白馬八方尾根スキー場での3日間の練習の最終日、11日は前日降り続いた雪がやんで、視界が開け、穏やかな1日でした。前日設置したエア台とモーグルラインで、エアとターンの練習ができました。

 

 ぼくの永遠の課題は、エアの着地後のターンへの入りですが、この日の練習で、エア台を踏みきるときの体勢を変えたことによって、着地の体勢が安定することがわかりました。インラインスケートのハーフパイプの世界チャンピオン、安床栄人さん、安床武士さんに教えてもらったことですが、斜面を登るときに上を見るということです。まだ、技を入れるところまではいきませんでしたが、この踏みきりを練習すれば、永遠の課題が永遠ではなくなりそうに思えます。

 

 正月明けの平日にもかかわらず、広いスキー場は大勢のスキーヤー、スノーボーダーでにぎわっていました。その大半を訪日外国人とぼくのような年金生活者が占めていたようです。

 

<リフトトークその1>

 4人がけのリフトに乗り合わせた年配の2人の日本人男性スキーヤーが「あっちの方でもモーグルコース作って練習している人がいるなあ」と話していたので、「それはぼくです」と名乗り出ました。「一人ではなかなかこぶが育たないので、どんどん滑ってください」と言ったのですが、「変なこぶになって迷惑かけそうなのでやめときます」と遠慮されました。

 

 一人は1月4日から、もう一人も1月5日から毎日、八方で滑っているそうで、年間滑走日数は目標120日だそうです。毎日滑っても4カ月かかります。ただし、体が続かないので、リフト最終まで滑ったりせず、早めに切り上げるんだそうです。

 

<リフトトークその2>

 4人がけのリフトに4人乗りました。全員、男性です。左端の年配の日本人が右の3人に向かって Are you a group?(皆さんご一緒ですか)と尋ねました。

 

 左から2人目の外国人が No. と答えて、左端の日本人が続けて Where are you from?(どちらからですか)と聞いたのに、左から2人目の外国人がAmerica, Carifornia. と答えたところ、左から4人目(つまり右端)の外国人が Me too. Same. と言って、うれしそうに左から2人目の外国人と、ぼく(左から3人目)の前でグータッチしました。

 

 2人はカリフォルニアのどこかに住んでいるのかとか、いつもはどこで滑っているのか、というようなローカルな話で盛り上がって、ぼくはfollow(話についていく、話の中身を理解する)ができなかったのですが、右端の外国人が Blue Ridge Mountain と言っていたようなので、Your home gelaende is Blue Ridge Mountain?(ホームゲレンデはブルーリッジマウンテンですか)と尋ねたら、Yes.という返事があって、ぼくが John Denver! と言うと、右端の外国人が ♪West Virginia Blue Ridge Mountains Shenandoah River♪ と歌って盛り上がりました。

 

 ジョン・デンバーの「カントリーロード」(Take Me Home, Country Roads)は1971年のヒット曲で、2人ともぼくよりはかなり若かったので、通じるかどうか一抹の不安があったのですが、名曲に国境と年齢の壁はないようです。

 

 今度は右端の外国人がぼくに Where are you from?(どちらからですか)と尋ねました。

 

 この状況で、京都府綾部市と言ってもわからないし、京都府だけど京都市ではなくて、北の方の田舎町の中でも外れの田舎ですと説明してもあまり意味がないので、短く Kyoto と答えると、

 

Oh! It's a very beatiful place.(それはきれいなところですね)

There are too many good things.(いいところ、いっぱいありますよね)

 

 と見事に誤解されて、左から2人目の外国人が "Fushimi Inari" と言うので、正直に I've never been there.(そこは行ったことがありません)とぼくが言って、京都に住んでいるのに伏見稲荷大社に行ったことがないというおかしな話になりました。

 

 訪日外国人に一番人気のある観光地が伏見稲荷大社だというのは本当だったようです。

 

<リフトトークその3>

 次は40代ぐらいの外国人男性1人と乗り合わせました。

 

Do you enjoy Happo?(八方は面白いですか)と尋ねると、天気はいいし、風もなくて、ベストコンディションだという答えが返ってきたのですが、口調がたどたどいいので、

 

Where are you from?(どちらからですか)と尋ねたところ、返事は Australia, Sydney. 英語圏の人でした。日本人のぼくにもわかるようにゆっくり話してくれていたようです。

 

I'm happy in Happo. Happy Happo. と日本のオヤジが言いそうなだじゃれも飛び出しました。

 

 オーストラリアは今は夏。冬に雪は降りますが、少ししか降らず、雪がたっぷり積もる日本のスキー場がいいのだそうです。Happo is the best ski resort in Japan.とぼくが言ったのに同意した後、

 

 The only bad thing is that(ただ一つよくないのは)there are too many Australians.(オーストラリア人が多すぎる)だそうです。

 

 リフトを降りるときのあいさつは、 Have a nice day. Good afternoon.

 

 グッド・アフタヌーンは、出会ったときの「こんにちは」だけではなくて、別れるときにも「よい午後を」という意味で使うようです。 Have a good trip too. と返事をしました。

 

 スキーの練習だけでなく、片言英会話の練習もできた今季初スキー最終日でした。

 

終了直前のエア台と手前のこぶ

 

エア台下の緩斜面

 

急斜面の入り口

 

急斜面の下部(ここはいいこぶができませんでした)

 今シーズンもフリースタイルスキー競技のモーグル(MO)、スキークロス(SX)、アルペン競技の大回転(GS)の2競技3種目に出場を予定しています。その練習のために9日から白馬八方尾根スキー場にやってきました。

 

 8日夜に自宅を出発して、9日未明にスキー場に到着し、久々の車中泊。車の温度計でマイナス12度まで下がりましたが、2017年に大枚3万8880円をはたいて買った(今買うとamazon.co.jpで4万4540円)

 

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が役立ちました。マイナス30度の冬山で雪の上で寝ても大丈夫というだけあって、冷えた車中でも肌着1枚で朝までぽかぽかでした。

 

 夜が明けると快晴。雪が降った後の晴れで、これ以上はないコンディションと思われましたが、残念ながら山頂付近強風のため、ぼくが練習する上部のリフトは止まっていました。この日はパトロールにエア台設置の許可をもらっただけで、下部ゲレンデでクローチングなどGS、スキークロス向けの練習をしました。

 

 2日目の10日は雪降りです。セミファットスキーで1本だけ新雪のフリー滑降を楽しんだ後、持参したネトロンパイプ60本を練習に使うゲレンデに立てました。100mの巻き尺を忘れたので、長さ845mmのネトロンパイプ4本分を目安に立てました。

 

 エア台も緩斜面に作りましたが、降ったばかりの雪なので固まらず、使うのは練習最終日の11日だけになりました。

 

 11日は晴れ予報。準備が整ったエア台付きモーグルコースで練習ざんまいです。

 

※11日の練習後、ネトロンパイプは撤収し、エア台は壊しますが、こぶのラインは週末まで残るかもしれません。

作りかけのエア台と手前のこぶ

エア台の下のライン

急斜面のライン

 反省会でも緑肥作物のヘアリーベッチが河川の堤防などで野生化してはびこっていることが話題になっていました。圃場内で繁茂するかぎりはいいのですが、圃場外に出てしまうと、アレロパシー効果によって他の雑草を駆逐してしまう恐れがあり、健全な生態系を乱すことにもつながりかねないようです。

 

参照文献

「超有用な外来植物の野生化が進む……日本の自然に影響はあるか」

田中淳夫森林ジャーナリスト

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b5b568019f2715a0e628ca4c1b26fa5e7d9d613a

 「緑肥を活用した水稲栽培反省会」が19日、京都府中丹東農業改良普及センターで開かれ、ぼくも参加しました。

 

 緑肥とは、草木の茎葉を緑のままで土中にすき込んで作物の栄養とする肥料のことです。政府が化学肥料の低減と有機栽培の普及させるために緑肥栽培を助成していることや、化学肥料の代金が高騰して高止まりしていることなどから、最近、注目されています。

 

 緑肥栽培と言う場合、普通には、空中の窒素を取り込んで土中に入れてくれるマメ科植物などの緑肥作物を圃場で育てることを言いますが、ぼくの場合は緑肥作物は育てず、収穫後のもみすりで出たもみ殻を圃場に戻すのと、圃場の周りで刈った草を圃場に入れるだけにしています。草を肥料にしているので広い意味では緑肥栽培ですが、栄養分を多く含んだ緑肥作物を育てていないので、無肥料栽培という言い方もできると思います。

 

 反省会では、緑肥作物の活用技術についての専門的な解説の後、緑肥として伝統的なレンゲソウや外来植物のヘアリーベッチを活用している3軒の専業大規模農家の今年の取り組みと反省点が報告されました。

 

 緑肥は化学肥料に比べて肥料の量を調整するのが難しいという問題があります。少ないと稲が育たず、多すぎると「葉ぼけ」になって収量が減ったり、倒伏したりします。皆さんの経験や視察に行った滋賀県東近江市の事例を踏まえると、トラクターによる耕起で緑肥作物を圃場にすき込んでから代かきをするまでの期間を2~3週間にするのが最もよいという結論になりました。

 

 ぼくの場合は緑肥栽培をしていないので皆さんとは同列に論じられないのですが、レンゲソウが種をまいていないのに勝手に生えてきて、田んぼ一面をピンク色に覆った話をしました。けっこうな値段がする種を買うこともなく、種をまく労力もかからず、レンゲソウが繁茂して、窒素肥料ができたのはいいのですが、同時に窒素を好む水田雑草のコナギが大発生して、稲の収量が激減してしまったので、来年からはできるだけレンゲソウが生えないようにしようと思っています。

 

 レンゲソウが勝手に生えるようになったのは、よそから預かっている田んぼだけで、うちの田んぼはレンゲソウは生えていません。緑肥栽培はしていませんが、周りの刈った草を入れるだけで、今年はだめでしたが、昨年は10a当たり420kg(2石8斗)の収量があったので、今後も緑肥栽培はしないつもりです。

 

 ヘアリーベッチやレンゲソウを栽培している皆さんとは若干、方向性が違いますが、プロ農家の取り組みを教えてもらったり、最新の技術についての知識を得たりすることができるので、今後も参加して勉強させてもらおうと思っています。

 中丹米振興協議会から誘いを受けて15日、緑肥を活用した水稲栽培の先進地である滋賀県東近江市に視察に行ってきました。

 

 東近江市は耕地面積に占める環境保全型農業の取り組みの面積が全国一だそうです。その取り組みの一つが緑肥の活用。化学肥料を使わずにマメ科植物のヘアリーベッチを裏作として水稲の肥料にする取り組みが広がっています。

 

 ぼくは化学肥料、有機堆肥、栽培緑肥を使わず、もみ殻と周辺の刈った草だけを田に入れる無肥料の水稲栽培を続けています。今年は勝手に生えたレンゲソウが繁茂するままにまかせていたら、田の窒素分が多くなりすぎて、コナギが大発生して肥料分をそちらに奪われ、稲がまともに育ちませんでした。これにも懲りて当面、緑肥を使う予定はないのですが、勉強のために参加させてもらいました。

 

 ヘアリーベッチはレンゲソウよりもさらに窒素固定能力が高いそうです。化学肥料を用いる場合に比べて肥料にかかる経費を3分の2程度にまで減らせますが、背丈が高くなるコシヒカリでは肥料効果が高すぎて、倒伏するおそれがあるそうです。ぼくが作っているのはコシヒカリだけなので、緑肥を使うにしてもヘアリーベッチは向いていないということがわかりました。

 

 このほか、ぼくにとって勉強になったのは、ヘアリーベッチの栽培ポイントとして重要な排水対策です。ヘアリーベッチは畑のように水気が少ないところで育つ植物なので、稲を収穫した後、速やかに排水のための溝をつけなければなりません。東近江地域は琵琶湖に近い平野部は水はけのよい砂地ですが、川の上流部には谷あいの粘土質の田もあります。ぼくが耕作しているのと同じ中山間地の粘土質の田でも、排水をきちんとしておけば、乾燥を好むヘアリーベッチが育つそうです。

 

 説明をしてくれた滋賀県東近江農業農村進行事務所の担当の方が、谷あいの粘土質の田(約1ha)を耕作しているというので、具体的にどのような排水方法をしているのかを尋ねました。ぼくも持っている溝掘り機か、それがなければ培土板(畝立て器)で田の端と田の中に溝をつけて、溝と溝のつなぎ目の土は鍬で上げて、田にたまる水を排水溝から流し出すのだそうです。緑肥は栽培しなくても、この作業はしておいた方が田の中の有機物が分解されて、稲の肥料分になりやすいと思います。

 

 もう一つは、4月に育ったヘアリーベッチを田にすき込んでから、水を入れるまでに1?2週間あけるということです。この間に植物に含まれていた有機態窒素が、作物が吸収可能な無機態窒素に分解されていきます。すき込むと分解が始まるので、分解を遅らせたいときは、ヘアリーベッチを刈り取ったままですき込まずに田の表面にばらまいておけばいいということです。

 

 ぼくがしている無肥料栽培では、田に入れる窒素分は田の周りで刈った草に含まれる分だけですが、そのわずかな窒素分を有効利用するためにも、このようなすき込みと入水のタイミングは重要になると思います。

 

 また、このような勉強の機会があれば、積極的に参加していこうと思っています。

 一つ前の記事「新宿ゴールデン街が『綾部つむぎ』にやってきた」に重大な誤りがありました。すでに記事は直しましたが、こっそり直しただけでは意味がないので、ここに訂正箇所を示して、おわびします。

 

【訂正1】

「綾部つむぎ」の主人、滋野悦子さんとぼくが<どちらも60歳でUターン>となっていましたが、<どちらも60代でUターン>に訂正します。

※ぼくは60歳でUターンしましたが、滋野さんは60歳でUターンを決意し、65歳でコロナと同時に綾部に帰ってきたそうです。

 

【訂正2】

<炊き込みご飯>を<混ぜご飯>に訂正します。

※具材を米と一緒に炊くのが炊き込みご飯、具材を別に調理してご飯に混ぜ込むのが混ぜご飯。見た目は似ていても調理法が全く違います。

 

【訂正3】おわび

最後の部分、

<そんなバンドのメンバーが大挙して「綾部つむぎ」にやって来たのは、メンバーの一人、チコさんが滋野悦子さんの隣に移住したのがきっかけ。滋野さんやチコさんは仲間たちと一緒に自力で古民家のリノベーションをしています。>

が大間違いでした。

 

<そんなバンドのメンバーが大挙して「綾部つむぎ」にやって来たのは、メンバーの一人、チコさんの友達のちーちゃんが東京から移住して滋野悦子さんと一緒に住むようになったのがきっかけ。滋野さんやちーちゃんは仲間たちと一緒に自力で古民家のリノベーションをしています>

と訂正します。

※チコさんと友達のちーちゃんが同一人物だと勘違いしたことによる、とんでもないミスでした。すみませんでした。

 

 蛇足ですが、66歳のぼくは阪神・岡田彰布監督と同い年。前期高齢者となってこれからは、会話も「アレ」で済ますことが多くなりそうです。

 

 「これはアレやな」

 「そうかアレはアレか」

 「いやアレやなしにアレや」

 「ああアレはアレやったか」

 

 こんな感じだと、チコちゃんとちーちゃんを間違えるミスを連発しそうなので、これまでにもまして、確認に確認を重ねるようにしたいと思います。

 

 この記事は間違っていませんように。

 11日、京都府綾部市五津合町の自然食おばんざいの店「綾部つむぎ」でオープニングパーティーとして開かれたバンド「Ti'Punch ティポンシュ」のライブに行ってきました。

 

 古民家をリノベーションした「綾部つむぎ」の主人は滋野悦子さん。綾部高校のぼくの3年先輩だそうです。どちらも60代で綾部にUターンしましたが、面識があったわけではありません。「ティポンシュ」も名前を初めて聞くバンド。メンバーに知り合いがいるぼくの友人が教えてくれたのです。

 

 「ティポンシュ」は2020年結成。カリブ海の旧フランス領の音楽を中心に演奏する20人のビッグバンドで、本拠地は東京・新宿のゴールデン街です。メンバーのうち11人がこの日の朝7時に東京を出て、2台の車で9時間かけて綾部市東部の上林地区にある「綾部つむぎ」にやってきたそうです。

 

 古民家の「田」の字に配置された四つの部屋の戸を取り払った畳座敷が客席で、玄関を入ったところの土間がステージです。混ぜご飯やおでんなどの料理をいただきながら、アコーデオン、ブラス、ドラムス、ギター、パーカッションなどとボーカルによる演奏で、カリブ海のごきげんなダンス音楽を楽しみました。

 演奏が終わった後は、バンドのメンバーと座敷で歓談。バンドになんとなくアングラ感が漂うのもそのはずで、ボーカル、パーカッションの渡辺ナオさんは1994年、新宿ゴールデン街の酒場「ナベサン」の主人、渡辺英綱さん(『新宿ゴールデン街物語』の著者)と結婚し、英綱さんが2003年に病気で亡くなった後は、この店を経営しています。アングラ文化の拠点だった新宿の演劇人や作家のたまり場として知られている店です。

 

 ナオさんはその一方、2017年から東京都武蔵野市の吉祥寺北町で「galleryナベサン」を運営しています。バンド「ティポンシュ」が誕生したのがこのギャラリーだそうです。

 

 愛知県で2019年に開かれた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由・その後」が事務局への脅迫などを理由にいったん中止に追い込まれたことに対して、ナオさんが「何かしなければ」と思い立って、美術家のほか、俳人、長唄の唄方、漫画家、デザイナー、舞踏家などさまざまなジャンルの表現者21人が「galleryナベサン」に集まって開いたのが、「不自由の不自由展 吉祥寺トリエンターレ2019」。

 

 そのメンバーが作ったバンドが「ティポンシュ」だそうです。

 

 メンバーの一人で、チラシのデザインや写真撮影担当の田中芳秀さんは、毎日新聞出版が発行する『サンデー毎日』の校正が本業ですが、歌舞伎町で行き場をなくした少女らの駆け込み寺となっている一般社団法人「青少年を守る父母の連絡協議会」の事務局長を務めています。

 

 ほかのメンバーとはゆっくり話ができませんでしたが、リーダーの渡邊未帆さんは大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション准教授で、大学の公式サイトによると、研究テーマは前衛音楽、実験音楽、即興音楽、植民地主義と音楽、カリブの音楽など。

 

 山崎春美さんはWikipediaによると、ロックミュージシャンで、前衛的なロックバンドの中心的なメンバーとして活動し、坂本龍一さんらとアルバムを作ったりしています。

 

 そんなバンドのメンバーが大挙して「綾部つむぎ」にやって来たのは、メンバーの一人、チコさんの友達のちーちゃんが東京から移住して滋野悦子さんと一緒に住むようになったのがきっかけ。滋野さんやちーちゃんは仲間たちと一緒に自力で古民家のリノベーションをしています。

 

 東京ゴールデン街のアングラ文化と京都の奥の綾部の文化が一つに溶け合ったかもしれない一夜でした。 

 話は台風7号が襲来した今年の盆にさかのぼります。京都府綾部市のうちの裏山の北に隣接する志賀郷地区で山崩れが起きて被害が出たと、テレビのニュースで中継していました。すぐ近くだけれども、いったいどこだろうかと、裏山の尾根に登ってみました。

 

 木立のすき間から集落が見え隠れしていますが、山崩れが起きたようなところはありません。にGoogleマップで位置関係を調べたところ、うちの地区(上八田町)と被災地がある北の地区(篠田町)との境界をなす山の尾根に「八重坂城跡」という表示があるのに気づきました。

 子どものころから裏山にはしょっちゅう登っていますが、近くに城跡があることは初めて知りました。そこからなら被災地が見えるかもしれないと、裏山から登った尾根伝いに10分ほどかけて行ってみました。山崩れが起きた被災地は、そこから見える場所ではなかったのですが、生まれて初めて八重坂城跡を探訪することになりました。

 

 それから2カ月近くたった10月初め、昔は松茸がよく上がっていたという、うちの山に登ってみることにしました。松茸シーズン中はよその山に入ってはいけないので、八重坂池という大きなため池の奥まで四輪駆動のトラックで農道を走ります。うちの山のふもとに着いたら、そこから松が生えている尾根を目指して急斜面を直登します。

 

 松茸が寄生する松は日当たりのいい場所でしか育ちません。山であれば尾根か崖の先端が松の生える場所です。尾根に着いて、山の境界が書かれた公図(登記所が保管する旧土地台帳附属地図)を見ながら、うちの山に生えている松の根元に松茸が上がっていないか探します。松は何本もありましたが、枯れているものもあり、松茸は皆無でした。若くて元気のいい松にしか上がらないそうです。

 

 尾根の頂上まで松茸を探して、さて、帰ろうかと、下りかけたところ、どうも登ってきたルートと違っているようです。頂上まで引き返して、Googleマップで調べると、この頂上が八重坂城跡でした。

 

 つまり公図に書かれたうちの山の頂上が八重坂城跡。逆に言うと、八重坂城跡の所有者はうちだということです。ぼくは知らないうちに城主になっていました。といっても、城らしきものは何もありません。

 

 国土地理院の地図によると、八重坂城跡がある尾根の頂上は標高は218.7m(三角点)。標高110mにあるうちの家から、松茸シーズン(※)以外はよその山を通って尾根伝いに約15分で行けます。

 ※松茸シーズンの入山規制は例年9月21日~11月10日

 うちの先祖がこの地に移住してきたのは、約400年前の関ケ原の戦い(1600年)のころと伝え聞いています。八重坂城については、ぼくには知識がありませんが、戦国時代の山城だとすると、八重坂城が廃絶した後、うちの先祖がその山の所有者になったということになります。

 

 『綾部市史』(上巻、昭和51年)をひもといても八重坂城についての記載がないので、ネット検索したら、ありました。あちこちの城跡を紹介している「山城讃歌」というブログに載っています。

http://ktaku.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-8e52.html

 

 2011年にうちの山のふもとから、ぼくが松茸探しに行ったのと同じルートを直登されたようです。全く整備されていない城跡の現況から、外見による視認で、「東郭」「主郭」「南郭」「切岸」といった城の遺構について解説していただいています。

 

 末尾に「城跡を個人的に評価すれば、この満足に見学も出来ない状況を見る限り、絶対にお薦めとは言えないが、綾部の山城に興味を持たれている山城ファンの方だけに、所在地の確認、あるいは現況報告とした形で役に立ったのであれば、それで充分と言ったところか、、、、」と記されています。城跡についての知識が全くないぼくにとっては感謝感激の情報です。

 

 このブログの著者は現在も「闘城讃歌」というブログで城跡巡りを続けておられるようです。松茸山の整備を兼ねて八重坂城跡の木を切って、もう少し遺跡を見やすい状態にしてから、再訪してもらおうかと思います。

2023/2024シーズンの大会日程が相次いで発表になりました。

 

ぼくが出場する可能性のある大会は2月中旬以降に予定されています。

 

特に2月下旬は、21日、22日に白馬八方尾根のアルペン2レースを戦ったその足で、23日?25日に白馬乗鞍のモーグル大会に出場するという昨シーズン同様のハードスケジュールが待ち構えています。

 

シーズン終盤の3月1日?3日の新潟県・松之山温泉スキー場と3月8日?10日の兵庫県・ハチ北高原スキー場の2週続けてのモーグル大会出場も体力が必要です。

 

締めくくりは昨シーズン同様、4月初めのスキークロスの全日本選手権です。上位とのタイム差を少しでも縮めたいものです。

 

<アルペン・大回転>

第78回白馬八方尾根リーゼンスラローム大会

2024年2月21日(水)・22日(木)

https://www.happo-one.jp/news/26913/

<フリースタイル・モーグル>(出場する可能性があるSAJ公認B級大会>

02/16-02/18

2024きはしクリニック東海北陸ブロックモーグル競技会

 

02/23-02/25

2024大阪府はくのりモーグル大会

 

03/01-03/02

第24回埼玉県松之山温泉モーグル競技会

 

03/02-03/03

令和5年度新潟県スキー選手権大会兼第22回国体記念松之山温泉モーグル競技会

 

03/08-03/10

2024 イマトクCUPハチ北モーグル大会

 

<フリースタイル・スキークロス>

04/03-04/06

第44回全日本スキー選手権大会・フリースタイル競技・種目スキークロス

04/04-04/05

FIS かぐらクロスチャレンジ 2024

http://www.ski-japan.or.jp/competitions/?disciplines=FS&season=2023

 9月14日は大阪ウォータージャンプO-airからトランポリンのアベノETCへ転戦するハードな一日でした。

 

 O-airは今季2回目。前回(9月5日)は、主にアプローチ(助走路)への進入から踏みきりまでの体勢を意識した練習をしました。エアの成否は最後のこぶのターンからエア台への進入をどうするかにかかっています。うまくできていないと、ジャンプした後の空中姿勢が前のめりになったり、後傾になったりして軸がとれず、技がきれいに入りません。

 

 今回は打って変わって、スキークロスのジャンプの練習をしました。スキークロスのジャンプと言えば、2014年ソチ五輪準決勝のゴール前の大ジャンプでのクラッシュが有名です。

 

https://olympics.com/ja/video/photo-finish-needed-after-ski-cross-semifinal-crash

 

 映像を見てわかる通り、みんな飛びすぎています。空中で泳いでいて着地体勢がとれなかったのが転倒の原因です。

 

 スキークロスのコースにはスピードを出したら必然的にジャンプしてしまうところが必ず設けてあって、そこをいかにうまくこなすかが勝敗のポイントになっています。

 

 今年4月、初めて参戦したスキークロス全日本選手権のコースでもジャンプ箇所が設けてありました。怖がってスピードを加減すると、斜度のない水平な部分に落ちてしまい、大減速してその時点でレースが終わります。

 

 公式練習で初めて飛んだとき、モーグルでジャンプに慣れていることもあって怖くはなかったのですが、空中に飛び出した後にモーグルのエアのように体を伸ばしたので、風圧で失速して水平なところに落ちてしまいました。おまけ滑らない雪だったので、ほとんど完全停止して、スケーティングで漕いで再スタートする羽目になりました。

 

 O-airには有望ジュニア選手も練習に来て、一番大きな8番台でクラウチング姿勢からのジャンプを練習しているそうですが、ぼくはとりあえず安全策をとって、それよりは小さい7番台で練習することにしました。

 

 とはいえ、何をどう練習すればいいのかわからないので、O-air支配人の中村さんに「ちょっと見てください」とお願いしました。

 

 このとき初めて知ったのですが、中村さんはかつてアルペンレーサーで、ノルディックジャンプとクロスカントリー(距離)もされていたそうです。アルペンレースではダウンヒル(滑降)の大会にも出場しておられたそうで、スピードを落とさないようにできるだけ低くジャンプする方法を教えてもらいました。

 

 これで練習することが決まりました。できるだけ低いクラウチング姿勢でアプローチ(助走路)を滑走して、キッカー(上り坂)を吸収してできるだけ低く飛び、クラウチング姿勢で着水する。

 

 体を伸ばした高い姿勢から低い姿勢になってジャンプすると前のめりになって顔からの着水になります。低い姿勢から高い姿勢になってジャンプすると後傾になって背中から着水します。空中で体勢を整えるために体を伸ばしてしまうと失速します。クラウチング姿勢を組んだままジャンプしてクラウチング姿勢でべったりと着水するのは思いのほか容易ではありません。

 

 最後の1本、やっと体を折り畳んだままのビタ着水ができました。ただ、それを見ていた中村さんによると、着水姿勢はできたけれども、キッカーの吸収が不十分で飛びすぎていたそうです。初日の練習としては上出来です。

 

 残り10分となったところで、モーグルのストレートジャンプを2本飛びました。スキークロスのジャンプばかり練習してモーグルのジャンプができなくなっては困るからです。ところが、驚くべきことに、1本目から完璧なジャンプができました。キッカーに入るところでガツンとG(重力加速度)がかかって、体を締めた安定姿勢で高く空中に舞ってビタ着しました。スキークロスの練習が思わぬ副次的効果を生んだようです。

 

 続いてアベノETC。昨年8月25日以来のトランポリン練習です。新しい技を習得するには、やはりトランポリンで体の動きを覚える必要があります。

 

 ぼくが習得したい技はフラットスピンとコークの1回転、すなわちフラット3とコーク3です。この日はトランポリンのバッジテストメニューなどの基本技を練習した後、終わり際に少しだけ、自分で考えたフラット3のかかり練習(段階練習)をしてみました。

 

 シートジャンプ(腰落ちジャンプ)をしてから、ジャパングラブ(手を膝の裏に回して反対側の足をつかむ)をしながら下半身を後方に持って行く練習です。まだもう少し時間がかかりそうですが、少しずつ練習していこうと思います。