オプション契約、世界のリングではいまだにこの”オプション”があり、いきなり稼げる王者は少ない。具志堅選手も2つのオプション契約を握られていました。権利を有するのは元王者ハイメ・リオス(パナマ)のアルモディオ・イカサプロモーター。王者の相手、試合開催地を決める権利を持っている。
このイカサ氏がこれまで日本に連れてきた選手は、マルセル、アルゲリョ、ロペス、リオス(わかりますかぁ)と一流選手ばかり。イカサ氏、実力者ですね。
先代金平正紀会長はイカサ氏との交渉の末、初防衛戦の相手はハイメ・リオス。試合地は東京、日本武道館を決めた。もちろんイカサ氏に試合地東京を認めさせる、いくばくかの金銭は支払われる。
昔、WBC世界フェザー級王者柴田国明(ヨネクラ)選手が、このオプション契約による試合地を東京に持って来る為に、10万ドル(3600万円)支払った例もあるほどです。
ジョージ・フォアマンVSジョー・キング・ローマンの世界ヘビー級タイトルマッチ開催以来の日本武道館。ヘビー級の世界戦でさえ半分の入りだったこの会場に、最軽量級王者具志堅選手がどれだけお客さんを呼べるかが、一つの話題になっていますが、ここでも先代会長は強気一点張り。「具志堅ならやってくれる」
試合は77年1月30日、1万1千人の大観衆を集めて行われました。3ラウンド具志堅選手は不覚のダウンを喫しますが、その後はリオスを打ちのめし、判定で初防衛に成功しています。が、顔面はかなり腫れ上がりました。

リオスはもの凄くやりにくい選手。フットワークとローダッキングを駆使し、いきなりの右パンチでかく乱戦法でしたが、左ボディを打たれ後半動きが鈍くなりました。「これを打つ時、どうしても頭が・・・」

米国人レフェリー70-67、吉田勇作ジャッジ73-67で具志堅選手。しかし、パナマのジャッジは71-67でリオス。今ビデオで見てもポイントは問題ないと思いますが、ひどいもんですねぇ。(~~)
試合前使用グローブでひと悶着。チャンピオン側はメキシコ製を主張、挑戦者は日本製を希望。王者側の主張が認められたかと思いきや試合2時間半前の計量で、メキシコ製がウエート・オーバー”失格”になるハプニング。
一つめのオプション突破。「次は楽な相手とやらせてあげたい」と考えていた先代会長でしたが、相手を決める権利は日本側にない。試合後から早速、次へ向けてのビジネス戦が展開された。
そしてこの試合を実家でテレビ観戦していた渡嘉敷勝男選手が、打倒具志堅を心に誓う。「俺がやっつけてやる」高校1年の冬の事。「その為にはまず金貯めて、東京でボクシングをやろう」
何度かの失敗?を繰り返したあげく東京生活を開始。代々木駅近くに職を得ていた渡嘉敷選手。「オッ、近くにジムがあるじゃん」で入門したのが協栄ジム。バリバリのやんちゃスタイルが印象的だった。(~~)

2度目の世界挑戦が内定しているフリッパー上原選手と、兄康恒選手がキャンプを張るハワイへ具志堅選手も後から参加し始動開始。一方、先代金平正紀会長は、ハワイからプエルトリコへ飛んでいく羽目になる。
続く・・・。