キングコングとかいうお笑い芸人の梶原氏の母親も生活保護を受給していたことが、梶原氏自身の公表で明らかになりました。今がチャンスと思ったのか、興業から指示があったのか、いずれにしてもこれは明らかな不正です。

 家財であれなんであれ、贈与は現金換算にして扶養の一部となります。すなわち、梶原氏の名義の住宅であっても、母親の名義の住宅であっても同じこと。また母親名義であるならば、不動産を所有しての生活保護受給は不正にあたります。
 そもそも、個人の資産を形成するために生活保護を受給すること自体が甚だ疑問です。

 これ以上の調査は、興味もないし、それこそ税金で働いているお偉い先生方が、調査依頼を出すべきことです。でないと、また能無しで有名な弁護士が、憲法の個人の尊厳をとやかく言い出すでしょう。片山先生も、売名行為と捉えられないよう、頑張って頂きたい。

 とにもかくにも、弾が揃いつつあるなあという印象。そろそろこれらを基に、生活保護の支給を査定している自治体を追求せねばならないでしょう。かといって、不正受給は犯罪ですから相応の刑罰を与えなくてはなりませんが。

 個人的には誰が生活保護を受けようが、それはどうてもいいこと。だが、生活保護の現況が、国庫を圧迫しているのは明らか。そのしわ寄せが一般人にきているのも、これまた明らか。

 生活保護は、国庫から排出されています。ですから納税者、すなわち全ての国民は不満を言う権利があります。審査や判断をしているのは、地方自治体ですが、源泉となっているのは、一人ひとりの税金に違いありません。

 このところ感じるのは、国民それぞれの意志が確立されつつあるという風潮です。報道バラエティに流されることなく、明確な意志を持っていることが感じられます。これだけでも大きく変化があったことで、特定媒介を経由した国民の意見など造作されたことに過ぎないことが明確となってきました。

 今年、国のあり方が大きく変わることを感じています。
 なにわの言葉が1つ、消えつつあると感じます。子どものころに言われたあの一言。

 「あんた、勉強せえへんねやったら吉本行き! 」
どの家庭でも聞かれた言葉だと思う。吉本の昨今の様子を見て、このような発言をする親御さんなどいるのだろうか。いつから現在のような仕組みになったのか、多くの方は感づいていると思う。
 ただし、吉本は有名な企業で、あくまでも民間だ。だからどのような形になろうと、それは企業の自由意志が尊重されるべきだ。それこそ、跋扈(ばっこ)しようが、どうてもいいことだと思う。

 現在この手の話題で、主役となっているのは芸人の河本準一氏だ。あたしは、片山議員のとった行動に対して極めて高い評価だ。
 だが、一点気になることがある。河本氏を「公人」と扱っている点だ。河本氏は一芸人であり、公務に携わっている人のことを指す公人では決してない。

 この観点からも、河本氏にメディアを通じた説明責任は存在しないと考える。扶養義務があろうが、それを公の場で説明する必要はない。
 ただし、芸人は人気商売。人気が落ちれば商売は成り立たない。その被害を被るのは、本人だけだ。説明する気がないのであれば、義務はないから必要ないと思う。ただ倫理的な見解の意見として、説明をするべきだとは思う。

 というよりも、不正受給に該当する可能性があるのであれば、早急に返還すればよかっただけの話である。この対応が現在、そして今後に進展していくことは誰の目にも明らかだ。

 河本氏個人の判断ではないだろう。傲慢だったんだ、やり過ごせると考えたんだろう、企業が。これこそが吉本という企業の現在における姿を象徴していると感じる。
 もちろん、それ以外にもいわゆる闇という部分があっての、この対応だと思う。しかしあさはかな判断だった。

 闇にいわゆる、とつけたのは、吉本が裏社会と直接繋がっているのは周知の事実だからだ。個人の付き合いが、いつの間にか企業が直接付き合うようになって久しいだろう。だが、民間企業にもそのようなパイプを持つ企業は、ごまんとある。

 ただ、冒頭にある言葉が消え去ることは関西人として嘆かわしい。
しかし、その流れは個人の中にあるもので、外圧によって変換されるものではない。
 今朝は話題になった金環日食でした。男なら誰しもが……と言われている天体ショーですが、いまいち興味が湧かない、という方も多かったのではないかと思います。

 あたしもそんな一人でしたが、観てみました。うーん、前回の皆既日食の方がなんとなーくわくわくしたような。
 テレビをつけながら太陽と月を観ていたわけですが、アナウンサーのほとんどが皆既日食と金環の違いを分かっていないような発言が目立ちました。

 「あたりはどうですか、暗くなりましたか」
 「心無しか少し暗いようです」

 冗談でしょ、と言葉がこぼれた。暗くなるのは皆既日食である。金環日食は暗くならない。
 皆既日食は、月の方が大きく見えるため、太陽をすっぽりと覆う。だから暗くなるのである、と偉そうに言うほどのことではない。
株の持ち合いで成り立っているメディアと芸能界ですから、この程度なのは理解できます。

 それはともかくとして、きのうの日曜日、スタジオに入りました。来る7月25日のライブイベントを控え、練習にも力が入ります。力が入ると腹が減る。だが、何もしていなくても腹は減る。ということで、いつもの眠眠へ行きました。
 なぜ、眠眠か。それは昼間から営業していて、なおかつ安いからです。いつも5~6時間ほどいますが、一人あたり3,000円程度です。なじみの店員さんもかわいいのです。

 そこで話題が出たのがやはり日食です。おっさんたちはやはりあまり興味がない様子。ベースのケンちゃんの娘である、るんの宿題の話になりました。
何やら金環日食が宿題とのこと。え、天候上見えなかったどうするの、という意見が出るのは当然。出来ない可能性のある宿題を出すってのは、何やら不思議なものです。

 ま、少しでも天体というロマンに興味を持ってほしいという教師の思いからでしょうが。
 ですが、日食グラスなるものが、どこも売り切れだったそうです。うーん、ロマンはマロンだが、教師の配慮が相当欠けているような。そういえば子どものころ、日食を下敷きで観たような記憶があります。
 で、日食グラスがないのなら、ガラスにススをつけたらええねん、というおっさんたちらしい意見が出ました。そうだそうだ、と同調していましたが、よく調べると、これは駄目な見本市のようで。
 サングラスと同じ理由で問題があるようです。
ご存知サングラスは、まぶしさを抑えるという役割を担っていると考えられています。ですが、サングラスをかけている状態では、瞳孔が開いた状態になっています。そのため、ある意味、裸眼よりも太陽からの紫外線を受けてしまいます。

 これが、すすガラスも同じのようです。開いた瞳孔に紫外線が直接入るのですから、そりゃ危ないですわねえ。

 子どものころの常識は、今や非常期になりつつあります。正しい情報を伝えると思っていたメディアや、安全な食しか提供していない飲食店。人命を第1に考えるバス会社や、社会保障制度。

 時代に添う事実が、今まさに必要です。