞いたので、名前を聞いてみると知っている人だった。江原氏に出会ってSAGBに通うようになり、帰国後、スピリチュアリズム関連の組織を作り、活動している人である。
休憩中にあまり引き止めるのもあれなので、それで会話を切り上げた。しかし、質問に一生懸命きちんと答えようとする誠実な人だと思った。自販機で買ったお菓子を結局、一口しか食べずに答えてくれたので、申し訳なかった。
その後、デモンストレーションがおこなわれる。場所はコナン・ドイル・ルームで、コナン・ドイルの肖像が飾られている。ここはとにかくこういう歴史的なことを重んじているように思われた。
そして、日本で「スピリチュアリズム」として語られていることは、要するにSAGBなのだということが分かった。SNUとどちらが大きいかと言われたら、全国の教会の連合体であるSNUだと思う。では、SAGBは何なのだろう。ひょっとして比べるのが間違っているのかもしれない。なぜなら、SNUの全国スピリチュアリズム教会リンク集みたいなページには、ロンドンの中にSAGBも含まれているからである。
デモンストレーションは、男性ミディアムによるものだった。ちなみに、霊媒は廊下に飾ってある写真を見るかぎり全員白人である(HPでも確認できる)。
どかどかと入って、チケットを集めて受付に持ってゆき、ドアを閉めて、「さあはじめるか」というと、いきなり「あなた」と僕を指名してきた。
かな~~~~り早口。しかも、方言というかなまりがある。江原啓之氏が江戸弁で絶好調に早口の時のしゃべりを録画したものを1.5倍にして再生したら、日本に来た外国人がきちんと聞き取れるか、いやそれは不可能だ、というくらい早口だ。
多分、こんな感じ。
「(ジェスチャー付き)呼吸困難になっている。胸が苦しくて。Does it make sense to you? それで意味は通りますか」
このときのmakeが普通は「メイク」と発音するが、完全に「マイク」である。最初聞いたときは何のことか分からなかった。
しばらくちんぷんかんぷんなまま話される。最初、僕が呼吸が苦しいという意味なのかと思って、ウェスト・バッグを意味もなく外す(^_^;)。
「あなたのおばあさん」
という言葉が聞こえてきたので、やっと「誰かあなたの知っている死んだ人の中でこういう人は知っていますか」と意味なのだと分かる。
僕の実母は、去年の4月に間質性肺炎という肺が繊維化して呼吸困難になる病気で他界している。そこで、
「祖母ですか、母ですか」と聞くと、
「おばあさんです」とはっきり言われる。
しばらくそんな感じで、
「母なら、そうでした」と言う。横にいた紳士が、「ああ」と声を出してうなずく。
さらに、
「その人が言うんだけれど、何かあなたの組織に変化が生じた」
「変化?」
「そう。それで、組織に変化が生じて、利益がもたらされるようになった。当てはまりますか。」
「うーーーん(-_-;)」
「それは6ヶ月前のことです。」
しばらくそんな感じで話がつづき、分からない言葉が出てくる。「チャイン」とか「チャイナ」と聞こえるので、何のことを言っているのか分からないので、
「質問をしてもいいですか」
「はい」
「チャインって何のことですか」
「チャインジ、チャインジ」
「ああ、チェインジ!(変化)」
もはや、もう一人ミディアムが必要である。
「6ヶ月前ではなくて、7ヶ月前だったら、変化がありました。僕のポジションについて」
それで、ミディアムも納得する。
これは、ちょうど7ヶ月前に博士号を取っていることが思い当たったので、そう答えたのである。
総合すると、このミディアムは部屋に入っていきなり、僕の母親が肺の病気でなくなったことと、7ヶ月前に博士号を取ったことに「近い」ことを感じ取ったということになる。
この人は、他の人に移っても、知り合いの故人の亡くなり方を最初に言い、それに関連して何か感じたことを言うというスタイルをとった。非常に聞き取るのは難しかったが、かなり細かく亡くなり方を描写しているということは分かった。そして、感じ取ったことについてその8割が「イエス」という回答を即座に得られた。ということは、かなりの確率で、何かしら当てはまることを言い当てているということになる。総じて、優秀なミディアムだと参加者には思われたのではないかと思う。
それで1時間ぴったりで、10人くらいの参加者(男性は4人くらい)全員について一通りしゃべって出て行った。まったく、ただひたすら早口で、あいだに一口水を飲んだり、精神を集中させる(それもほんの一瞬)だけで、しゃべり通しだった。それだけでなかなかのものである。たとえば、完全なでたらめをそれだけ矢継ぎ早にしゃべったとしても、それはなかなかの才能であろう。
終わったあと、隣にいた老婦人と会話した。祖母のことを言われたのだけれど、良く覚えていないので、帰ってから確認すると話していた。帰りにコーヒーもいっしょに飲みながら、色々と話してくれた。
「今日のミディアムはちょっと早口すぎたわね」
と言っていたのでちょっと安心。あれは、エセックスの訛りだと言っていた。彼女は、来られるときは、必ずデモンストレーションに参加しているという。ちなみにデモンストレーションは有料で5ポンド(現在のレートで言うと750円くらい。経済危機前のレートだと1250円?)。
「あなたはキリスト教徒ですか」
「いえ、スピリチュアリストです。でも、キリスト教の教会にも通っているわ。他の人は、スピリチュアリストだって言うと、恐がるので、いつもはキリスト教徒だってことにしている。でも、私は、両親も祖父母もスピリチュアリストだったの。だから、恐いことなんか全然ないってことを知っているけど。」
「自分自身、ミディアムになろうとしたことはありますか」
「ときどきそうなるわよ」
といって、旅先で、この先に宿があるというインスピレーションを得て、その通りにあったということを話してくれた。また、僕については、「ガイドは、神道っていうのかしら、その関係の人だと思う」と話してくれた。
「でも、こういうのは常識が大事だからね。私は、今そう感じたってだけ。こういうのにはふりまわされないようにしなくちゃ」
別の文脈で、「僕は仏教徒だ(いちおう)」と言うと、
「そうそう、仏教のお坊さんよ、あなたのガイドは」と言う。
彼女は、また地元のSNUの教会にも通っているという。やはり、SAGBとSNUは別物で、両立可能なようだ。



まず場所や建物に驚いた。場所は近くにベルギー大使館があるようなところ。オフィスか官公庁が多い地域。建物も立派だ。こういっては悪いが、今まで見てきたところと雰囲気が全然違う。受付は声も体もでかい黒人の方だった。その近くに本が置いてある。シルバーバーチの本がいくつかある。その他、印象に残っているのは、ドリーン・バーチューの本もあったことだ。彼らが、良いと認めるものは置いているらしい。
今日は、最初にヒーリングを受けに来た。ヒーラーは3人くらいいたようだが、全員黒人だった。これだけで今までと違う。さすがロンドンだと思う。ヒーラーは白衣を着ており、ヒーリングする場所は「ヒーリング・クリニック」となっており、「患者」という言葉づかいがされているが、バースの教会とちがって、問診表などはなし。今、これを書いていて、医療とヒーリングの関係について確認しておかなければ、と思う。
「どこか身体の問題がありますか。それとも全般的なヒーリング general healing ですか」と聞かれたので、
「全般的なヒーリングで」とお願いした。
部屋は薄暗くて、瞑想用の音楽がかかっている。ゆっくり落ち着けた。感想としては、非常に透明な感じでリラックスするものだった。肩に軽く手を置いたが、それ以外に触ることはなかった。
終わったあと、自販機が置いてあるだけのカフェで、ヒーラーを捕まえることができた。会話の中で分かったことをまとめる。
SNUとの違い。宗教ではない。聖典を信じるようなことがないから。
「教会」でもない。教会ではなく、「チャリティ」(慈善団体)だと言われた。
SNUとは単に組織として違うだけ。
レイキとの違い。レイキのようなマントラやシンボルを使わない。スピリチュアリズムでのヒーリングは、霊界のヒーラー役の霊との交信による(これはシルバーバーチの本で読んだことがある)。そのため、ヒーリングは一種のミディアムシップだ。
サイキック(霊能者)との違い。自分たちは、あくまで霊界とのチャネル(経路)にすぎない。サイキックは彼ら自身の能力を使う。
「僕の意見だけど」と留保したうえでの答えだった。
そのヒーラーはもう9年もヒーラーをやっているという。日本人が先生だったと聞いたので、名前を聞いてみると知っている人だった。江原氏に出会ってSAGBに通うようになり、帰国後、スピリチュアリズム関連の組織を作り、活動している人である。
休憩中にあまり引き止めるのもあれなので、それで会話を切り上げた。しかし、質問に一生懸命きちんと答えようとする誠実な人だと思った。自販機で買ったお菓子を結局、一口しか食べずに答えてくれたので、申し訳なかった。
その後、デモンストレーションがおこなわれる。場所はコナン・ドイル・ルームで、コナン・ドイルの肖像が飾られている。ここはとにかくこういう歴史的なことを重んじているように思われた。
そして、日本で「スピリチュアリズム」として語られていることは、要するにSAGBなのだということが分かった。SNUとどちらが大きいかと言われたら、全国の教会の連合体であるSNUだと思う。では、SAGBは何なのだろう。ひょっとして比べるのが間違っているのかもしれない。なぜなら、SNUの全国スピリチュアリズム教会リンク集みたいなページには、ロンドンの中にSAGBも含まれているからである。
デモンストレーションは、男性ミディアムによるものだった。ちなみに、霊媒は廊下に飾ってある写真を見るかぎり全員白人である(HPでも確認できる)。
どかどかと入って、チケットを集めて受付に持ってゆき、ドアを閉めて、「さあはじめるか」というと、いきなり「あなた」と僕を指名してきた。
かな~~~~り早口。しかも、方言というかなまりがある。江原啓之氏が江戸弁で絶好調に早口の時のしゃべりを録画したものを1.5倍にして再生したら、日本に来た外国人がきちんと聞き取れるか、いやそれは不可能だ、というくらい早口だ。
多分、こんな感じ。
「(ジェスチャー付き)呼吸困難になっている。胸が苦しくて。Does it make sense to you? それで意味は通りますか」
このときのmakeが普通は「メイク」と発音するが、完全に「マイク」である。最初聞いたときは何のことか分からなかった。
しばらくちんぷんかんぷんなまま話される。最初、僕が呼吸が苦しいという意味なのかと思って、ウェスト・バッグを意味もなく外す(^_^;)。
「あなたのおばあさん」
という言葉が聞こえてきたので、やっと「誰かあなたの知っている死んだ人の中でこういう人は知っていますか」と意味なのだと分かる。
僕の実母は、去年の4月に間質性肺炎という肺が繊維化して呼吸困難になる病気で他界している。そこで、
「祖母ですか、母ですか」と聞くと、
「おばあさんです」とはっきり言われる。
しばらくそんな感じで、
「母なら、そうでした」と言う。横にいた紳士が、「ああ」と声を出してうなずく。
さらに、
「その人が言うんだけれど、何かあなたの組織に変化が生じた」
「変化?」
「そう。それで、組織に変化が生じて、利益がもたらされるようになった。当てはまりますか。」
「うーーーん(-_-;)」
「それは6ヶ月前のことです。」
しばらくそんな感じで話がつづき、分からない言葉が出てくる。「チャイン」とか「チャイナ」と聞こえるので、何のことを言っているのか分からないので、
「質問をしてもいいですか」
「はい」
「チャインって何のことですか」
「チャインジ、チャインジ」
「ああ、チェインジ!(変化)」
もはや、もう一人ミディアムが必要である。
「6ヶ月前ではなくて、7ヶ月前だったら、変化がありました。僕のポジションについて」
それで、ミディアムも納得する。
これは、ちょうど7ヶ月前に博士号を取っていることが思い当たったので、そう答えたのである。
総合すると、このミディアムは部屋に入っていきなり、僕の母親が肺の病気でなくなったことと、7ヶ月前に博士号を取ったことに「近い」ことを感じ取ったということになる。
この人は、他の人に移っても、知り合いの故人の亡くなり方を最初に言い、それに関連して何か感じたことを言うというスタイルをとった。非常に聞き取るのは難しかったが、かなり細かく亡くなり方を描写しているということは分かった。そして、感じ取ったことについてその8割が「イエス」という回答を即座に得られた。ということは、かなりの確率で、何かしら当てはまることを言い当てているということになる。総じて、優秀なミディアムだと参加者には思われたのではないかと思う。
それで1時間ぴったりで、10人くらいの参加者(男性は4人くらい)全員について一通りしゃべって出て行った。まったく、ただひたすら早口で、あいだに一口水を飲んだり、精神を集中させる(それもほんの一瞬)だけで、しゃべり通しだった。それだけでなかなかのものである。たとえば、完全なでたらめをそれだけ矢継ぎ早にしゃべったとしても、それはなかなかの才能であろう。
終わったあと、隣にいた老婦人と会話した。祖母のことを言われたのだけれど、良く覚えていないので、帰ってから確認すると話していた。帰りにコーヒーもいっしょに飲みながら、色々と話してくれた。
「今日のミディアムはちょっと早口すぎたわね」
と言っていたのでちょっと安心。あれは、エセックスの訛りだと言っていた。彼女は、来られるときは、必ずデモンストレーションに参加しているという。ちなみにデモンストレーションは有料で5ポンド(現在のレートで言うと750円くらい。経済危機前のレートだと1250円?)。
「あなたはキリスト教徒ですか」
「いえ、スピリチュアリストです。でも、キリスト教の教会にも通っているわ。他の人は、スピリチュアリストだって言うと、恐がるので、いつもはキリスト教徒だってことにしている。でも、私は、両親も祖父母もスピリチュアリストだったの。だから、恐いことなんか全然ないってことを知っているけど。」
「自分自身、ミディアムになろうとしたことはありますか」
「ときどきそうなるわよ」
といって、旅先で、この先に宿があるというインスピレーションを得て、その通りにあったということを話してくれた。また、僕については、「ガイドは、神道っていうのかしら、その関係の人だと思う」と話してくれた。
「でも、こういうのは常識が大事だからね。私は、今そう感じたってだけ。こういうのにはふりまわされないようにしなくちゃ」
別の文脈で、「僕は仏教徒だ(いちおう)」と言うと、
「そうそう、仏教のお坊さんよ、あなたのガイドは」と言う。
彼女は、また地元のSNUの教会にも通っているという。やはり、SAGBとSNUは別物で、両立可能なようだ。


