「現代社会を考える」と「山歩き」 -9ページ目

「異論・反論」


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山の夢


      <オブジェクション>


 8月25日付「朝日新聞・声」欄に「団体での登山、充分な注意を!(大阪市・藤井さん)」のご意見を拝見しました。
 内容は8月初旬「南アルプス」での出来事で、日本第二位の高山「北岳を目指す高齢者団体登山」に対する「無謀登山(天候不順)」の警告でした。


 状況を心配された理由は、この方が「台風5号の襲来により予定変更」を余儀なくされ、熊の平小屋に延泊された時、そう云った悪条件の中、「登頂を目指された20人の高齢登山者を憂う警告」と感じましたが、この方の「ご意見」には賛成し兼ねる部分があります。


 私は、12歳の時「初冬期の剣岳」が最初の登山で、叔父の「佐伯爺」の教えに基き「登山暦」を重ねてきました。 反論は、「登山そのものが危険」であること。と、この団体の行動はそれなりの「礎」の下、「リーダー」の判断により決行されたものと信じるからです。



 山屋にとって一番大切なことは、「引き返す勇気」でしょう。しかし、反面「技術の進歩」は望めません。さらに、天気図を読むには永い経験が必要で、勉強が必要です。

 余談ながら、私は「日本の尾根・富士山」に厳冬期を含め、学生時代以来「25回」以上訓練に参加していますが、一昨年「初心者4名」に同行を依頼され登頂しました。ご存知のとおり、「富士山の強風」は半端ではありません。ちょうど「明けの強風」が予測されましたので、岩陰にかがんで風をやり過ごそうとしていた時、風など「笑止千万」とばかり「大沢崩れ」傍をすり抜けて行く「5名のパーティー」に会ったことがあります。

 同行の「初心者」から、聞かれました、「なぜ・・?」と。


 これらも「経験により体得されるもの」で自己研鑽の結果と考えます。登山者が飛ばされるくらいの強風の経験のない方には、「理解出来ない行動」と云ったものもあります。



 このように、「登行」そのものの批判は「己達のスキル」により変わり、一概に判断はできませんが、この団体のスキルは「意外と高い集団」だったのかも知れません。私が気になったのは、この大阪の藤井さんの方で、「単独登山者に看られる批評」と感じ、綴ってみました。



 事故のない登山を志す者として、「思い込みはしない・させない」事が大切。さらに、単独行はなるべく避けなければなりません。 その上で、様々なシチュエーションを経験し、すばらし「リーダー」の下で「正しい判断のできる登山者」になられんこと、祈念したく思います。

 昔、私が単独行で馬場島側より剣岳に挑戦し、ハーケンが抜け、滑落した事が思い出されました。

 

 登山を始めたい方には、年齢を意識した「登山計画」と「経験豊富なリーダー」が、「安全登山の基本」と考えます! 紅葉の期を迎え、多くの高齢者・若者に「山の絶景と登る我慢」を体得して欲しいものです。

  


  <土曜論壇> へ誘い!


「異論・反論」

許されぬ!「無頼漢」


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  「土曜論壇」ー8


       <許されざる!『無頼漢』>



 古来「苦言は人の為・・」と云われる。この奥深い「真意」を解する者は多くない。しかし、山口・光市の「母子殺害事件」弁護団の如き、「自己信念の『死刑廃止論』のおしきせ」に看られるような「被害者を逆撫でする行為」は、「知識人」の姿とは思えない。



 先参院選で「HIV」同情により当選した「川田議員」や社民党党首・福島(弁護士)等、「露骨な信念による『死刑廃止』に関する会見」を観るに付け、この種の人種は「被害者の受けた被害」への斟酌が看られず、「無頼漢」その者に思える。


 日本の「治安の要」・「『刑法』の持つ意味と諭し」を解さずの行過ぎた行動は「自己資質」の現れであろうか・・?
 「不都合な真実」あればこその「死刑囚や求刑」であり、「人を殺めれば、己が命を以って贖う」と云う、極めてシンプルな「人間の基本」を逸脱した「己が信念」である事にさえ気ずかずの行動は、厳に戒めるべきであろう。
 

 戦前・戦後の「特攻警察」の時代であれば、「冤罪も確かに無きにしも非ず」の論理は誰しも理解できる。だが、近年の殺人事件における「警戒査察による捜査」及び「最高裁判決」に於ける冤罪の可能性は皆無と云っても過言ではない。

 これらにより、諸外国に看られる「数多くの殺人事件」の類は、「殆ど発生を抑制できている日本」と、大勢は看る。



 先「川田」議員にしても、「厚生省の杜撰な管理」への怒りはあれど、己が信念を表す場合の「大勢の考えを逸脱」する事は、決して許されない事であり、阿部内閣の不肖大臣と何等変わりない「資質」と判断されるであろう。


 人の「痛みや迷惑」を顧みない人種が多くなった事は極めて忌忌しき事なれど、「国会議員」たる役目をしっかり踏まえ、「一部の信念」を顕にする行為は認められないと考える。
 お互いに「将来の日本」の為に行動する事が大切であろう。とは云え、「無頼漢」は排除される運命にある現実を考えて欲しいものである。


 憂うべきは他にもある。「自民惨敗総括」に看られる「旧態依然とした自民党」。不心得者が多く、奢りもここまで進むと「国民の総意」は無視され、カネに終始する残党と化す日が懸念され、、気に掛かる「週末組閣」である。


 

    <NPO青少年厚生文化事業団>



エッセイー「夏休み」


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   <エッセイ>



          「夏休み」によせて!



 「旬」と云う言葉をご存知ない日本人は少ない。だが、近代の若者には「馴染みの薄い」且つ、「文化継承」に及ぶと、一握りの「限られた者」とされる。 今、「旬」が失われつつある。
 「旬」には、それぞれ数多くの「さま」がある。例えば、「女の旬」「男の旬」或いは、「桜の見頃」「萌える緑」「燃える紅葉」etc.



     今回は、様々な「旬」に思いを馳せてみよう!



 色町のありし「江戸時代」以前、「花魁」と云えば庶民には雲上人。とにかく「金」の渦巻く別世界であり、一昔前の「京都祇園」に象徴されるように、「一元様お断り」の界であった。(赤坂も同様) 現在では、男達にとって「女の旬」は全く違った意味合いに受け取られがちで、男と女の「はざま」が判らない状態と云えよう。



 戦後、「女と靴下」に例えられる様に「女性が事の外強くなった」と表されるようになって久しい。昔は、日本の「女性」は「○○の妻」、例えば「秀吉の妻」「青洲の妻」「和豊の妻」など歴史認識の薄いかたでもご存知のとおりであるが、この「○○が妻」と云う表現(良妻の体)は、今や「死語」である。
 


 さて、「政治の旬」は如何であろうか・・。 政治家の旬の変化も見逃せない。阿部政権の「続投宣言」に伴い週末「新組閣」の運びの様であるが、はたして「自浄能力に欠けた自民党」。
 本来の姿が台頭し、戦後レジューム(例えば「派閥主義」)が巾を利かす危険性を大いに孕んでいる事も併せ見逃せない。


 ところで盛夏の候、「イチジク」が旬のようであるが、「女は男を育てる」とされた「ある種の日本文化」は廃れ、今や「女性上位」とさえ思える世の中に変化し、「男女同権」(国会議員の比率の問題あり)は当然ながら「男女平等」に関しては、男・女其々の立場にて「相違する意味合い」を考えなければならない事も忘れてはならない、と思う!



    ☆八月の仏声人語・・・「いのち」を大切にしよう!


      <みどりのオーナー制度・被害者登録>





「槍」紀行ー最終回


山の夢


  「槍」紀行-最終回



  <新穂高温泉→「みどり」の露天風呂>



 ザックがやけに重い。上部には「昨日の濡れ物」が詰められています。乾燥室さえもう少し完備されていれば・・・残念さ、がつい愚痴となる。


 朝食後「槍平小屋」を後にしたのは、午前七時過ぎ・天候は「小雨」でしたが、カッパの上部を脱ぎ「傘」を利用しての下山です。鹿海会長は「傘」を重量制限により持参せず! カッパ姿が暑そうです。(ゴアテックスでも、夏は暑いものです)


 ところどころの沢水にて喉を潤し且つ、顔や頭を冷やす。滝谷下流部の土石流跡を注意して渡り、非難小屋にて「休憩」。 甘いものと煙草を燻らせ「さわやかな山の涼風」?を味わう。(実は「湿った重い空気」でした。)


 多少の上り・下りを越えれば、奥穂高岳分岐・白出沢。「綺麗なトイレ」が設置されていたが、利用することなく新穂高牧場へ。 先行の「京都・大阪」の五名の女性一行が休んでおられたが、我々は「レストラン」のテラスにて「コーヒー」を頂く。
 雨は殆ど気にならない程度にて、幅広の「林道」を新穂高へ向かいラストスパート。と云っても速度に変化無く、黙々と歩く。



 約六時間、ロープウエイが視得た。ホテル「穂高」は目の前です。フロントへ「立ち寄り湯」のお願いをして、「露天風呂」へ。見渡す限り緑の中にイオウの香りが漂う。穂高の「出で湯」に身を任せ、三泊四日の「槍紀行」を振り返る。すばらしい湯「硫黄泉」、疲れが洗われる様で「身も心も、元気回復」を実感する。 ありがたや!


 遅めの軽食後、濃飛バスに揺られ平湯温泉を経て「JR高山」へ到着したのが、午後五時前、「飛騨牛の駅弁」とビールを買って「特急・オーシャンビュー・ひだ」・「新幹線・ひかり」と乗り継ぎ「京都」へ無事帰還しました。


 今回の「主目的」・「槍の穂先」も征服し、「写真」も沢山。満足出来る「登山計画」だった。・・・と考えています。


 ☆ホテル・穂高=http://www.okuhi.jp (0578-9-2200) 単純硫黄泉



 尚、これからの「高山」は、「雷と台風」が強敵です。気圧の状況に注意され、楽しい「山歩き」をお楽しみ下さい。


 余談ながら、高山より名古屋まで「宮崎県」よりやはり「槍」へ!西鎌尾根より挑戦し悪天候の為「槍の穂先」に登れず、残念がっておられた方へ写真だけでもと思い、聞かれるまま「住所メモ」を渡しましたが・・・。「本物の山屋」では無かったのかな・・・?



 ☆今月は「当会会長お勧め」の低山、「三尾山」へ! 来月の「薬師岳」が楽しみです。 また、お尋ね下さい。



   <「被害者の会」事務局のお知らせ>





「酢」の効用!

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本文はここから

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 夏バテは「水分不足」が大部分です。解消法は色々と云われますが、「らっきょ」を漬け込んだ「酢」を20CCづつ食膳に試して下さい。
 ニ・三回で、食欲が回復しますよ! おばあちゃんの「智恵」で、受け売りです。

「確認」が大切!


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知ってシリーズー27



    <「確認」の大切さ!>



 当・青少年厚生文化相談センターに「NOVA問題」以来、相談が耐えません。喚起を促す意味で「確認」の大切さ!を配信します。(6/1特商法違反処分)



 現在「英会話」に関し、仕事上の必要性が求められるケースが多き事は理解できますが、「外国語教室」との契約は「事前の見学と体験入学」や「前払いと長期契約を避ける」事で、ある程度の「危険負担」が解消されると考えます。以下、その「選び方」と「国による給付制度」など、消費生活センターを含む多くの相談内容を精査の上、注意点を探ってみました。



 ☆ 「外国語教室」の選び方→ 資料を集め「じっくり」考えて行動を!


 1、自分の目的と合致するか、実際に見学して「複数」より選択する。

 2、授業料の支払方法や欠席の場合のフォロー体制の確認。

 3、中途解約の条件と返金に関する規定。

 4、契約内容の「第三者」による記載事項の確認。
 

 ☆ 給付対象(非常に狭き門ですが・・)


 厚労大臣指定の講座の受講開始日以前に、雇用保険の被保険者有資格者。(通算3年以上)これの加入期間が、3年以上の者は上限十万円さらに、5年以上は上限二十万円の給付が受けられます。自分が有資格者か否かは、お住まいの「ハローワーク」にて照会が可能です。


 ☆ 「指定講座」の検索


 中央職業能力協会・・・http://www.javada.or.jp/  にてお調べ下さい。


 ☆ 「トラブル」相談は・・・


 国民生活センターは・・・http://www.kokusen.go.jp/ ですが、「訴訟問題」は「費用と時間」が必要になります。その為に、受講希望者が「失う金員」が日本全国で数億円に達するそうです。 大切なお金を溝に捨てる事が無いよう「確認」と「自己責任」を考え、あなた以外の家族や友人に相談し、その後に行動されますよう進言し
ます。(即断は厳禁です)



 ☆自治体の「消費者保護条例」では、大阪市の調停打ち切りの如く、十分な対処は不可能です。(最高裁の判決が下るまで、訴訟での対応しか方法はありません。)


  ☆八月の仏声人語・・・「いのち」を大切にしょう!


    <「緑のオーナー被害」事務局>


 



たまには・・「回想」!


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  閑話ー「集団死」に思う!


 

    「終戦記念日」



   <忘れまじ!6・23「慰霊の日」>




 住民の証言は重みがある。日本軍による「集団死」の事実は否定できない。沖縄県・糸満市摩文仁(まぶに)にある「平和祈念資料館」館長・宮城 智子氏の意見に私も同感である。



 今年の「慰霊の日」を前にこの事実が曲げられようとしていた。今年度の「教科書検定」で「日本軍による集団自決の強制」と云う記述が削除された事に、「事実に反する」として沖縄各地の市町村議会や県議会にて「検定の撤回」が可決された。


  どうも、「タカ派の安部首相」の考えは一向に理解出来ない。



 沖縄の日本軍は、1944年11月「軍官民共生死の一本化」の方針を出し、本土決戦の時間稼ぎのため「鬼畜米軍」を出来るだけ長く足止めする作戦を執った。その為「沖縄の一般国民」は「捨て石」とされ、陣地の構築や戦闘にも根こそぎ「沖縄戦」に動員、そうした「異常な状態」での集団自決であり「日本軍無関係」と云うのは、やはりおかしい。


 「集団自決」が主に起きたのは、米軍が最初に上陸した「慶良間諸島」で、犠牲者は700人と記述され、この「三ヶ月の沖縄戦」での犠牲者は20万人を越えると教科書か何かで学んだ記憶がある。


 戦後、「集団自決」が日本軍に強いられたものである事は、疑いようの無い事実であろうと思慮する。その証拠に、「集団自決」を謀った時の傷跡が残る人の写真や、まして、軍人でない「女性や子どもや老人」が責任を取る事は有り得ないし、「投降者は銃殺」などの恫喝一つを看ても、「日本軍の強制」が「揺ぎ無い事実」である事は疑う余地がない。



 安部首相の「天皇崇拝」は、「戊辰戦争」以来の家訓であろう。が、重要な証言を無視して「教科書の記述」を変更する事は許されない。 歴史とは、先、米国の下院議会でも問題視された「慰安婦強制連行」と云い、個人的な考えにてその史実が変更される事は有ってはならないと考える。


 史実を直視し、過去を教訓とする事こそ現代に生きる「人間」として大切な事であり、決して「忘れてはならない」大事と思う。




 この首相の「改憲論」(集団的自衛権・九条)には、国民投票が三年後「法整備」されても、従う意志を持たない多くの国民のいる事を知らしめたいと考える。



   ☆八月の仏声人語・・・「命」を大切にしょう!


        <コラムへの誘い>



「呼吸法」-健康!


山の夢


  閑話ー「呼吸法」による健康



        <癒しの「座禅」>



 殺伐とした現代「心と体」のバランスが崩れ、心身症を病む人の増加が懸念されています。近年、子どもの虐待に走る親や子どもが「我慢する心」を失いつつある「忙しすぎる現代人」にとって、「座禅」がお奨めです。



 「座禅」とは・・釈迦(釈尊)が悟りを開いた時の「修行法」と云われています。釈尊は、紀元前463年・ネパール南西部ルンビニーで釈迦族の王子として生まれ、本名はゴーダマ・ジッダールタと云い、「仏教」を開いた人物とされています。

 「座禅」の方法については、それぞれお調べ戴くとして、今回は「座禅会の情報と効果」について、経験と見聞きしたことを綴ります。



 静寂に包まれた禅堂にて、約30分足を組み、腰を伸ばして両膝と尻の3点でバランスをとり、掌を重ね親指を合わせてヘソの近くに置く。 雑念に襲われるが、その時は「合掌」して待つと、僧より「警策」(けいさくと読む。木製の板)で両方の肩が叩かれる。


 要するに、「座禅」とは・・「調身」「調息」「調心」と云って「姿勢と息心」を整えるものとされます。通常の座禅会で一度や二度座っても集中することは難しく、心と体はバラバラで、足はしびれ呼吸も速く、「無になる」感じなど掴めないでしょう。



 私は35年前に3泊4日で高野山・「阿字観講」に参加し、掃除や雑巾がけなどの「修行」のまね事から始め、数年に一度「禅堂」に座って「心身の統一」を図っていますが、未だその域には達していません。

 しかし、参加した方の残された「綴り書き」を覗き見ると、「全身がスッキリした」や「不安と不眠が治った」さらに、「精神的に楽になった」などの走り書きが多く視られます。


 私の場合は、「僧の説教」が聞きたくて「座禅」を知りましたが、我NPO団体のボランタリー医師の話での「座禅の効果」は、「人間にとって正しい呼吸法を行うことは大切で、呼吸法が正常であれば『皮膚温』が上がり、血流が良くなる。さらに、息を吸うとき交感神経が、吐くとき副交感神経刺激され(緊張と弛緩)、身体のバランスがとれて『不安や緊張』が和らぎ、血圧の安定が図れる」と教えられた記憶があります。


 確かに、ヘソ下の「丹田」(たんでん)と云うツボを意識して腹式呼吸を覚えるだけでも、精神と身体の健康に役立ち、お金のかからない「ダイエット」にも効果があると云われます。


 皆さんも、心身が疲れたとき或いは、自分を取り戻したいときに、「座禅」をお試しになっては如何でしょうか・・・。


      <座禅情報>


 http://www.engakuji.or.jp  (神奈川・鎌倉市ー円覚寺)
 
http://myoshin-zen-c.jp  (東京禅センター)
 
http://sotozen-net.or.jp (曹洞宗公式サイト)
 
http://rinnou.net  (臨済宗公式サイト)


 ☆八月の仏声人語・・・「いのち」を大切にしよう!


    <許されざる「林野庁・原野商法>






「ある社説」に思う!


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   現社考ー「ある社説」


         <分権改革>



  伊藤忠商事の会長・丹羽 宇一郎氏を委員長とする、安部政権の「地方分権推進委員会」が発足した。地方分権を進めて行く具体策を内閣に勧告し、法律改正を促すらしい。


  前・小泉首相の「三位一体の改革」は、霞ヶ関の抵抗(各省庁が「権限」も「財源」も手放さず、結局数字合わせの結末)により、政府の「補助金」を廃止し財源ごと自治体に移す「地方分権」を目指したが、改革は頓挫した状態にある。



  さて、安部政権に引き継がれた「三位一体」の改革が、ほんとうに「本来の目標」どおり進展するか否かは首相のリーダーシップが問われ(省庁の既存権益を打破する必要あり)、霞が関との攻防が楽しみである。つまり、この国の政治は「政府」が決定し行うものであり、戦後の「バカ議員」(一部)が霞が関の役人をのさばらせた結果に終止符を打つ時が「今」なのであろう。


  この「地方分権推進委員会」には、道路公団分社化に努力された猪瀬 直樹氏を含め「七人の侍」の構成らしいが、郵政や道路公団の「二の舞」は避けて欲しいものである。その為にも、首相のリーダーシップは重要なファクターに違いないが、国民に対し首相自ら「何の為に、なぜ分権しなければならないか」を判り易く説明し「世論の力」を借りなければ、この改革の成功は覚束ないだろう。


  さらに、現在の「自治体」は財政難を理由に「福祉や最低限の公共サービス」を切り詰める所が多い。ぜひとも進めて貰いたい「重要案件」であるが、霞ヶ関のキャリア(責任の取り方すら覚束ない人種)達は、徒党を組んで抵抗するであろう。政府は、国民の総意に基づいた「地方分権推進」の為にも「権限と財源」を移譲し、自治体の自治体による且つ、住民の為の効率的でさらに、親身な公共サービスを実現させて欲しいものである。・・と。



  久しぶりに「的を得た」本物の「社説」に出会った気がする。ほとんど「原文」ですが、皆さんには如何に伝わったでしょうか・・・?


 ☆八月の仏声人語・・・「いのち」を大切にしょう!


   <更新コラム> お尋ね下さい。