フォークソングは楽しい 吉田拓郎(2)流星

 

 前にも書きましたが、吉田拓郎さん(以下敬称略)は、数えきれないほどの優れた曲を作っています。その中でも歌詞を含めて考えてみると、やはり詩人の岡本おさみ作詞、吉田拓郎作曲の曲が優れているように感じます。岡本おさみの歌詞をじっくりと読むと、かなり難解な所のある詩で、大人の人生観に根差した一種の諦めとも通じるような心の落ち着きと、あまり深刻なものではないけれど静謐な憂欝がそこはかとなく伝わってくる詩であるように思います。

 

 今回は、吉田拓郎の作詞・作曲の「流星」と言う曲についてお話しします。僕の吉田拓郎歴はもう40年以上と長いのですが、この「流星」と言う曲を知ったのは今から7,8年のことでした。お恥ずかしい限りですが、この名曲を知らずに30年以上を過ごしてきたことになります。この曲を初めて聴いたのはYoutubeでした。

 

 吉田拓郎の作った曲の中では、多くの場合、所謂「拓郎節」のメロディーがそのベースにあるのですが、この「流星」と言う曲には、その拓郎節がない訳ではありませんが、それまでに聴いた何十曲と言う他の曲にはみられない一種独特な旋律がそこかしこに使われていることに心惹かれました。特に、「夢はまぶしく 木もれ陽透かす 少女の黒髪 もどかしく」の一節の旋律は、微妙な心の不安定さを醸しつつ、その歌詞に込められた作者の何かを希求しようとして足掻き続ける心情とぴったりと符合して止みません。

 

 ただ一つ、気になる所があって、それはこの曲の最後の「僕の欲しかったものは何ですか」と言う結句のメロディーです。一度音程を高くして行って歌詞を歌い終えてから、「ああああー」と言うフェイクと言うかスキャットと言うかの発声で音程を下げて行き、最終的には低い方の基音(二長調の曲なのでD音(レの音))で曲を終えているのですが、これは「拓郎節」によく見られる特徴の一つの「叫び」となってしまっていて、この「流星」と言う曲の全体を通して、心に抑制をかけて表現してきた大人の思考の深みとも言えるものとの間に乖離を生じてしまっているような気がします。そのため、この曲の余韻が却って薄れてしまっていると言うか、若干毀されてしまっていると言うか、そんな違和感が否めません。

 

 とは言うものの、これは素人の勝手な独り言と言うか感想に過ぎないので、プロの視点からは別の見方があるかも知れません。何れにしても、この「流星」と言う曲は間違いなく吉田格郎のトップスリーに入る名曲です。まだ聴いたことのない方は、一度聴いてみて下さい。