チャンピオンと挑戦者はほとんど同時に右を放った。劣勢のチャンピオン 柳 斎斗は、右一発逆転に全てを賭けていた。挑戦者の輪島功一選手は、ここまで1ポイントも失っていない。
しかし、「追いかけるのが、自分のボクシング」と言ってはばからない32歳の前王者は、最終ラウンドを迎えても逃げ切り勝ちをねらう気配は微塵もない。フックパンチャーの輪島選手が放った、小さな、真っ直ぐな右ストレートが先に 柳 のアゴに吸い込まれる。

一瞬、右ひざをマットに落とした王者はすぐに立ち上がる。しかし、韓国人レフェリー金氏はダウンの宣告。よろよろとロープに倒れこむ 柳 。緊張の糸がプッツリと切れた瞬間だった。 姜 マネジャーの説得も耳に届かない。

「チャンピオン 柳 斎斗つぶれました!」
逸見正孝アナも興奮している。リング上には大勢のファンが押しかける。それは、記者席の机が折れるほどの勢いだ。狂喜する選手とファン。担ぎ上げられた返り咲き王者が、なにやら叫んでいる。
「やったァ、大子(ひろこ)、やったァ・・・」

恍惚の表情で2歳になる長女の名を叫んだ父。それは感動的なシーンでした。ただ泣くばかりの大子ちゃんを抱き上げる輪島選手。会場は大混乱。丸屋インスペクターと角海老宝石ジムの鈴木オーナーが、例により怒った顔でリング上、人の整理をしている。(~~)
「全国の皆さん、僕、頑張りました。ド根性、これがほんとの日本魂です!」
日本魂。いつかこの言葉を言ってみたいと心に決めていた輪島選手。
「いやァ、頭下るよ。やってくれたなァ」
三迫会長の声も震えている。日本全国に多くの感動と勇気を与えた大きな勝利。8ヶ月前、背筋が凍りつくようなKO負けを味わされた 柳 への雪辱。金目当てとも揶揄されたリターンマッチ。
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「サンキュー・ベリーマッチ」
敗者 柳 に声を掛けると、抱き合い、健闘を称えあう。昭和51年2月17日、日大講堂の1万2千人の観衆はこの日を忘れないだろう。

本人からの再三の申し出。有力後援者からも輪島選手の再起願いが訴えられる。「輪島はボクサーとして、十二分に偉業をなした。ここが引退の潮時だ」引退を勧めていた三迫会長にとっても大きな決断。
KO負けの10日後には再起を決めていた輪島選手。
「肉体的にはしんどい。ただ、俺が年齢の事考えていたら、多分後半にやられるよ。そういう誤算をせずに俺は向って行く」
「勝負師は負ける事を考えずに勝てるものですか。負けると思うから必死に頑張るんだよ」
どんなに疲れていても、「今日は必死で頑張って、明日休もう」。この繰り返しで、世界王座にたどり着いた輪島選手。飯場のすぐそばにあった三迫ジムへ入門し、デビューしたのは25歳の時。28歳で世界王者になっても飯場暮らしは変わらない。そして、6度の世界王座防衛。

6度目の防衛戦オリベイラⅡが輪島選手のベスト・ファイトなのかもしれない。しかし、正直言ってオリベイラ戦は記憶にない。輪島選手の戦いぶりに心動かされたのは、アルバラード戦での戦い尽くしたKO負け。奪回劇。 柳 に倒された負けっぷり。そして、2度目の奇跡。
常識的な引退の勧めに従っていたならば、ボクサー輪島功一は、それ程人々の心に残らなかっただろう。ただ、ちょっと面白くてTV番組によく出ていたチャンピオン程度だったのかもしれない。

ボクシングは好きだったが、それ以上でもなければ以下でもなかった。しかし、アルバラード戦以後の輪島選手の戦いには、心大きく動かされた。16歳の私が上京し、ボクシング界に入るきっかけは輪島選手の戦いを見たからだ。
そして、「お前、ちょっと来い」と、大竹マネジャーに声掛けられたのは、今から32年も前の事。「お前だけだよ、出世しないのは」(~~)
「結局、坂田も輪島さんと似てるんですよね」
「もうちょっとだけ頑張ろうっていう心。努力を続けられる心。追いかけるのがスタイル。でも、輪島さんって、やっぱり凄いですよ」

ボクシングの世界へ入り、坂田健史ほどの選手と苦楽を共に出来た事は幸運であるという他ない。夏の暑い盛り、坂田のミットが待っていると思うと、心重い日もあった。「残り、3回」今日も何とか持ちそうだ。身も心も気が抜けない時が終わると、何といえない開放感が。
「坂田顔出したよ。『目が覚めた』って言ってたよ」
大晦日の試合後、坂田選手のブログは更新されていなかった。何気にそんな話題になったとたんに、大竹マネジャーが顔色を変えた。
「やる、やらないは関係ないけど、それはダメだな」
坂田選手に電話を入れる。
「俺から電話なんかしたくなかったけど、サンちゃん、あれはダメだよ」
「応援してもらったら、ちゃんと挨拶するのがあたりまえだろう。お願いする時だけお願いして、そんな、逃げるようなマネするなよ。わかるだろう」
数分後、坂田選手のブログが更新されたとメールが入る。「安心しました」。続々と入って来る。ファンはありがたいものです。大竹マネジャーも、嬉しそう。「えらいな坂田は。すぐ、やるところがさすがだよ」。そして、「お前も見習え」と来る。(~~)
輪島選手の歩んだタイトル奪回への道。願わくば、新たな歴史を経験したいものです。それは厳しい道でしょうけれど。
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