全日本スキー連盟(SAJ)主催のアルペントレーニングセミナー2023が開催されています。9月3日(日)の北海道会場は対面、オンラインの同時開催です。

アルペンのナショナルチームの雪上トレーニングについての話が聞けます。大阪に勤めていたころに通っていたPCPの栗田興司さんが講師をされるフィジカルトレーニングなど、ぼくが出場しているフリースタイル競技のモーグル、スキークロスにも共通する内容のようです。

要項に受講資格は「中学生以上のスキーアルペン競技者とその指導者(大学生・社会人含む)」とあります。ぼくはフリースタイルしか競技者登録をしていません。事務局に問い合わせたところ、フリースタイルも競技者登録をしている人は対象なので申し込んでくださいとのことでした。

申し込みは5日前の正午まで。さっそく9月3日のオンラインに申し込みました。

http://www.ski-japan.or.jp/game/53875/
 

 「ボランティア元年」と言われた1995年の阪神・淡路大震災から28年。遅ればせながら8月24日、生まれて初めて災害ボランティアを体験しました。

 

 8月14日から15日にかけての台風7号による大雨で、ぼくが住む京都府綾部市でも床上浸水、土砂崩れなどの被害がありました。川の氾濫で床上が泥に覆われたり、山からの土石流や流木で建物が倒壊したりしました。

 

 幸いうちは被害がなかったのですが、昔の行政区分で西隣の村(物部)と北隣の村(志賀郷)は、再三、テレビ中継で被害が伝えられていました。

 

 綾部市災害ボランティアセンター(事務局・綾部市社会福祉協議会)が18日から市内在住または勤務の人を対象に、被災世帯を支援するボランティアの募集を始めました。27件の支援要請に応えるためにはより多くの人の協力が必要ということで、21日からは対象を広げて市外のボランティアも受け入れています。

 

 こうなってくると、時間の融通が利く近隣の年金生活農業者としては、なにがしかのできることはさせてもらいたいと、人が集まりにくい平日に、1日だけですが、ボランティア作業に参加することにしました。

 

 綾部市社会福祉協議会のウェブサイトから申し込みフォームで、希望日を連絡して申し込み、当日朝、ボランティアセンターのある物部公民館で受付です。「綾部市災害ボランティアセンター」と書かれたビブ(胸当て)を受け取り、シールにフェルトペンで名前を書いて胸に貼り付けるのですが、「カタカナで名前を書いてください」と言われたにもかかわらず、漢字で書いてしまって、書き直しとなりました。誰もが読めるようにカタカナで書くことになっているそうです。緊張してよく聞いていませんでした。

 

 受付をすませたら、午前9時半からオリエンテーション。作業上の注意事項について説明があり、班分けがありました。班ごとにリーダーと副リーダーを決めて、リーダーの指示に従って作業をします。依頼者からの要望を聞いて班員に指示するのも、その日の作業内容をボランティアセンターに報告するのもリーダーの役割です。

 

 ぼくたちの班は男女ほぼ半々の10人編成。21日から来て作業しておられる神奈川県の経験豊富な方がリーダーを務めてくれました。駐車スペースの問題もあり、現場に行く車はできるだけ減らして乗り合わせて行くのですが、たまたま乗用車で来られた方ばかりだったので、ぼくの1.5tのトラックに、リーダーの指示で、孤輪車(一輪車)、スコップ、鋤簾(じょれん)、土のう袋、ブルーシート、雑巾用のタオルと端切れ、デッキブラシなどの用具を積み込みました。

 

 オリエンテーションの伝達事項の最後に書かれていたのが、「水分・塩分補給のために最低3~4リットルが必要」。持参した水、茶、プロテイン計2.5リットルに、ボランティアセンターで無料支給されたペットボトルを追加して、床上が泥水に浸かった被災者のお宅に向かいました。

 

 そのお宅は2018年の西日本豪雨で床上浸水したときに畳をやめて、フローリングにしておられました。部屋の荷物を全部出して、床の上にたまった泥を洗い流し、雑巾できれいにふいて、乾かしてから、泥のついた荷物をきれいにふいて部屋に戻しました。

 

 リーダーの的確な指示で作業は順調に進み、ボランティアセンターに寄贈されたばかりの送風機で土間や床下に空気を送り、残りの作業は翌日以降に回して解散となりました。一つ一つの作業は重労働ではありませんでしたが、これだけのことを一人でしなければならないとなると、途方に暮れると思います。

 

 無償の作業とはいえ、ぼくにとっては初めての体験で勉強になることが多く、初対面の人と力を合わせて共同作業をして楽しい時間を過ごすことができました。自分の生活の心配がなければ続けて行きたくなるくらいで、「ボランティアは病みつきになる」というのもわかる気がします。

 

 27件の支援要請のうち完了したのはわずかに2件。まだまだ作業は続くそうです。

 

 詳しくはこちらをごらんください。

https://ayabe-shakyo.or.jp/news/freo2/index.php/view/227

 9日(日)朝、駐車場の車は夜に降り積もった雪に覆われていました。雪はやみましたが、強風のためロープウェイの運行が中止になりました。しかし、選手だけは会場まで上がることができて、1日順延されたスキークロスの全日本選手権が開催されました。

 

 この日のコースインスペクション(下見)は、今回の大会で、スキークロス初心者のぼくの水先案内役になってくれた選手の山本浩也さんが付き添って、チェックポイントと滑り方を教えてくれました。

 

 インスペクションはスタートセクションが終わったところから入ります。まず、ハーフパイプのような大きな谷を越えたところ。トップ選手は谷の壁を勢いよく登って山を飛び越えてかなり下に着地しますが、それは無理なので、山のてっぺんのあたりから滑り下りることになるようです。

 

 その後、ロール(Roller)と言われる起伏(ウェーブ)があって、クラウチング姿勢を組んだままで、脚のストローク(曲げ伸ばし)によって雪面を踏みつけて吸収と加速をします。

 

 スピードが上がったところでジャンプがあります。空中に飛び出したときにモーグルのアップライト(直立)エアのように体が起きてしまうと風圧を受けて失速するので、姿勢を低くしたままで飛び越えなければなりません。飛距離が足りずに手前の水平なところに落ちると、スピードがなくなってしまうので、その場合は飛ばずに滑って通過します。インスペクションの後の公開練習で進入速度と飛距離を見て判断することにしました。

 

 その後、緩斜面のウェーブが続きます。起伏に合わせてただ滑るだけではスピードが落ちてしまいます。ここでどれだけ加速できるかが勝負になりそうです。

 

 コースの終盤にさしかかったところに競輪場のように片方に傾いたバンク(土手)があります。ここは単に土手の中腹の同じ高さのところを滑っていくのではなくて、高いところから入って斜めに落ちる感じで滑った方がスピードが出るそうです。

 

 その後、少し急になったところがあってゴールです。

 

 今回のコースは標高差125m、全長900mなので、アークサインの計算で、平均斜度は約8度になります。超緩斜面で春の湿った雪なので、じっとしていたのでは全くスピードが出ません。障害物のある平地をいかに速く走るかが勝負のまさに障害物競走です。

 

 公開練習は2本。本番と同じようにゲートからスタートします。今回のコースはスタート直後が水平の平地になっていて、小さな凹みが連続しています。これを越えて加速しないことにはスピードが出ません。まごまごしてなかなか前に進めませんでした。

 

 うっすらと雪が積もって、寒風が吹いていたので、前日よりはスキーが滑り、ジャンプはかろうじて水平なところを飛び越えて着地することができました。

 

 予選はタイムトライアルで、1人ずつ滑ります。滑走タイムによって順位をつけ、4人1組で滑る決勝ラウンドの組み合わせを決めます。決勝ラウンドは4人のうちの上位2人がトーナメントを勝ち上がっていきます。今回のスキークロス男子予選の出走は22人で、全員が決勝ラウンドを戦うことができるそうです。

 

 スノーボードの男子、女子に続いて、いよいよスキークロス男子の予選がスタートします。スタートエリアに選手が招集されました。ポイントリストの上位から8人ずつ抽選で出走順が決まっています。ぼくは8人グループの第3グループで、18番スタートになりました。

 

 最初に滑る8人はポイントリストの上位8人です。オリンピック、世界選手権に出場したナショナルチームの選手が顔をそろえています。後ろで出走を待つ間に、トップ選手がスタートセクションをどのようにこなすのかを観察しました。スタートエリアは狭くて選手しか入れません。スタートを後ろから見ることができるのは、出場選手だけに与えられた特権です。

 

 トップ選手は皆、193cmの長くて重いGS(大回転)用のスキーを履いているとは思えないほど、いとも軽々と、ぼこぼこのスタートセクションを乗り越えて、あっという間に見えなくなってしまいます。下半身のスキーの動き、上半身の動き、ストックの使い方をしっかりと目に焼き付けました。一朝一夕にできる芸当ではありません。

 

 さあ、いよいよぼくの出番です。ストックを持ったままゲートのグリップをしっかりと握って、勢いをつけてスタートしました。が、最初のぼこぼこにタイミングが合わずになかなか前に進みません。ハーフパイプのような谷は越えましたが、山のてっぺんに乗るのがやっとで、軽々と飛び越えるトップ選手のスピードとは比べるまでもありません。

 

 それでもジャンプは水平なところを飛び越えて着地。下に行くほど雪が水気を含んでいてスキーが詰まりましたが、慣れないクラウチング姿勢で頑張ってなんとかコースの終わりまで来ました。

 

 すると、誰もいないと思っていたフィニッシュエリアの向こうに、今シーズンのワールドカップで2位表彰台に立った須貝龍(りょう)選手らナショナルチームの選手や、山本さんたちが並んで後続の選手の到着を出迎えてくれていました。これはうれしかった。

 

 

 

 風が強まって、決勝ラウンドは中止となり、予選のタイムだけで順位が決まりました。ぼくはトップの選手のタイム57秒01から27秒90遅れの1分24秒91で20位でした。19位の選手よりも10秒以上遅く、予想していたことではありましたが、実力差を身をもって証明する結果となりました。

 

 ただ、途中で転倒してDNF(途中棄権)となり、順位がつかなかった選手が2人いました。スキーが外れたり、旗門外に出てしまうと、レースを続行することができません。2人ともぼくよりはずいぶん速かったはずです。1人はゴール直前のなんでもない起伏を越えたところでスキーをとられてコース外に飛び出してしまいました。高速系の競技なので、一歩間違えれば大けがをするリスクもあります。

 

 幸いぼくは公開練習、本番を通じて、危険や恐怖を感じる場面が一度もなく、自分のスピードが遅く感じて、もっと速く滑るにはどうしたらいいのかと、ますます挑戦意欲をかき立てられることになりました。スキークロスはただ滑るだけでも、本当に難しくて、面白いスポーツです。

 

 今回は4人1組で滑る決勝ラウンドを経験することはできませんでしたが、決勝ラウンドがあれば、1回戦をトップの8人の誰かと同じ組で戦うことになります。スタートダッシュで出遅れて、はるか後方から追いかける結果になろうとも、世界のトップ選手と同時に同じコースを滑って戦うことができます。来年はもう少し勉強と練習をして、4人1組の競り合いに絡めるだけの実力をつけて、また全日本選手権に出場させてもらえたらと思います。

 

 全日本のコースは大会後に開放され、翌週には同じコースで誰でも参加できる東日本大震災のチャリティー大会が開かれています。かぐらエリアのこぶを滑りに行くのに合わせて、観戦したり、出場したりしてみるのも面白いと思います。ぼくがときどき行く白馬のHakuba47には、今回の大会でもお世話になった塚田大介さんが管理するスキークロスの練習場があり、誰でも出場できる草大会が各地のスキー場で毎週のように開かれているそうです。

 

 閉会のあいさつで大会役員の方が、今は狭いスキークロスの競技の世界をもっと広げて、世間の人にもっと知ってもらいたい、もっと多くの人が楽しめるようにしたいと話しておられました。本当にスキークロスは面白いです。

 第43回全日本スキー選手権大会・フリースタイル競技・種目スキークロスに出場するため、7日から新潟県湯沢町のかぐらスキー場に来ています。全日本選手権に出場するのは生まれて初めて。スキークロスをするのも初めてなら、かぐれスキー場に来るのも初めてです。何から何まで右も左もわかりません。

 

 ぼくが6年前に定年退職して京都府綾部市の実家に帰ってから、滋賀県大津市で生活していたときの荷物を入れる場所がなくて、近くにアパートを借りて半別居していた妻が6日に引っ越して、完全同居になりました。その荷物の片付けをする間もなく、夜通し、ほとんど不眠不休で車を運転して、まもなくかぐらスキー場に到着しようという7日午前7時前、LINEで、大会コースがある田代エリアのロープウェイが止まっているので、7日に予定していた公開練習(モーグルでは公式練習と言っています)を中止するという連絡が入りました。

 

 かぐらスキー場の田代エリア以外のかぐらエリアとみつまたエリアはみつまたのロープウェイで上がれるということだったので、かぐらエリアのこぶを滑りました。今年は5月21日まで営業するそうです。毎年遅くまでこぶが滑れるというので、春にこぶスキーヤーでにぎわうと聞いていました。面白くて最終近くの午後3時まで、こぶばかり滑り倒してしまいました。

 

 午後5時からTCM(チーム・キャプテンズ・ミーティング)。対面とリモートの両方で行われました。リモート参加が面倒なので対面の会場に行ったところで、モーグル選手として顔なじみの畑田繭さんとお父さんに会いました。繭さんは妹さん2人と同様、モーグルの大会で活躍しました。姉妹3人ともアルペンの大会にも出ていて、スキークロスの大会でも上位入賞たことがあるそうです。ぼくがブログとFacebookで全日本に出ると書いたのを見て、全日本選手権出場を決めたそうです。

 

 明けて8日は全日本選手権の本番です。田代エリアのロープウェイで会場に上がって、大会コース沿いを滑って下りたときにどのリフトに乗ればいいのかを尋ねた選手が山本浩也さん。Facebookのskicross.jpの管理人をしているそうです。ぼくが選手だと知ると、「ひょっとして最高齢の方ですか」と尋ねられました。大会関係者の間で、「ギネスものじゃないか」と話題になっていたそうで、写真も撮っていただきました。

 

 「それではリュックサックを選手の待機場所に置いてきます」と言って、別れ際、山本さんが「佐々木さん、ヘルメットはそれだけですか」と呼び止められました。どんなヘルメットでもいいと思っていたら、スキークロスの公認大会はアルペンの公認大会と同じで、FIS(国際スキー連盟)認証のヘルメットの着用が義務づけられているそうです。FIS認証のヘルメットは側頭部を耳のところまで保護するようになっていますが、ぼくのヘルメットの耳のところは防寒のために覆われているだけです。

 

 山本さんがぼくのを貸してもいいと言ってくれましたが、1人ずつ滑るタイムレースの予選はぼくの出走順が山本さんの4人後で、山本さんが滑った後、リフトで上がってくるのが間に合いません。4人1組で滑る決勝の1回戦では同じ組になる可能性もあります。

 

 どうしようと言っているときに、瀧澤宏臣さんが登場。アルペン、モーグルの後、スキークロスで活躍したかつての名選手です。FIS認証のヘルメットだけでなく、脊椎パッドも必須ということで、ふもとのスキーショップで売ってないか電話で問い合わせてくれましたが、ありませんでした。

 

、今回は公開練習だけして、来年の出場を期すことにしようかと思っているときに、誰が言ったのかは忘れましたが、前走の中学生選手から借りればいいということになりました。

 

 大会は田代のロープウェイがまたも止まった影響で開始が遅れ、正午からコースインスペクション(下見)。その後、午後零時半から公開練習が始まりました。そこで声をかけてくれたのが、鬼澤(きざわ)行正さん。ポイントランキング5位で、ナショナルチームと紙一重の有力選手です。ぼくが出場した昨年の白馬八方尾根のバンクドスラローム大会、今年のリーゼンスラローム大会で優勝していて顔を知っていました。

 

 大会コースは全長900m。ほとんどが緩斜面です。公開練習は4人1組で滑ります。スタート直後が水平で、でこぼこになっています。スピードゼロの状態で、ストックで漕ぎながらそのでこぼこを越えていかなければなりません。ぼく1人だけ、そこで遅れます。

 

 続いてハーフパイプのような大きな谷があります。いったん下った後、急な坂を登らなければなりません。下るときに躊躇(ちゅうちょ)したりすると、谷の向こうの山に上がれないということになりかねません。上がった山の向こうもでこぼこです。

 

 でこぼこを滑るたびに減速して、ぼくだけが取り残されます。はるか前方の他の3人を追いかけていくと、ジャンプするところがあって、着地点が水平になっています。本当はスピードを出して水平なところを飛び越えなければいけないのですが、ぼくはいつも水平なところにビタ着。微動だにしない見事な着地ですが、そこで止まってしまいます。

 

 その後は緩斜面のウェーブ。漕いでも漕いでも前に進みません。雪質が悪くてスキーが走らず、みんな困っていたのですが、ぼくの場合はそこにたどり着くまでにスピードが落ちているので、ほとんどスピードゼロからストックで漕ぐ力だけで進まなければなりません。後ろの組で滑ってきた鬼澤さんに抜かれて、さらに引き離されたこともありました。いくら雪質が悪くても、速い人は速いのです。

 

 畑田繭さんのお父さんや他の選手に教えてもらって、いくつかわかったことがあります。

 

 ぼくのストックは腰の当たりの高さの100cmですが、短すぎました。これでは漕げません。有力選手はジャンプするときにもストックで雪面を押すそうです。短いストックでは雪面に届きません。距離(クロスカントリー)競技ほどではなくても、胸の高さあたりの長さがいるようです。

 

 滑走時はできるだけ低いクローチング姿勢で空気抵抗を少なくするのですが、ぼくはジャンプしたときにモーグルのストレートジャンプ(棒ジャン)になって体が伸びきっています。そのため凧のように風を受けて失速してビタ着です。ジャンプした後、できるだけ着地が遅くなるように、脚を曲げた姿勢を長く保つことが必要かと思います。

 

 公開練習の後、雪が降り積もってコースが埋もれ始め、スピードが出ないので、結局、全日本選手権は翌9日に順延となりました。

 

 FIS認証のヘルメットは湯沢町の中心部にあるクレブスポーツに、運よくぼくの頭にぴったりのLサイズが1個だけあったので購入しました。ストックも120cmがあったので合わせて購入しました。脊椎バッドはありがたいことに、山本さんがもう使わないからと言って、予備のパッドをくださいました。これで用具規定をクリアして心置きなくスピードを出せます

 

 7日のこぶ練習、8日の滑らない雪で緩斜面を漕ぐ練習で、へとへとになってしまいましたが、下から2番目の選手との差をできるだけ詰められるようにがんばります。

 65歳にして、生まれて初めて全日本選手権大会に出場することになりました。第43回全日本スキー選手権大会・フリースタイル競技です。

 

 今シーズンは12月に体調を崩してほとんど動けず、練習不足のまま1月下旬の松之山のモーグル大会に出場したものの、全くふがいない成績に終わりました。2月下旬にあった八方尾根のリーゼンスラローム大会、白馬乗鞍のモーグル大会の4連戦あたりから下手なりに調子が上向いてきたものの、3月初めのハチ北のモーグル大会は諸般の事情により欠場となりました。

 

 出場を予定していた大会がなくなり、不完全燃焼のままシーズンを終えることになるのかと、SAJ(全日本スキー連盟)の大会カレンダーを見ていたら、4月上旬にスキークロスの大会がずらずらと載っていました。

 

 全日本ジュニアスキー選手権は対象外としても、SAJ公認B級大会、FIS公認(SAJ公認A級)大会、全日本選手権と3大会があります。B級なら出場できるのではないかと思って要項の参加資格を見ると、2007年1月1 日~2000年4月1日生まれ(中学生)のみとなっていました。

 

 じゃあ大人の初心者が出場できる大会は草大会(競技者登録していなくても出場できる大会)しかないのかと思って、FIS大会と全日本選手権の要項を見ると、SAJのフリースタイル競技者登録とFISのフリースタイル競技者登録をしていれば誰でも出場できるように書いてあります。

 

 しかも今シーズンの特例として、アルペン選手のスキークロスへの参加をうながすために、SAJのアルペンの競技者登録をしている選手は、フリースタイルの競技者登録をしていなくても出場できるという通知が出ています。ぼくはアルペンの競技者登録はしておらず、公認大会には出場していませんが、八方尾根のリーゼンスラローム大会には出場しています。出場してもおかしくないのかもしれません。

 

 かといって、一度もスキークロスの大会に出場したことのない者がいきなり全日本に出場申し込みをするのは、実績を積み重ねて出場している他の選手に失礼にならないのでしょうか。全然お呼びでない大会に出場するのは気が引けます。

 

 そこで、思いきって大会事務局に問い合わせることにしました。モーグルの公認大会B級と八方尾根のリーゼンスラローム大会に出ているくらいの技術レベルで、スキークロスの大会には出たことがなくても全日本に出てもいいのかと質問しました。

 

 するとスキークロスのナショナルチームコーチ、西沢勇人さんから返事がありました。FIS大会、全日本とも、FISのフリースタイル競技者登録をしている16歳以上であれば誰でも参加できるので、レースまでにFISの競技者登録番号を取得して出場してくださいとのことで、「ぜひ佐々木様のご参加を心よりお待ちしております」と書いてありました。

 

 よっしゃあ、出るぞ。さっそく、シーズン途中の登録で割高になりますが、FISの競技者登録をして3月14日の申し込み締切日に参加申し込みをしました。

 

 4月7日~8日が第43回全日本スキー選手権大会・フリースタイル競技・種目スキークロス、4月8日~9日がFISかぐらクロスチャレンジ2023です。スキークロスの練習はできませんが、YouTubeで過去のスキークロスの大会の映像を見て、イメージトレーニングをしています。

 

 それで、勝算はというと、全くありません。

 

 昨年の全日本のリザルトを見てみました。出場したのは14人。上位5人はSAJの強化指定選手、つまりナショナルチームです。そのうち上位4人は今年の世界選手権に出場しています。続く6位の選手は昨年のバンクドスラロームの大会と今年の八方尾根リーゼンスラローム大会で優勝していました。リーゼンスラローム大会の朝、ウォーミングアップで兎平最上部から兎平テラスまでの圧雪バーンを直滑降したときに一緒になったのですが、アルペンの国体選手だけあって、べらぼうに速かったです。リーゼンスラローム大会の本番では、ぼくより30秒以上速いタイムでした。残りの8人の選手の実力も推して知るべしでしょう。翌日のFIS大会も、ほぼ同じ顔ぶれでした(12人出場)。

 

 スキークロスは雪上の格闘技とも言われ、4人1組で滑って、競り負けた選手が転倒してコース外に弾き飛ばされるシーンが印象にありますが、予選は1人ずつ滑ります。そのタイムで上位から4人ずつ組にするので、一番遅いはずのぼくは、一番下の組になると思われます。

 

 昨年の大会は出場が14人だったので、上位の3組が4人で、一番遅い組は2人で滑っていました。仮に今年の出場者が15人だとすると、ぼくは一番遅い組の3人で順位を争うことになります。

 

 前を行く2人の後方をマイペースで滑れば競り合いで転倒する危険はないでしょう。前の2人が激しく争って、万一、どちらかが転倒したりすると、ソチ五輪の決勝のゴール直前で4人のうち3人が転倒した名シーンのように、後ろから抜き足差し足忍び足で追い抜けばいいのです。ぼくが最下位にならない唯一の可能性はこのパターンしかないと思います。

 

 最下位はほぼ確定ですが、65歳になって全日本に初出場できるとは、願ってもない僥倖(ぎょうこう=思いがけない幸運)です。高校生のころのあこがれだった国体出場は、モーグルを始めて10年(スキーを始めて12年)の2009年に51歳でかないました。

 

 次は全日本出場と、ダイナミック・ポジショニング・ターンの習得とエア練習に取り組んできましたが、可能性は年々なくなり、かぎりなくゼロに近づいて今日に至っています。モーグルの全日本出場も引き続き遠い夢として練習に励むつもりですが、実現するのは、砂漠の中でダイヤを拾うよりも難しいと思います。

 

 一度も大会に出たことのないスキークロスで全日本に出場するとは、思いがけずにつかんだビッグチャンスです。順位はどうあれ、今持てる力を出しきって、恥ずかしくない戦いをしようと思います。

 雪解けが進んでいますが、ハチ北高原スキー場の常設モーグルコースのエア台がまだ使えるということだったので、急きょ予定を変更して20日(月)にエア練習に行ってきました。

 

 ゲレンデの雪が薄くなっているにもかかわらず、緩斜面ではありますが、国際大会の規格に準拠した形の大きなエア台が維持されていました。ランディングバーンの傾斜もあり、大きく飛んでも安全に着地できます。前回はエア台の3こぶ手前からスタートして練習したのですが、進入速度を上げるため、今回は5こぶ手前からスタートしました。

 

 ダイナミック・ポジショニング・ターン(DPT、ディプト)でこぶを滑走し、そのリズムのままでエア台に入ってジャンプして、着地後、また同じリズムでこぶを滑走する練習です。

 

 ディプトでは、こぶの裏側の雪面をスキーのトップで後ろに押してターンします。ジャンプの直前、最後のこぶを乗り越えた後の下り坂(アプローチ)を後方に押す動作と、エア台の上り坂(キッカー)を踏む動作を意識して、空中に飛び出します。

 

 だいたいできるようになってきましたが、まだ、ストレートジャンプ(棒ジャン)の空中姿勢で力が抜けているようで、体の締めが十分にできていません。

 

 そして問題の着地です。スキーがランディングバーンに落ちる瞬間、思い切り踏みつける動作で着地の衝撃を吸収しようと考えていますが、なかなかうまくできません。下を向いたまま着地すると、前が見えないので、当然、こぶのターンには入れません。前を向いて着地するつもりが、着地と同時に頭が下がってしまうこともありました。

 

 着地した後、ランディングバーンを直滑降してこぶの中のターンに入るとき、スキーのトップをまっすぐ前に向けて最初のこぶを乗り越えようとするのですが、「言うは易(やす)く行うは難(かた)し」です。

 

 着地はうまくいきませんでしたが、その後は春の緩んだ雪の浅いこぶだったので、気持ちよくターンができました。

 

 今シーズンのハチ北でのモーグル練習が終わったところで、今後の練習課題をまとめておきます。

 

 ディプトはこぶの裏側をスキーのトップで後ろに押すにはどうすればいいかを理論的に考えて生み出された独自のターン技術です。ぼくもときどきわけがわからなくなることがありますが、下半身の曲げ伸ばしによって、体の重心を上下させるだけではディプトにはなりません。

 

 ディプトで重要なことは、体の重心の位置を足のかかと側からつま先側、あるいは逆に足のつま先側からかかと側へと連続的に移動することです。この移動がなければディプトにはなりません。

 

 足のつま先側、かかと側の重心移動を、こぶの中でのターンはもちろん、最後のこぶからエア台への進入や踏みきり、着地後のターンへの入りでも同じリズムで一貫して続けなければなりません。

 

 スタートはだいたいできるようになりました。

 

 こぶの中のターンでは、ストックワークをダイナミkック・ポジショニングの動きに連動させなければなりません。ストックの動かし方はだいたいわかってきましたが、まだ習熟できていません。

 

 スピードアップするためには、スキーができるだけ回って横を向かないように、まっすぐ前を向けたままで滑れるように練習する必要があります。

 

 エア台への進入はだいたいできるようになりました。最後のこぶから踏みきりまで、かかと荷重、つま先荷重を連続的に変化させなければならないことがわかりましたが、まだ十分に練習できていません。

 

 着地の動作は、トランポリンの最後の静止動作と同じように、思い切り踏みつけることによって衝撃を吸収しようと考えています。これも練習が必要です。

 

 着地の後の直滑降からのターンへの入りは、着地の衝撃が十分に吸収できていればスタートと同じ動作でできるはずです。練習で数をこなす必要がありそうです。

 

 このほかにも、右のこぶのターン(左外足)ではスキーが前を向いた浅いターンになり、左のこぶのターン(右外足)では腰が回ってスキーが横(左)を向いた深いターンになりがちだという悪癖もあります。足が開いているとか、ストックが下がるとか、素人っぽさ丸出しの点も改良しないといけません。

 

 だいたい以上のことができれば、晴れてディプトの完成です。ぼくがいつスキーができなくなってもいいように、理論を文章にまとめて、真剣に練習しようという人がいれば引き継ぎたいというのが、今、ぼくが抱いている夢です。

 

 今シーズンの残りは、4月7日~9日に新潟県のかぐらスキー場に初めて行くことが決まっている以外は予定が立っていません。4月中旬からは農作業も本格化して忙しくなるので、早めに家の用事をすませて、少しでも課題の克服に向けた練習の時間を確保したいと思っています。

 ぽかぽか陽気の15日(水)、久しぶりにハチ北高原スキー場に行ってエア練習をしました。最近、山の木の片付けやら、自宅のDIYリフォームやらで忙しくて、時間がとれず、怒涛の白馬4連戦の前の2月20日に来てから、1カ月近く間が空いてしまいました。

 

 今シーズンのモーグルの大会は1月の松之山と2月の白馬乗鞍それぞれ2戦ずつの計4戦に出場しましたが、相変わらず、ダイナミック・ポジショニング・ターン(DPT、ディプト)で通して滑ることができず、エアの着地後のこぶへの入りのターンもうまくできずじまいでした。

 

 そう言えば、去年の今ごろ、ディプトを世に問うべく公開撮影会をするとぶち上げたものの、母の見送りがあってスキーに行けず、中止したのですが、今シーズンもまたディプトの完成形を見せることができませんでした。このままでは、新しいターンを見つけたと自信満々に話してきたぼくは、ただのほら吹きになってしまいそうです。

 

 というわけで、この日の課題は、ディプトの基本の確認と、エアの着地後のこぶへの入りのターンです。木陰の硬いフラットバーンを選んで基本練習をした後、緩斜面に設置されたエア台で、ジャンプと着地後のターンを練習しました。

 

 エア台の前後にこぶが作ってあり、実戦的な練習ができます。斜度はありませんが、最近は、いきなり難しいところで練習するよりも、簡単なところで基本動作を身に着けた方が、結局は早道なのではないかと思うようになりました。簡単なところでできないことが難しいところでできるはずがないからです。

 

 こぶからエア台への入りはだいぶよくなりました。進入スピードをもっと速くしたいところですが、まずは、どのような体勢、動作をすると、高さのあるジャンプになるかということを主眼に、最後のこぶからアプローチ(助走路)への入りとテイクオフ(踏みきり)を練習しています。

 

 着地後のターンはまだまだです。以前のように、着地後、横に大きく飛び出してしまうということは少なくなりましたが、こぶに入れたとしても、ターンがディプトになっていないようです。着地の動作、ストックの使い方、脚の曲げ伸ばしなど、まだまだ試行錯誤しなければならないようです。オフシーズンの夏場にできる練習方法がないか、考えてみたいと思います。

 

 ぼくが岩場に座って昼食休憩をしているとき、モーグルトレーニングコースのエア台の隣のレーンを滑っていた年配のスキーヤーが、声をかけてくれました。ぼくが履いているELANのBLOODLINEというモーグルスキーのデザイン(色づかい)が気に入ったそうで、是が非でも手に入れたいんだけれども、日本の代理店は扱っておらず、どこで買ったらいいかわからないということだったので、スキーの名前とぼくが買ったオランダのネットショップのURLをお教えしました。

 

 昨年、仕事が終わって、今年からスキー三昧で、この日やっと目標の年間滑走日数50日に到達したそうです。「これでまた来シーズンの楽しみができました」と喜んでおられました。年齢は聞きませんでしたが、ぼくと同じくらいではないでしょうか。連れの方と終日、モーグルトレーニングコースを滑っていて、それが毎日ということなので、かなりのタフさです。

 

 このブログのタイトルは「生涯モーグルの道」ですが、ひょっとして、高齢者モーグルのブームが到来しているのでしょうか。

シーズン終盤の今ごろになって気づいても遅いのですが、今シーズンからFIS(国際スキー連盟)の国際競技規則(ICR)が改正され、エア台の規格が変わっていました。

 

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エアバンプの基準と仕様

 

2021/2022シーズン(昨シーズン)まで

 

最後のこぶからエア台の先端まで 4.0m-5.0m

エア台の先端からランディングの最後まで 15.0m

エア台の高さ 50-60cm

ランディングの斜度 26°以上

エア台の飛び出し角度 26°-30°

エア台の幅 130cm±10

 

2022/2023シーズン(今シーズン)

 

最後のこぶからエア台の先端まで 5.0m-6.0m

エア台の先端からランディングの最後まで 15.0m-18.0m(第一エア)15.0m-20.0m(第二エア)

エア台の高さ 50cm-70cm

ランディングの斜度 26°以上

エア台の飛び出し角度 26°-35°

エア台の幅 130cm-150cm

 

変わっていないのはランディングバーンの斜度だけで、ほかはすべてエアを大きく飛ぶ方向に変わっています。確かに今年の大会は最後のこぶからエア台の先端までの距離やランディングバーンが長く、エア台の角度も大きくなっていて、飛びやすいエア台になっていました。

 

エアを大きくする方向での改正がモーグルという競技の将来にとっていいのか、悪いのか、わかりませんが、とにかく、今シーズン以降は、フルスピードでエア台に進入し、できるかぎり大きなジャンプをして、なおかつ着地で乱れないという滑りをしないと、高得点が望めないということのようです。

 

この改正は昨年11月23日にFISのサイトに掲載され、少し遅れてSAJのサイトに日本語版が掲載されています。不覚にも見落としていました。

 ぼくのお金にならない仕事のモチベーションを上げるために、大枚はたいて25万9000円で買ったSTIHLスチール社のチェーンソーMS500iの修理状況が、修理を依頼したPLOWプラウ長岡店の修理ブログで報告されています。

 

 チェーンソーを送る前、電話で故障の様子を尋ねて、ざっとした見積もり金額を教えてくれます。

 

 チェーンソーが届くとすぐに点検して修理ブログに不調診断の結果と、原因として考えられることが、写真付きで掲載されます。その時点で、正式の修理見積もりがメールで届き、電話で丁寧に説明した上で、修理するかどうかの確認を求められます。

https://plow-power.com/repairblog/repairblog-43965/

 

 修理をお願いして、修理作業に入ると、逐次、修理状況がブログで報告されます。エアクリーナーの掃除ができていないとか、目立てができていないとか、当然のことですが、けっこう厳しいダメ出し付きで、まるで熱血コーチのようです。耳が痛くても、その厳しい指導のおかげで、正しい使い方が身につきます。

https://plow-power.com/repairblog/repairblog-43977/

 

 変形したガイドバーは交換が必要で、メーカーに在庫がなかったのですが、「ヤフオクに即決で新品のソーチェーン(刃)付きが出ています」と教えてくれたので、さっそく自分で落札しました。

 

 修理金額の13万3848円は高額ですが、焼き付いたエンジンのシリンダー、ピストンの部品代だけで、7万2410円かかるので、これ以上は安くならない金額のようです。

 

 最初に修理をお願いした農機具屋さん(いつもお世話になっている良心的な店です)が、自分のところでは直せないというので送った卸会社は、なんの連絡もなしに分解したまま放ったらかしで、金額を尋ねたら、見積もりも何もなしで、新品を買うより高い30万円とか言ってきたので、すぐに元の状態に組み立てて送り返すよう言ったそうです。無料で返ってきたのはいいのですが、どういうわけか、点火プラグが故障時に着いていた適合プラグではなく、別の型番の不適合プラグに替わっていました。

 

 この機械が故障したのは昨年秋で、山仕事に一番使いたい冬の時期に使えませんでした。最初に修理をお願いした農機具屋さんには、少なくともぼくが使うものについては、放ったらかしにした問題の卸会社は通さないようにお願いしようと思っています。

 26日に白馬乗鞍温泉スキー場で行われた2023大阪府はくのりモーグル大会第2戦の結果は、完走者72人中65位で、下から8番目でした。順位、スコアとも第1戦と変わらず、実力通りの結果でしたが、2回ともジャンプして、けがなくゴールし、無事に4連戦を終えることができました。

 

 今回の大会は、往年の名選手が登場して、B級公認大会ではありえない横断幕の応援があったり、将来有望なジュニア選手だけでなく、40代、50代のベテラン選手が活躍したりと、大変、盛り上がりました。ぼく自身も、いろんな人と話ができて、楽しい時間を過ごすことができました。

 

 実を言うと、26日の朝、宿舎を出るときには、ぼくの滑りがいかにも高齢者らしくてみっともないし、また転倒して、もう一度、頭を打ったりするのも嫌だなとか、ネガティブなことを考えて、すっかり気弱になっていました。しかし、大会の盛り上がった雰囲気に力をもらい、せっかくの機会だから、練習のつもりでもいいから滑りきって、何かを得て帰ろうと思い直して、スタート台に立ちました。

 

 いざ、スタートというとき、背後から「泰造さん、頑張って」と複数の方の声援を受け、そんなことはしなくてもいいのですが、思わず振り返って、「ありがとうございます」と一礼をしてしまいました。

 

 おかげでスタートはうまくいきましたが、エア台の手前のこぶに邪魔をされるように横に振られて、まっすぐにエア台に入れませんでした。第1戦終了後に考えた第2戦の課題は、第1エアの高さを上げることと、何でもいいから技を入れることでしたが、どちらの課題もこなせず、小さく力の抜けた棒ジャンになってしまいました。後で知り合いの選手から「1エアが棒ジャンの理由は何かあるんですか。あれじゃだめですよ。スプレッドでもなんでもいっから体を動かして技を入れないと」と叱られました。すみません、やる気がないと思われてもしかたのない失敗でした。

 

 ただし、着地後は、第1戦ほどは大きく横に移動せずにこぶに入ることができました。

 

 ミドルのターンは相変わらず、ハエが止まるほどゆっくりです。この「ハエが止まるほど」というのは、野球の投手の球が遅いとき、ヤジるのに使う言葉です。ぼくは220mのコースを滑るのに41.97秒かかり、平均時速約19kmでした。夏ならば、本当にハエが止まってもおかしくないスピードですね。

 

 トップ選手は平均時速37kmぐらいで滑ります。ちょうど半分ぐらいのスピードです。スピードアップしないことには話になりません。

 

 今回、いろいろとお世話になった選手が撮ってくれたビデオを見ると、数え上げればきりがないほど課題が見えてきます。幸い、体のダメージがほとんど感じられず、思ったほどは疲れなかったので、諸般の事情が許す限りは、今のところぼくの頭の中の幻でしかないダイナミック・ポジショニング・ターン(DPT、ディプト)の実現に向けた練習に取り組みたいと思います。