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スカッシュコーチGのブログ

スカッシュコーチの悲哀を綴ったサクセスストーリー
になるはずが、いつのまにやら禅の道に迷い込み・・・


光明禅寺

先日、福岡の太宰府天満宮の南にある、臨済宗東福寺派 光明禅寺に偶然?行くことができました。

最近はなぜか、行くところ行くところに禅寺あり!といった巡りあわせが続いています。 何かに引き寄せられているかのようです。 東福寺派というのも、先月、京都の大本山東福寺に行ってきたばかりなので、そことつながったというのもまた縁だなあと。。。

さて、ここの禅寺、まあ質素です。 天満宮を陽とすれば、まるで陰の世界です。 
前庭と裏庭に本堂がはさまれた格好になっているのですが、その本堂が何の飾り気もなく、唯一、本尊薬師如来像が、凛として坐しているということぐらいです。

普通、禅寺の本堂というと、天井から金色の天蓋がつるされているのですが、まったくそのようなものはなく、本尊の前にも、経台や飾り物もありません。

その質素さ故か、薬師如来と対峙したとき、何かこれまでにない感覚がざわつきました。 なんと表現したらいいのかわからないのですが。。。とにかくそのお姿と対峙していると、高揚感がわきあがるとでもいうのでしょうか、仏像を見てこんな感覚になったことがない、というほどのものでした。

裏の枯山水の庭は、「一滴海之庭」というそうで、また紅葉の名所と言われているとのことでしたが、すでに散り始めでした。

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この庭を前にして、少し坐してみようと思い、縁側の隅で、10分ほど座ってみました。 先月の総持寺参禅の効果か、10分足らずでも、スッキリしました。 なんか、少し座るコツのようなものがわかりかけてきたかなと。。。

坐禅後は、ほんとに樹木や空、雲などが、すっきりくっきり見えるんですねえ。せせらぎの水音さえキラキラしてきます。 

まもなく今年も暮れようとしています。  そんな「動中静あり」の旅でした。


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不思善不思悪(ふしぜんふしあく) 良いことも考えるな。悪いことも考えるな。そもそも、善悪、正邪など、対立的にものごとを考えるから、いけないのだ。

二分して考えれば、かならず、どちらかに心奪われる。対立的な考え方に心奪われることなく、ものごと、出来事、そして、人も、本来あるがままに見よ、という教えである。

こうした考え方から、「無分別」という言葉が生まれた。無分別というと、「分別がない」「聞き分けがない」とネガティブな意味合いに聞こえるが、本来は「無分別」こそ、悟りにいたる考え方なのである。

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現在の言葉に置き換えれば、「こだわるな」ということになろうか、考えすぎていいことはひとつもない。やってしまったことを悔いてもしかたがない。かといって、一寸先は闇。先のことを心配してもしかたがない。

いまやるべきことを一所懸命にやる。結果はともかく、それが最善の生き方へとつながっていくのである。


「善悪」「正邪」に分けずにみる

「禅の教えがやさしくわかる本」 より




道元禅師の「正法眼蔵」にある言葉です。

「仏道をならうというは、自己をならうなり。 自己をならうというは、自己をわするるなり。 自己をわするるというは、万法に証せらるるなり。 万法に証せらるるというは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり」

自己はそのまま仏性であり、仏なのだ。 したがって、仏道は自己をならうことであり、ならいつくしたところで、仏と一致するのである。

ならう方法とは自分をわすれること。 「私の」「私が」という「我」を捨てることだと言っています。 「仏道とは自分を捨てることであり、捨て切ったとき、仏と一致する」 道元禅師は、禅のあり方をこう言い切っています。

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この言葉に登場する「他己」とは、「自己と他者」と対立したものと捉えるのではなく、「仏道をならい」「自己をわすれる」(捨てきる)と、他者も自己も、仏という点においてはまったく同一の立場になることを言っています。

禅宗以外の仏教宗派は、「仏道をならうとは教えに帰依することである」という足し算の手法をとります。 様々な教えを身に着ける(足していく)ことで仏になれると教えています。

これに対し、禅宗は「自分を捨てる」 引き算の教えであるといえます。 具体的な方法としては、身心を調え、坐禅をし、心の引き算をする。 社会的な立場や財産、学歴、家庭、いろいろな人間関係のしがらみをすべて捨て、すっからかんの境地にいたれば、自ずと心は乱れなくなるということを教えています。


自分を捨てて、何も残らない状態が仏

「禅の教えがやさしくわかる本」 より


昔、中国のある詩人が、都会での生活を離れ、山の奥に分け入っていきました。
気持ちのよい風が吹き、その風が松の枝を揺らし、美しい音を立てています。
さらに山の奥へと進んでいくと、谷川があり、清らかな川が流れています。

「俗世間から離れて、自然が豊かな場所でのんびりしていると、なんとも気持ちがよくなってくるものだ」と思い、詩人がいった言葉が次のものです。
「百年の愁い忘却す」

「長年、私を悩ませてきた問題などすっかり忘れ去ってしまった」という意味です。この言葉は、禅の世界でもよく用いられます。
悩み事があると、夢の中でも悩んでしまうことがあります。ですが、そんなときこそ、いったん悩みから遠ざかってみなさいというのです。

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「いったん遠ざかる」とは、たとえば、人間関係がこじれている相手とは、しばらくの間、会わないようにするということです。
会わないのが難しければ、なるべく関わらないようにしてみます。そうすることで冷静になり、状況を客観的に見直すことができるのです。

お互いに感情的になり過ぎていたことに気付いたり、冷静に解決策を考えたりできます。相手が、自分にとって、とても大切な人であることを再認識することもあるでしょう。

また、仕事で悩みがあるのなら、いったん仕事のことは忘れて、旅に出るなどして気ままに遊んでみるのです。新鮮な視点で、いい解決策を見出せるはずです。


悩み事から、いったん遠く離れてみる


「いいこと」がいっぱい起こる!禅の言葉より


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京都五山 臨済宗 東福寺

この時期は、あちこちのテレビで中継される絶景スポット。

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特別公開の龍吟庵。
昇龍と雲を表したという、石庭。
落ち着きます。

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「水急(せわし)くして月を流さず」という禅語があります。
「川の水は、せわしく流れていきますが、水面に映る月の影を流していくことはありません」という意味です。
「せわしく流れる水」は、世間を象徴しています。
「流れていかない月影」は、自分自身の心を表わしています。

この禅語は「世間がどんなに慌ただしく移り変わっても、それに巻き込まれて自分の心まで慌ただしくしてはいけません。落ち着いた、ゆとりのある心のままでいてください」と教えてくれます。

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現代は、いつもなにかと騒がしい。年が明ければ初詣に長蛇の列ができ、年始のバーゲンが始まり、バレンタインデーやホワイトデーといったイベントが、目白押しです。CMやイベントにのせられて、休む時間や食事を削ってまで、長蛇の列に並んだり、チョコレートを買いに走ったりと、時間とお金をつぎ込んでいる人も多いようです。それが本当に心から望んでのことならいいのですが、世間の雰囲気に流され、周りに取り残されるのが嫌で、なんとなくそうしているなら、それはストレスになります。

いくら毎日忙しくても、たとえば、「昼休みはしっかり1時間とる」など決めてみてはどうでしょう。デスクで仕事をしながらサンドウィッチをかじるといったことを続けていれば、心はますます慌ただしくなっていくばかり。

意図的に世間の流れから一歩距離を置く時間を持つことが大事なのです。



「流されない時間」を作るんです。

「いいこと」がいっぱい起こる!禅の言葉より




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曹洞宗大本山 横浜鶴見 総持寺、一泊坐禅!三昧してきました。(^人^)

1回40分の僧堂での坐禅。計6回、合計4時間((((;゚Д゚)))))))

やり通しましたあ (T ^ T)

今回は、宇宙(ソラ)をみましたあ d(^_^o)☆彡

これまで、坐禅中に、霧とかモヤとかはみてましたが…今回は、モヤが晴れて、まず、星空が現れ、星が流れ、成層圏を離脱し、大気圏外に ☆彡

眼下に、成層圏、その上にあまたの星。やがて、星が流れだし、ワープ状態 (^_-)-☆ きましたね~ 「成ったな」です。p(^_^)q

総持寺坐禅、二年目にしての、快挙?です。来てよかった。合掌 (^人^)




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ふだんは偉そうなことを言っているのに、イザというときに、まった役に立たない人がいます。
一方、ふだんはあまり目立たない存在なのですが、絶対絶命のピンチに立たされたときには、それまで秘めていた実力を発揮して、大活躍する人もいます。
禅では、後者のタイプの人を賞賛しています。

「事難(かと)うして 方(まさ)に見る丈夫の心」という禅語があります。
「事難うして」とは、「困難につきあたったとき」という意味。
「困難な状況においてこそ、その人の真の実力がわかる」というのが、「方に見る丈夫の心」の意味です。

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いってみれば、映画「スーパーマン」の主人公クラークケントのような存在です。彼は、日頃はいたって平凡な冴えない男ですが、危機が迫るとたちまちスーパーマンに変身して本来の力を発揮し、大活躍して平和を取り戻します。
彼は、物語の中の存在ですが、現実の世界における「できる人」も、本質はにたようなものです。

逆にいえば、あなたの実力が本当の意味で試されるのは、ピンチのときです。
危機的状況を乗り越えるには、近道も裏技もありません。ただ、日々コツコツと積み重ねてきた努力だけが唯一通用するのです。
ふだんから、実力をつけるべく、精進しておきたいものです。


ピンチをチャンスに変えるのは、日々の努力


「いいこと」がいっぱい起こる!禅の言葉より