7月某日。本格的ヘビー級ボクサーとして大注目を集めるもJBC退職。その後、総合格闘家に転向し活躍する西島洋介 氏が、協栄ジムに私を訪ねてくれた。
「覚えてる?」('-^*)/
「覚えてます!」
日本ボクシング界での去就が取りざたされている時、私はJBCライセンスを返上し、「二度とラインセンスを手にすることはないだろうなァ」(当時、IBF日本に係わった者は永久追放とされていた)との思いで、西島洋介山選手のスカウト活動を始めた。
パソコン操作も出来なかった時代。さまざまな資料から情報を集め、西島家へアタック。洋介山選手の実父に事情を話し、面会の約束。しかし、いざとなるとなかなか実現しない。煮を費やした私は、お昼の時報と同時に勤務先前の公衆電話から「今、すぐ前までお邪魔しているんですが、お会いできませんか」と電撃突撃。
単刀直入に用件を伝え、「あくまでも最後は本人の意志で」ということで、いろんなお話を進めていくことに。以来、お父さんとは良く飲んだ。(^-^)/
「お父さん、元気ですか?」
「はい、元気です!」
「それは良かった。また、蕨あたりで飲みましょうと伝えてください」(^O^)/
ロサンゼルス在住時代は、「マスター西」と仲間から呼ばれていた西島氏は、現在ボクシングマスターというボクシング教室 を開かれている。将来的には、「ボクシングジムをやりたい」と、ボクシングあっての自分を熱く語ってくれました。
新井史郎トレーナーと西島氏は、じつはオサムジムの同期生。
「僕の方が先に逃げ出して来ちゃったんですが・・・」(;^_^A
「今度、二人でスパーでもやったら」('-^*)/
「前は結構やらされてたんですよ」(^o^;)
「エッ、マジで!」(゚ー゚;
契約金3千万円。ファイトマネー最低1千万円保障。ロサンゼルスの住宅、トレーニング費用全てプロモーター持ち。マネジャーは自由に決めて良い。ウ~ン、良い条件でした。しかし、「お金の問題」ではなかった。
「まァ、私も成功報酬でやったことだから。その分、いい経験になってるよ」(^-^)/
確かにこの経験は名護明彦(白井・具志堅S→全日本P)選手の移籍の時に、同じような展開で活かすことが出来た。
「これも縁だから、頑張って!」(^O^)/
皆さんも、応援してあげてくださいね。
※デイリースポーツの芦澤清一氏が、73歳にて永眠されました。謹んでご冥福をお祈り申しあげます。
応援、深く感謝です!→
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