4月27日ランカスター大学で発表 | Staretsのブログ

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4月27日

ロンドンを出てランカスターへ。まず、3時にPH先生と面会するはずだったが、列車のチケットを買う列が長くて、1本乗り過ごして、ちょっと遅れて着く。先生はもういらっしゃらなかった。しかし、セミナーの取りまとめ役をやっている学生Cさんとは会える。発表の要約のネイティヴ・チェックをしていただいて、発表。ちなみにセミナーの名前は、「宗教学ウィークリーセミナー」だそうである。廊下の案内には、「宗教学科大学院生セミナー」と書いてあった。

テーマは「現代日本の輪廻観」である。主に前世療法の体験談を素材として現代の輪廻観の特殊性を分析するのが趣旨である。体験談で語られている前世は文化を超えた輪廻がほとんどであり、そうなると先祖祭祀と両立しなくなる、というのがポイントである。それを、僕は、家族(イエ)からの離脱の意識としてとらえた。雑誌ムーの前世の仲間を文通相手で求める手紙、江原啓之のオーラの泉も紹介した。

発表はとりあえずできたと思う。しかし、しゃべりが今一つなめらかではなかった。大きい声で長時間しゃべるということを久しぶりにやったような気がする。そして、なぜか英語もなめらかに出てこなかった。昔、米国からの留学生の前で講義をしたときは、黒板があったので、図式化をしながらしゃべった。図式は理解を補うし、字を書くと、字を書いているあいだは時間も稼げて、次に何をしゃべるか考えられる。今回、ホワイトボードはあったのだが、マーカーがなかったためにそれができなかった。

以下、質疑応答。

Q「前世への退行催眠は、急に18世紀とかに飛んじゃうんでしょうか。その間はどうなっちゃうんでしょうか」
A「事例の中では、一番ハッピーな前世を見たいとセラピストにリクエストするものもあります。必ずしもクロノロジカル(時間順)に進めるのではないようです。また、催眠で見えてくるものを完全にコントロールすることはできないと思います。だから、何が出てくるか分からないし、どこにジャンプするかも分かりません。懐疑的な人は、これは単なるファンタジーだと考えるかもしれません」

Q「仏教では、前世を忘却するということにも意味があるのではないでしょうか。輪廻は迷いのなかにあるということであり、前世が何であったかということは重要ではないのではないでしょうか」
A「たしかにそうです。質問は、ニューエイジではなぜ前世を忘却するということの意味を重く受け止めないかというものですよね。なぜかはぼくもわかりません。この質問にはセラピストたちも明確な答えはないでしょう。神学的な問題です。しかし、前世にこだわることの意味なら答えられます。それは、隠された自己を発見するという意義があると思います」(実際にはこんな風にスマートに答えられなかった^_^;)

Q「催眠はセラピストによるクライエントの操作につながらないだろうか」
A「ごく少数ですが、セラピストがクライエントを組織化し、カルトに近くなる例もあります。しかし、ごく少数です」
Q「どうしてでしょうか」
A「一つは、前世療法の値段が高いということ、そして、クライエントは一度来たら、再び来るとは限らず、セラピストとのつながりが弱いためです。」

Q「今の質問と関連しますが、グループ・セラピーみたいなものはないのでしょうか。たとえば、新宗教の霊友会などの体験談発表のような」
A「それは聞いたことがないですね。もっとクローズドなセッションが多いと思います。新宗教におけるグループ・セラピーは、他者の承認によって主体になろうとするものだと思います。しかし、グループセラピーの形態をとらない前世療法は、もはや他者の承認を必要しないということなのでしょう。重要なのは、他者や家族を超えた、新しい自己のラインを発見することなのです」(これも、こんなに明快に答えられかった。もっとたどたどしかったと思う)