冷や汗! 運命の1ポイント 具志堅用高Ⅱ | BOXING MASTER first 2006-2023

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輪島功一選手の試合に感動、16歳でプロボクサーを志し、ボクシング一筋45年。ボクシングマスター金元孝男が、最新情報から想い出の名勝負、名選手の軌跡、業界の歴史を伝える。

具志堅選手の2度目の防衛戦の相手は、リゴベルト・マルカノ(ベネズエラ)に決定。試合開催地も日本で話が付いていた。

ところが、「南米でやってくれ」急に気が変わったらしい。これを聞いた先代金平正紀会長、ハワイからプエルトリコへ飛び再交渉。3日間に渡って懸命の説得工作。この世界、今でも口約束が守られる義理堅い世界なのですが、結局は「欲が出たんだろう」

ようやく説得に成功した先代会長、ハワイに舞い戻ると具志堅選手2度目の防衛戦発表会を開催した。場所はレストラン”フラミンゴ”。この看板、ボクシング関係者には懐かしい。

この発表会には日本から取材に来ていた記者数名と、イトウ先生、サム・一の瀬プロモーターも出席。5月22日札幌・真駒内アイス・アリーナで試合が開催される事が発表された。そして先代会長は、同席していたサム・一の瀬氏について語っている。

要訳すると「1951年初めて世界チャンピオンのダド・マリノを連れてきた一の瀬氏。これを契機に日本にコミッション制度が生まれ、世界の仲間入りを果たす事が出来た事を考えると、日本にとって大恩人である。」

「以来、こんにちまで日本ボクシング界のため、陰になり日向になって協力、指導してくれた。その一の瀬氏がいるハワイで世界戦の発表会が出来、大変うれしい」写真は、イトウ先生、一の瀬氏との貴重な1枚。

リオスに負けているマルカノという事で、予想は具志堅選手有利。但しディフェンス面の強化が指摘されている。もっともこれは「10年間王座を守る」(先代会長)つもりなら・・・。

さて試合です。マルカノはリオスと違いきれいなボクサータイプで、きわめてオーソドックスな選手。そこで先代会長が与えた指示は「今日はパンチもらっちゃいけない。ポイントやっちゃいけない」勝ちに徹する為、試合運びを重視した作戦。これは採点メンバーと、対戦者のボクシングスタイルを考えての事ですね。

もっというと、触られたらポイント獲られる可能性があるから触らせるなという非常に難しい注文です。具志堅選手、行きたいところを我慢して戦いました。「自分のボクシングじゃないけど、会長の言う通りやれました」試合後のコメントです。

この試合も大差で問題ないと思われましたが、採点を聞いて冷や汗が・・・。森田 健 ジャッジ75-67具志堅。ベネズエラ人ジャッジは72-68マルカノ。最後のアメリカ人レフェリー、デンキン氏の採点は70ー69の僅か1ポイント差で具志堅。それも最終回ポイント獲ってです。逆だったら負けてた。(~~)

最近ホールの4回戦でも、40-37、37-40と極端に割れるケースがあります。40って完璧って事ですからね。昔の国際試合じゃないんだけどなぁ。(~~)

先代会長「ペンの動きを見て、レフェリーの付けてるポイントを読んでいた」正確にわかるわけじゃないけど、そのくらい努力していたという事ですね。私も、ジャッジ席のペンの動き見たりする事あります。”10”と”9”では当然動かし方が違いますからね。(~~)

圧倒的に勝っていると思われた最終回。「負けてるぞ、打っていけ」の指示で勝利にクリンチした形。なんとも大きな最終回の1ポイント。足でも滑ってたら・・・。ほんとに滑って負けてしまったのが、具志堅選手の1日前に世界王者になったロイヤル小林選手。

敵地ソウルでの初防衛戦、レフェリーとジャッジ日本人2人も採点していたんですが、滑ったダウン負け。くしくも1日違いで世界王座に上り詰めた二人、具志堅選手は13度防衛の最多防衛記録。小林選手は在位46日と日本人として最短名の世界王者在位記録。僅か1ポイントが、これ程好対照な記録につながるとは・・・。

終わってみれば”自由の身”になっていた具志堅選手。「これから具志堅の銀行通いがふえますよ」先代金平正紀会長も大きな仕事を終えて相好を崩しっぱなしだったようです。

”勝ちに徹して”オプション突破。選手とマネジャーが、それぞれやるべき仕事をやりました。そして次の試合から具志堅選手のKO防衛記録が始まり、具志堅時代の幕開けです。