ラスベガス(日本時間18日)のビクター・オルティスvsフロイド・メイウェザー戦 は、第4ラウンド挑戦者メイウェザーのKO勝ち。王者のヘッドバットに端を発したこの第4ラウンドの試合終了劇は、大きな波紋を呼んでいる。ルールとマナー。世界のボクシングファンの声は、メイウェザーへの批判の方が多いのだろうか。

「輪島さんと柳の試合を思い出しました」
昨夜遅く、ジョー・ルイチュ さんからメールを頂いた。「確かにそうですね」。
1975年6月7日。世界Sウェルター級王座をオスカー・”ショットガン”・アルバラード(米)から奪還した輪島功一(三迫)選手の初防衛戦(通産7度目)は、長いことWBAランキング1位に座っていた 柳 斎斗(韓国)を相手に行われた。
ちなみにWBCは前年輪島選手に敗れているミゲル・デ・オリベイラ(ブラジル)との対戦を強要し、従わなかった輪島選手の王座を剥奪。三迫仁志会長、輪島選手はこれに大きく憤慨。

柳 斎斗。
1年以上世界1位をキープしている柳に、「チャンスを与えてやるのが、チャンピオン側の義務」(三迫会長)
輪島選手は、「強い相手を避けているのではない。WBAの挑戦者の次は、WBCとやると言っているんだ。頭に来た」。
この一戦の予想は韓国でもチャンピオン有利。カシアス内藤(船橋)選手から奪った東洋ミドル級王座を保持していた柳は、日本人選手との対戦も多かった。だが、負けないまでもポカをすることも。
一階級下の東洋王者金沢英雄(神林)選手との初戦はダウンを喰らい引分け。世界挑戦が決まる半年前の7位宮越勇治(大阪帝拳)選手との防衛戦でも、ダウン応酬の拙戦を演じ、地元ファンから「ホームタウンデシジョン」の声が上がる始末。
「奇跡の王座奪還を果たし、充実一途の輪島選手の負けは考えられない」が、韓国で柳と対戦したボクサーを持つ関係者の一致した見方だった。
試合は前に出るチャンピオンを、挑戦者がカウンターで迎えうつという展開でスタート。先にポイントを奪ったのは輪島選手。第2ラウンド、巧みな左をうまく使い3人のオフィシャル(全員日本人)全てが王者にポイントを与えた。しかし、挑戦者も鋭い右カウンターで反撃。4回は2者が柳のラウンドとした。
どちらが優勢ともいえない流れで試合は第5ラウンドへ。この回も両選手決定的なチャンスはない。ラウンド終了のゴングが鳴る。両者は相対峙している。輪島選手はゴングの音を聞きガードを下げた。そこへ柳の右ストレートが飛んできた。ドスン!まともにあごに受けた王者は腰からキャンバスへ落ちる。
「反則打だ!」
血相を変えた三迫会長が、吉田勇作レフェリーに詰め寄る。輪島選手は立ち上がり、「ダメージなんかないよ」という素振りでコーナーへ帰る。しかし、その足取りは怪しい。
「ゴングと同時だから反則打ではない」
しかし、柳の一撃は明らかにゴングの後に輪島選手を捕らえている。もしも、「ゴングと同時だった」のなら、カウントを取らなければいけない。ルールは、”最終ラウンドをのぞき、ダウンした選手はゴングによって救われない”。
佐瀬 稔 氏は、「審判技術の問題ではなく、するべきことをやらなかったという、技術以前の問題」と吉田主審の試合管理に疑問を呈されている。
ダメージはあった。しかし、試合は通常のインターバルで再開。そして7回、輪島選手は「まだやらせるんですか?」というほどの壮絶なKO負けで王座転落。
「私のミスだ。あの反則に対して試合放棄を申し立てるべきだった」。試合直後の三迫会長は、無念やるかたないといった苦渋の表情。
試合から1ヶ月。輪島選手は早くも再起宣言。柳へのリベンジを誓っている。
”運命の第5ラウンドのダウンについて”。
「あのまま俺が立たなかったら、放棄試合になったろう。しかし、そんなことをしてファンは喜ぶだろうか」
「俺と柳斎斗の気力の差だったんだ。そう解釈すべきだと思う」
「あの時、ゴングが鳴った。ラウンドが終わったので、相手に両手を出して、グラブを叩き合って、挨拶のようなことをするだろう。それを俺はやろうとして両手をフッと上げたんだ、体の力も抜いてね。そこにガンとモロに喰らったものだからたまらん。全く効いたけれど、あれは俺の気力が柳の気力に劣っていたから起こったんだろう」
「俺の気力が劣っていたから、あんなパンチを喰ったのだ。柳は燃えていたからああなったのさ」
「俺は落ち着きすぎていたというか、チャンピオンとしての余裕や寛容さのようなものを持ち過ぎていたと思うんだ」
どう見ても故意としか思えないヘッドバット。減点されたオルティスは、自ら犯した行為に対し冷静さを失ってしまった。倒れた後の笑顔には、自分への戒めと取れるかのような表情だったように感じました。
V13王者具志堅用高(協栄)選手。勝負に対するひたむきさは、当時の協栄ジムにあって誰も真似が出来ない凄みがあった。スパーリング相手は練習生といえども容赦しない。トカチャン(渡嘉敷勝男選手=当時練習生)は初顔合わせで鼻の骨が折れ、高熱を発した。
とにかく誰が相手でも、ご容赦、ご勘弁はない。試合でもそれは発揮されました。モンシャム・マハチャイ(タイ)は、あろうことか試合前の注意の時、パッと唾をはきかけた。怒りに燃えた具志堅選手は、失神KOでふざけた行為に対するお返しをした。
初防衛でダウンを喰らい、5度目の防衛戦で再び顔を合わせたハイメ・リオス(パナマ)。自らも両目を大きく腫らしながら、リオスを滅多打ちにした王者は13回TKO勝ち。リオスはひどいダメージを被った。
「リオスはもうダメだろうね」(この試合後引退。4年後再起するがすぐに再び引退)
「僕はリオスがどうなろうと関係ない。知ったことじゃない」
倒れ行く挑戦者がキャンバスへ落ちるまで、いや、時には落ちた後の追撃が止まらなかったこともある。そして、それは批判を受けた。「チャンピオンとしてすることじゃない」と。
体を入れてストップする森田 健 レフェリー(現JBC事務局長)。
輪島選手はチャンピオンとしての余裕、寛容さを見せようとして負けた。具志堅選手はリングに上がったら一人の戦うファイターになりきった。その裏側には恐怖心。リングの上の具志堅さんに寛容さがあったのなら、あれほどロングラン出来なかったでしょう。
あの時間、オルティスにも同じことをする時間は、メイウェザーと同じだけあった。あの時間を作り出した原因はオルティスにある。あの時メイウェザーは、”集中”していた。マナーとしての謝罪、グローブタッチを拒否しなかった。
具志堅さんなら、やったでしょうかねェ。(;^_^A
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