ゆっくり起床。朝食。やりかけの事典の項目を書いてから、ニューエイジショップを訪問。ヨーク氏に尋ねたところ、2箇所を紹介された。二つ目に訪ねたところはただの本屋だったので、一つ目に訪ねたショップについて紹介する。
Himalaya
http://www.himalaya.nl/
間口は狭くて外見にニューエイジという言葉はない。表に立っている男性の店員に「ここはニューエイジショップですか」と尋ねると、笑顔で「そうですよ!」と答えられる。入ると本屋。ほとんどオランダ語で、所々英語が並んでいる。しかし、本棚についている分類名で、だいたいどのジャンルの本かは分かる。
印象としては、仏教関係の本が多い。しかし、日本仏教はほとんど見当たらない。ダライ・ラマの写真が大変目立つ。女性の店員に「今どんなジャンルの本が人気ありますか」と尋ねると、「これがとくにというのはなくて、全般的に色々出ているわ」と言われる。しかし、しばし考え込んで、「でも、今この時点で売れているのは、これね」と、ティク・ナット・ハンの本を指さされる。
奥のほうはカフェになっている。やはり、すべてヴェジタリアンのメニューである。
メキシカン風味のトースト・サンドウィッチとアップル・マンゴー・ジュースを注文する。サンドウィッチは、トマトとパプリカとアヴォカドが入っていて、チーズがたっぷり、それほど辛くはないがメキシカンのスパイスが利いている。

昨日、今日とヴェジタリアン食を食べたわけだが、ふと日本の精進料理との違いについて考えた。ここまで食べたヴェジタリアン食は、何かを足して、肉の入っている普通の料理に似せようとしているように思える。それに対して、日本の伝統的な野菜料理や精進料理は、もっとそぎ落として、それ自体は肉食料理のイミテーションではなく、独立した料理となっているような気がする。西洋の肉食料理は後から入ってきたので、ジャンルとしては完全に棲み分けられているように思われる。
会計を済ませるときに若い女性店員に話しかけてみる。日本から来た、とか、明日はグラストンベリーに行く、とか、色々とおしゃべりをしながら、「何を一番信じているか」と尋ねると、「特にこれだけをというのはないわ。全般的に」と答えられる。
出るときに、入り口に立っていた男性の髭を生やした店員とも話をする。おしゃべりした後で、「あなたはキリスト教徒ですか」と尋ねると、「いや、ムスリム(イスラム教徒)だよ」と答えられる。
「ムスリムで、こういうニューエイジに興味があるのって、珍しいですよね」
「いや、そんなことないよ。でも、僕は全然硬いムスリムじゃないからね。ここのオーナーもそうだよ」
「へえー。でも、神を信じることと、天使や精霊に興味を持つこととは、イスラムでも矛盾はしませんからね」
「そう!その通り!」
あとで、ヨーク氏にこのことを話したら、びっくりされ、「アムステルダムにしかないことだ」と言われた。
しかし、アムステルダムに限らず、書物などによれば、ヨーロッパのイスラム教徒の中にはリベラルな人はけっこういて、進歩的な神学思想も出てきている。ムスリムのニューエイジャーも、探せばどんどん出てくるような気がする。または、これから増えるのではないかと思う。イスラームのなかにあるユナニ医学などはヒーリングの文脈で注目を浴びる可能性があるし、スーフィはそのままニューエイジの王道に登場する可能性がある。あとはそれをリードする思想家の登場を待つのみだろう。
その後、ヴァン・ゴッホ美術館を訪問。初期のゴッホにおけるキリスト教との葛藤を描いたという聖書をモチーフとした静物画は興味深い。また、よく知らなかったルドンの絵に、宗教的なモチーフのものがあった。菩提樹と一体化したシルエットのように描かれているブッダの絵である。

夕食は、かつてアメリカ宗教学会のパネルセッションでいっしょになったコック・スタックラッド氏も合流して、ヨーク宅でヴィーガン色のディナー。素朴で塩気の少ない、素材の持ち味を活かしたヘルシーな料理で、外食のヴィーガン食とは違っていた。自分が自炊するとしたら、こんな感じになるだろうか。スタックラッド氏とは学問的な話も色々したかったが、学者ではない人も多数同席していたし、何より会話が弾むと英語が早すぎて、話に割り込もうとしてもタイミングを逃すことが多かった。しかし、これは日本語のときでもそうだ。僕は、大勢のコミュニケーションよりも1対1のコミュニケーションのほうが得意だ、と言い聞かせる。
今日は、ヨーク氏の友人とニューエイジショップの店員に、英語をほめられた。これを励みにがんばってゆこうと思う。