井上浩二の「現在(いま)を考える。」
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参加することの意味は何でしょう?

オリンピック、楽しんでますか?出場している選手達は、「ここ一番」で実力を出し切るために大変な思いもされていることでしょうが、そのドラマは見ている側にはとても楽しい。ニッポン、チャチャチャ♫残りの試合も頑張って全力を出し切り、より多くのアスリートの喜ぶ姿を見られると良いですね。

選手のミッションは?

そんなオリンピックで、ちょっと残念に感じたことがありました。報道されているので皆さんもご存じだと思いますが、ウクライナのスケルトン選手の件。ロシアのウクライナ侵攻で命を落とした選手の写真を印刷したヘルメットを着用しての競技参加。政治的メッセージ禁止のポリシーで、IOCの判断で残念ながら失格となってしまいましたね。身近な仲間が不条理な理由で命を落としていく、その経験に基づく気持ちは私達なんかでは計り知れない。日常も破壊され、多くのものを失った。そういう状況での強い意思に基づく行動だったことは理解しつつも、他の方法もあったのでは、その方がベターだったのではと考えてしまいました。
そもそもオリンピックのような競技スポーツに参加する選手のミッションは何か?それは、当然競技で最高のパフォーマンスを出すこと。そうだとすると、日本の平野歩夢選手の出場は私としてはちょっと疑問に思うところもあったんですよね。あれだけの怪我、「ほんとにすごい白熱した戦いで。無事生きて帰ってこれて良かった」とインタビューで応えていますが、そうであれば他の選手に機会をあげるためにも今回は棄権しても良かったのでは、とも思います。しかし、その後に「これまでサポートしてくれた人たちだったり、こうやって見てくれてる、応援してくれてる人たちに、自分が今できる精一杯な気持ちっていうのは、滑りで見せれたのかなと思う」と続けているのを聞くと、支援してくれた方々への感謝の意をしめすためにも最善を尽くすという事も大事なんだと思いました。そういう意味では、平野選手の勇気は立派ですね。
こんな観点からウクライナ選手の事を考えてみると、やはりこれまで多くの方に支えられて今回参加出来たのですから、なんとしても試合には出てベストパフォーマンスを見せることも必要だったのではないかと思います。一方、同胞に対する気持ちや国際政治の動向に対する抗議を示すことも、とても大事。同胞に対する気持ちをプレー中にも込めたいということであれば、例えばユニフォームの裏地に写真を印刷しても良かったのではないかとも思います。そして、世界に対するメッセージの発信は、IOC会長が競技の2分間以外のレース前・終了後の取材エリアでの言動は構わないと対応してくれたのですから、オリンピックへの敬意も示して従ってよかったのではないかと思います。ただ、現代の政治が引き起こしている悲劇に巻き込まれたが故の今回の件、本当に気の毒でなりません。
「何のために」・・・オリンピック、スポーツ以外でもこれを押さえるのは何よりも重要ですよね。競技を楽しみながらも、そんな事も考えさせられました。


競技スポーツ、私も大好きなのですが、子供の頃から心底自分で出たい競技に参加したことがありません。死ぬまでには・・・と思って数年間に再開したのがゴルフ。若い頃のように体が動いてくれないのでなかなか難しいですが、友人と楽しみながらプレーし、いつかは何かの競技に参加できるように頑張っています。

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