大飯原発の再稼働の容認を認めた橋下徹市長。つい先日、痛ましい事故であった福島第1原発の事故調査委員会が国会議員や、東京電力の聴き取りを終えたところだ。

 事故調などは複数存在しているが、それぞれ孤立した存在で連携してないため意義が薄い。だけど、あの事故あって事件の史実を受けて、何を学び、今後のどのような対策を講じることができたのだろう。現段階のところ、未だ、という回答しなかいように思います。

 なんだか菅直人前首相の発言を丁寧に拾い上げて、ここはこうだ、あそこはこうだなどと論じているようです。
 菅直人など、元左翼活動屋でしかないわけで。その看板である「元」がとれただけの左翼活動屋が、現在の姿なわけです。認識や言葉はあの程度のものであることは、誰しもが承知している話です。簡単に言えば、国民にとってはどうでもいい。だって、認識や言動を追求したところで、罪に問うことはできないのですから。できるのであれば、追求が必要です。

 そしてこの度の橋下市長は、再稼働を事実上容認。反原発などのヒステリックな輩はご自由に、ということで、橋本市長は「負けた」という発言をしています。これは弁護士だから、という見方があるようですが、それは違うかなと思います。

 行政に負けたんだな、いや行政の本丸に。本丸など誰かはすぐ分かると思います。左翼活動屋の各大臣ではありません。そして本丸など誰でもよいのです。重要なことは、橋下市長が日頃発言している言動が負けたという事実です。

 橋下市長は、常に「選挙で選ばれたから」「民意が」と発言しています。だからこそ、橋下市長の「負けた」発言に繋がると考えます。
 では今後、民意とは、どのような力を持っているのか、民意という言葉自体はどうなってしまうのでしょう。

 民意を代表している自覚があるのであれば、今後、橋下市長は負けないで頂きたいと思います。

 民意とは、国民の過半数の意志です。民意代表者の負けは、国民の意思の負けを意味します。

 どのような袖の下があろうと、言葉だけの、煽るだけの存在にはなって頂きたくはないと思います。


 暫定的、限定的などはどうでもいい言葉遊びです。なぜなら暫定的な安全基準であっても現政府という全く信用のおけない連中で、限定的なのは活動期間を指しているのでしょうが、夏に動かして冬に向けて見直しを行う。
 冬という電力需給が上昇する時期に対して、見直しなどできるわけがないkらです。

 そして、これを機になし崩しになる恐れがあることが重要です。そうはさせない、そうはならないというのであれば、発言ではなく、事実そうしてほしいです。史実となるように。
 エロカメラマンのハルちゃんが我が社に請求書を持って来ました。ついでに軽くだけ、ということで立ち飲みに行きました。これが後にハルちゃんに引かれて善光寺参りとなるわけです。

 電話が鳴りました。番号が表示されていますが、誰か分からない。とりあえず出てみると黄色い声がする。

あらら、お久しぶりでうれしいです。
声の主は「立てば芍薬 座れば牡丹」を体で表すりっちゅんこと、シズさんだった。
 近所で飲んでいるので声をかけてくれたとのこと。あたしたちのような凡庸で小汚いおっさんたちになんたるうれしいお言葉。
 おもいっきりダイブ、甘えてご一緒させて頂きました。

 同い年の女子たちと20歳の女子、よく飲んでよく笑います。エモーショナル系女子です。得難い出会いでした。牛でもハルちゃんでも、引かれてみるとそこは善光寺ならぬ、ええ交際。


「立てば芍薬 座れば牡丹 鳴いてみればアビシニアン」鈴色の声。
お酒が進みます。
「蛍二十日に蝉三日」。これは物事の旬の時期の短さをたとえたものです。
似たようなたとえに「六日の菖蒲 十日の菊」というものがあります。こちらは、当日までは価値があるが、その日を過ぎると一気に価値のなくなるものという意味です。

素晴らしいブログを見つけました。「写団 ふくろう」という名義です。
http://digitalphoto.cocolog-nifty.com/digitalphoto/cat4164851/index.html

蛍の写真。

蛍が光るのは一瞬の旬、まさに「一旬」と言うべき写真ばかりです。
今年はあたしも蛍観に行きたい。そして真似して写真を撮りたい。

調べていると、蛍を鑑賞できる宿がたくさんありました。これは旅行がてらにいいのではないでしょうか。

蛍は日本固有の昆虫ではありませんが、日本の四季を感じさせます。

くれぐれも夜酒はほとほどにしておかなくては。