元ボクサーの俳優、大和武士被告に有罪判決(MSN産経ニュース)
大和武士被告:有罪判決、すし店主殴る 東京地裁(毎日新聞)
少年院で、沢木耕太郎氏の”一瞬の夏”を読み、ボクサーを志す。デビューするや無敗で全日本新人王獲得。日本ミドル級王者大和田正春(角海老宝石)選手への初挑戦は、5回逆転KO負け。しかし、王者は網膜はく離を患いこの試合を最後に引退に追い込まれた。

1988年3月、空位の王座決定戦を制し日本ミドル級王座獲得。長身から放つ切れの良いジャブ、ワン・ツーは、本格的ミドル級として大いに期待され、”和製タイソン”の異名も付いた。
しかし、転落の落ち日は早かった。半年後、2度目の防衛戦に迎えたのは協栄ジムの田島吉秋選手。28歳でデビューした元空手家は、6勝(4KO)4敗の30歳。元来はウェルター級の選手であったが、ミドル級3位にランクされていた。(ランキングは6位まで)
「会長、うちのは参加するだけですよ。チャンス下さいよ。勝てるわけないじゃないですか」(~~)
予想は圧倒的にチャンピオン有利。サウスポーをどう料理するか。KO防衛が期待されていた。大和選手は、”一瞬の夏”の主人公カシアス内藤氏のアドバイスで、ボクシングも上向きとある。
9月19日後楽園ホールは、2700人の大観衆。田島選手を観に来たわけではない。”和製タイソン”大和選手の豪快なKO防衛を観にやって来たのである。
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田島選手は、石戸唯男トレーナー(現協栄カヌマジム会長)とコンビを組んでいた。寡黙な挑戦者は、真面目で素直が取り柄。小柄だがタフでスタミナがあった。本番でのハートもある。大竹マネジャーは、田島選手の平凡な特徴を活かせれば勝てると見てこの試合を申し込んだ。
「あのタイプは絶対舐めてくる。前半、我慢したらチャンスあるよ」
おまけに夏場の試合である。暑い夏、どれだけ我慢して練習して来たかも重要な要因だ。
「まともにやったら勝てない」
挑戦者は正直だ。元々無欲ではあるが、年齢的にも後がない。最初で最後のチャンスかも知れない。出来る事を一生懸命、精一杯やる。「倒せるとは思わないけど、倒れるとも思わない」
王者は颯爽の入場であった。カッコいい。試合前には、凄い形相で挑戦者を威圧した。ゴングが鳴る。愚直に前進する挑戦者。対する王者は、軽やかなフットワークから鋭いジャブ、右ストレート。だが、当たらない。いや、この夜はた目以上の威力に欠けた。挑戦者のボディが王者を襲う。
2回、早くも王者は失速の兆候。場内の大和ファンは殺気立つ。青コーナーは、思わぬ展開に勇み立つ。「行けるぞ田島。もぐって腹」石戸先生の指示にうなずく挑戦者。こちらも必死だ。

3回、名誉挽回の反撃に出た王者。しかし、その強打は空を切る。空振りで疲れた。まだ始まったばかりだというのに疲労困憊のチャンピオン。この回終盤、ボディブローを我慢出来ずついにダウンを喫する。戦意喪失の感。
4回。もはや挑戦者の一人舞台となったこの試合は幕を閉じる。怒声と悲鳴の中、和製タイソンはマットに沈んだ。30歳の新王者誕生。青コーナーの歓喜を尻目に、場内は、「ア~ア」のため息に包まれた。
思わぬチャンピオンベルトを獲得した努力家は、いい気持ちになる事もなく、その後もひたむきな努力を続ける。そして、あれよという間にOPBF王座獲得、WBA世界Sミドル級王座挑戦へと駒を進めた。

その後の大和選手は鳴かず飛ばず。失意の中リングを去って行ったが、俳優の世界で活躍。数々の作品で個性的な役を演じていた。その矢先の8月の事件。残念である。
しかしながら執行猶予付きの判決。今後は王者としてのプライドを忘れず、戦いの日々の失敗、成功を思い出して再起を図ってもらいたい。日本ミドル級王座は、もっと長く彼の手にあってもおかしくはなかった。なのになぜ?それは大和選手自身が、良くわかっていると思う。失敗を成功に。今後の活躍を祈ります。
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