WBA特別ベルト贈呈! 「アントニオ・セルバンテス」 元世界スーパーライト級王者 | BOXING MASTER

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輪島功一選手の試合に感動、16歳でプロボクサーを志し、ボクシング一筋43年。ボクシングマスター金元孝男が、最新情報から想い出の名勝負、名選手の軌跡、業界の歴史を伝える。

WBAはコロンビア・バランキージャのシュガー・ベビー・ロハス・コロシアムで開催された興行で、同国初の世界チャンピオン。1972年10月にアルフォンソ・フレーザー(パナマ)を10回KOに破り、世界スーパーライト級王座を獲得したアントニオ・セルバンテス(73歳)に特別ベルトを贈呈し、その功績を称えた。全盛期のセルバンテスは、パウンドフォー・パウンドのナンバーワンの評価を得る等、圧倒的強さを発揮。2度獲得した世界王座は、通算16度の防衛に成功。

 

 

日本人選手との対戦も多く、1973年12月にはパナマでライオン古山(笹崎)選手の挑戦を15回判定で一蹴。1974年10月には、日大講堂で日本期待の門田恭明(新一・三迫)選手を、圧倒的強さで8回KOに退けた。1975年9月にべネスラ・カラカスでグローブを交えたバトルホーク風間(SB石丸→池田)選手も、6回TKO負けと、日本の一線級も歯が立たなかった。

 

 

「ファイトマネー、12万5千ドルを降らなければ、いつ、どこでも、誰とでも戦う」と豪語した戦うチャンピオン、キッド・パンペレは、1973年には年間5度の防衛に成功する等、、場所、相手を選ばず防衛を重ねて行った。 年間V5王者セルバンテスvs門田新一 悲運のファイター

 

 

一時はライト級王者ロベルト・デュラン(パナマ)の挑戦を受ける話もあったが、これは実現せず。1976年3月、敵地プエルトリコで、17歳のウィルフレッド・ベニテスにスプリットの判定で敗れ王座を失ったが、ベニテスは再戦に応じず王座剥奪。セルバンテスは決定戦で再び王座に返り咲いたが、80年8月、アローン・プライヤー(米)に4回KO負けで王座陥落。通算91勝(45KO)12敗3分の戦績を残し、1983年12月の試合を最後に引退。以後、コロンビアのボクシング界発展の為に寄与している。