スカッシュコーチGのブログ -36ページ目

スカッシュコーチGのブログ

スカッシュコーチの悲哀を綴ったサクセスストーリー
になるはずが、いつのまにやら禅の道に迷い込み・・・

気持ちが落ち込んでいる時や、物ごとが思い通りにいかないときには、何をやってもダメだという気がして、何ごともネガティブに考えてしまいがちですね。

そんな時こそ、物ごとのいい面を積極的に見ようとするポジティブ思考で気分を変えたいものです。

ところが、これもいき過ぎて「絶対に、ポジティブ思考をしなくちゃいけないんだ」と思い込んでしまうと、かえって逆効果になる場合もあります。

気持ちがふさいでいるときに、どうしても物ごとのプラスの面を見ることができない自分を責めれば、さらに落ち込んでしまうことになります。

そんな時には、元気が出てくるまで、トコトン落ち込んでみた方がいいのです。

$スカッシュコーチGのブログ

覚えておいてほしいのは、ネガティブなものに「気づく」ことと、ネガティブ思考を「する」ということは違うということです。

ネガティブ思考とは、物ごとのマイナス面に気づいた時に、それをよくしていこうとせずに「そうなったのはすべて自分が悪いんだ」「それを変えていく力は自分にはない」と自分を責めたり「すべてはあいつが原因だ」と犯人探しをしてしまうことにあるのです。

たとえば、不注意な言葉を言ってしまって友達を傷つけてしまったとしたら、そのことに気づいたり反省することは決してネガティブ思考ではありません。

そこで、なんて自分はダメなんだろうとか、そんな受け取り方をするあいつもあいつだと、考えてしまうことこそがネガティブ思考なのです。

$スカッシュコーチGのブログ

そんな時には別の道として、相手に謝るとか誤解を解こうと努力するとか、自分のできることをしていくことはできるでしょう。
 
もしも、どうしても相手が許してくれなかったとしたら、自分としてはできるだけのことをしたのだから、それも一つの学びとして、今後の人生に活かしていくことができます。

仕事や勉強が好調なときには、そのまま楽しんでいけばいいし、失敗や不調を感じた時には、そこで立ち止まってみればいいのです。

そこで何かを気づいて、自分ができることをやってみようと意識していくことが、本当のポジティブ思考なのです。

                          癒しのことば


何かうまくいかないことがあったとき、私たちが取る態度には二つのパターンがあります。

一つ目は、その責任は他人にあると思うことです。
誰しも、自分の失敗や欠点を認めることは、なかなかできないものです。それよりも他の誰かのせいで、こうなってしまったんだと思う方がズッと楽なんですね。

友達と少し遊び過ぎてテストで悪い点を取ってしまった学生がいたとします。

そんな時「勉強しようと思ってたのに、仲間が誘惑するからこうなってしまったんだ…」「こんな問題を出す教師が悪い」などと、その責任を誰か他の人に求めると、心は軽くなるように感じます。

また、その結果に対して反省する必要も感じないので、とても楽ですよね。

$スカッシュコーチGのブログ

だって、そうなぅた責任のある人が変わってくれなければ、いくら自分ががんばっても、どうしようもないのですから。

ただし、そんな態度は、自分の人生を何もかも他人任せにしていることになってしまいます。

もう一つの態度は、何が起ころうとも、すべては自分の責任だと思うことです。

そうすると、自分の生きる世界は、自分が創り出したものと信じることができるのです。
どんなことが起ころうと、すべては自分の責任なのですから、もし納得がいかない結果ならば、それを自分の力で良くしていこうという意欲も生まれてきます。

テストで思わしくない点数と取ってしまったとしたら、ちゃんと授業を聞き、もっと勉強に身をいれるだけです。

ただし、これはある意味でとても苦しいことかも知れません。そのために努力をしたり、自分の欠点などにも目を向けなくてはならないからです。

$スカッシュコーチGのブログ

それに、自分の力を信じることができないと、責任はただの重圧になってしまって、自由を失ったように感じることにもなりかねません。

でも、その時は、そんな結果を創りだした自分が責任を取るのです。あきらめて投げ出したり、原因を他に求めたくなるかも知れませんが、そこで苦しみを感じたのは、自分が責任をとろうとしたからなんですよね。

それを認めてあげましょう。それだけで自分の世界が大きく変わったということに気づいてください。

責任をとるということは、自由や他の何かを失うことではありません。それどころか、自分の思うような世界を手に入れることにつながるのです。

                          癒しのことば

「他は是れ吾にあらず」一見、他人は他人、自分は自分という、いかにも利己的な感じがするが、他人のことは返りみないということから、この言葉が生まれたわけではない。

自己の道を求めて歩み続けている時には、いかなることも、まず自らが行って自己の修養をつまなければならない、まさに修行の道。

自己を見つめ、そして鍛え上げられていくことによって、他人にこれを思い巡らすことができるようになる、というのが一般的な解釈。

$スカッシュコーチGのブログ

私の解釈は、他人と自分を比較する、他人をねたむ、他人を卑下する等々、人は何かと周りのことが気になり、それに喜怒哀楽の心を持って、怒り哀しみ悩むというのが常である。

しかし、それは他人と自分との違いを、自分の判断基準で比べていることから発するのである。この判断基準(例えば良い悪い、好き嫌い・・・)は自分の心が造り出しているに他ならない。

自分の心にある煩悩(欲)から解き放たれることができれば、他人と比較すること自体、意味の無いことになるのである。それが、今私が思う「他は是れ吾にあらず」の我流解釈である。

近頃、何かにつけこの言葉を思い出しては、自分の心の平静を形成する訓練をしている昨今なのです。Gでした。。。
昔は、こうだった…以前は、このやり方でうまくいったんだなどと、過去のことにこだわっている人は、今となっては役に立たない過去の荷を背負って歩いているようなものかも知れませんね。

また、過去の失敗にとらわれて、なかなか前に進めないという人も、肩に担いだ大きな荷が邪魔をしていることがあるようです。

よく考えてみると、過去にとらわれたり、こだわっている時には、本来の自分を見失っていることが多いのではないでしょうか。

$スカッシュコーチGのブログ

「今」を生きていないから「過去」のことにこだわってしまう。もし「今」が充実しているのなら、余計なものまで担いでいる余裕もなく、目の前にあることに全力でぶつかっていることでしょう。

だったら、「今」を充実させるには、頭で考えているよりも、とにかく自分の目の前にあることに力をつくすことなのではないでしょうか。

自分に与えられた仕事でもいいし、家庭の役割でもいいし、とにかく目の前のことに力を注いでみるのです。

$スカッシュコーチGのブログ

やりたいことがあれば、とにかくやってみる。できるかどうかわからない時でも、できると思ってやってみる。

それが「今」を生きる気力を充実させ、毎日を生きぬくコツなんじゃないでしょうか。

「でも、私は何をやってもうまくいかなくて…」もしそう思ってしまったとしたら、いつまでそんな過去の荷を担ぐつもりですか?

過去の荷を手放して身軽になって「今」この道を一歩一歩、歩いていきましょう。それが、明日につながる道なのですから。

                    休日であろうEbiさんに贈る。G
ある経営者は、社員を採用するときには能力の差などはあまり気にせずに、どれだけやる気があるかを見て決めるということでした。

そのやる気があるかどうかを見極めるコツは、どれだけ自分のことを評価しているかということだそうです。

もちろん仕事の好き嫌いや向き不向きもありますので、一概には言えないようですが、その人に向いていて、好きなことならやる気があって当然でしょう。

でも、仕事となると、いつもそんな自分の好きなことばかりもできません。そんなときに、自分自身を認めている人は、そんな環境やまわりの人の影響をあまり受けることなく、いつもベストを尽くすことができるのです。

$スカッシュコーチGのブログ

そして、自分を認めているかどうかということは、どれだけ自分の評価基準を持っていて、それに従って努力できるかということに関係しているのです。

確かに私たちは、自分の好きなことをしているときは楽しくて気分が乗りますし、周囲の人が認めてくれていると感じると自信を持ってがんばっていくことができます。

でも、自分の評価基準をすべてそこに置いてしまったとしたらどうでしょうか。
自分
の嫌いなことはしたくないと感じたり、他人から認めてもらえないとやる気も出ないということになってしまいますね。

ましてや、いろいろな人が働く会社のなかでは、いつも理想的な環境で仕事ができるとは限りません。むしろ、厳しい状況の場合の方が多いんです。

そんな時、自分の評価基準をはっきりと持つことが肝心になってくるのです。

私たちが本当に仕事から得たいものは、自分が成長することや満足できる自己評価なのではないでしょうか。けっしてまわりの評価や出世が第1目標ではないはずです。

これは仕事ばかりではなく、自分のしていることやその結果に、自分が満足を感じることができれば、自分自身の評価は高くなります。

$スカッシュコーチGのブログ

すると、それをすることが楽しく感じられ、ますます自信に溢れてどんどん自分の道を進んでいくことができるのです。

それには、まわりの環境や他の人に影響されずに、自分の評価基準に従って自分なりのベストを尽くしてみるように心がけることが大切なのです。

まわりの環境や他の人をコントロールしようとすれば、結局は「自分がそれにコントロールされる」ことになってしまいます。

私たちがコントロールできるのは、自分の気持ちや自分の成果をどれだけ理想に近づけることができるかということだけなのです。

                          癒しのことば
たとえば「自分はみんなから嫌われているのではないだろうか…」「ふつうは、もう結婚している歳なのに…」などと考えて、悩んでしまうとします。

でも、いったい『みんな』って誰のことなのでしょうか?

自分が嫌われていると感じたのは、無視されたり、避けるような行動を取る人がいたからかも知れません。

それを気にしていると、「この人も私を変な目で見ている。そういえば、あの人も何となく冷たいような気がする」と、どんどん想いが広がっていくのです。

$スカッシュコーチGのブログ

仕事などで失敗をしてしまうと、まわりに白い目で見られているような気がするものですが、実際は、自分が落ち込んで心を閉ざしているから、そう感じるだけのことが多いようですね。

また、本当に自分のことを嫌っている人もいるかも知れませんが、これはどんなに立派な人でも、みんながみんな好かれているわけでもないのです。

自分の思い違いや、何人かのウマが会わない人。それが『みんな』の正体なのではないですか。

また、『ふつう』ってどんなことなんでしょうか?

この世には、いろいろな人がいて、いろいろな価値観や個性を持って生きているのです。『ふつう』とは、その最大公約数的な要素を指して言っているだけのことなのですね。

でも、未だに多くの人は「受け入れてもらうためには、『ふつう』にならなくてはいけない」と子供の頃の思いを引きずっているのです。

$スカッシュコーチGのブログ

『みんな』と同じように、『ふつう』の仕事をして、『ふつう』の生活をして、『ふつう』の結婚をして…でも、『ふつう』になるために仕事や結婚をすることが、本当に大事なことなのでしょうか。

それよりも自分自身の個性を受け入れ、それを活かすことのできる仕事や結婚をすることこそが、その人の幸せにつながるのではないでしょうか。

自分が『ふつう』ではないということよりも、『ふつう』にならなくてはという焦りの気持ちの方が、本当は問題なのです。

私たちが目指すべきもの、それは『みんな』や『ふつう』とは違っている自分自身という、この世にたった一つしかない存在なのではないでしょうか。

                        癒しのことば
あなたは、自分のことを「気が弱い」「でしゃばり」「いつも受け身」などと思い悩んでいませんか。

これは、見方を変えると「慎重な性格」「リーダーシップがとれる」「人を支える縁の下の力持ち」ということを言っているのだと思いませんか。

あるいは自分の「辛かった体験」「うまくいかなかったこと」「普通で平凡な毎日」を何の意味もないことと考えていませんか。

これだって、誰かの役に立つことがあるはずです。その体験で、勇気づけられたり、生き方の目標を与えられたりする人だっているかも知れません。

$スカッシュコーチGのブログ

どんな人の経験や人生でも、それを必要としている人がいるのです。

価値がわかる人の手に渡ったとたんに、本当の価値が現れるように。あなたという人、あなたの体験、あなたの人生の本質は、本当は光り輝く金よりも、実用的な鉄よりも意味のあるものなのです。

何よりも、今のあなたという存在を作り出したのですから。もし、自分には価値がないと思っている人がいたら…生まれ変わりましょう。といっても、別の人に変わってしまうわけではありませんよ。

より自分らしく生きていけばいいのです。あなたの人生は、あなたが決めるのです。

価値を見るか、見ないか。

あなたの人生に必要なことは、ただ、あなたは『できる』ということが見えるかどうかだけなのです。

                         癒しのことば

サラリーマンをやってると必ず遭遇する事態、それが人事異動なんですね。その中でも厄介なのが昇進です。今回そんな憂き目?にあったとある人に送った課長のタイプというメールです・・・

課長という役職をやっている人には二つのタイプがあります。

一つ目は「そこの現場生え抜きの何でも知っているタイプ」二つ目は「そこの現場をほとんど知らないタイプ」です。先に言っときますが、私は後者です(笑)

二つのタイプの特徴を解説しますね。
一つ目の生え抜きタイプは、そこの現場の業務や人のことに精通している、いわゆる叩き上げですね。私の職場にも、そのものズバリという人が沢山(驚)います。

このタイプによくある例は、自分で何でも出来るから、つい部下のやることにいちいち口出ししたり、あげくに自分でやってしまうということです。

$スカッシュコーチGのブログ

このタイプの課では、部下は課長になんでも委ねるか、はたまたうっ憤が溜まりかねないんですね。課長がなんでもやってしまうから、部下が考えずに課長に委ねる、また自分の考えが課長に通らないから不満がたまる、とかありがちなんです。

二つ目のタイプ。例えは悪いかも知れませんが「雇われママ」みたいな感じでしょうか(大笑)

私の例でいうと、これまでいろんな部署に行きましたが、現場の実務は全て課員に一任して、部下の思う通りにやらせます。そりゃあ現場が一番実務を知ってます。

じゃあ課長は何するの?ですよね。ズバリ「責任をとる」ですね。部下の起こしたミスや失敗の責任は自分がとる、といった宣言をココぞという時にするんです。

雇われママを引き合いに出したのは、ママの仕事はホステスさん達の労務管理にあります。

ママはホステスさん達の日頃の接客ぶりをみながら、個々人の長所短所を見極め、お客さんにあわせて、相性の良いホステスさんを配置します。

$スカッシュコーチGのブログ

また、担当ホステスさんを全面に出しながら、ちょっとした気配りでホステスさんの接客がやり易い環境を作ったりもします。

なんのこっちゃ?と思うでしょうが、部下の一人ひとりの特性をつかみ、長所をどう伸ばしてあげるか、どんな仕事をやってもらうかという人の配置と仕事の配分をマネージメントする、それが課長の仕事です。

もちろん、初めての部署では、仕事も人の把握をするにも時間がかかります。それには人をよく見るということ、また部下からの報連相をよく聞くことで、その人の考え方や特性を、いち早く掌握することです。

現場のことは追々わかってきます。ポイントは、トラブルが起きた時にこそ、その現場を知る、人を知るいいチャンスだということです。

自分が全てのことに精通する必要はありません。それは担当者を信頼して任せましょう。課長がやることは、人のマネージメントと責任をとること、それだけです。

雇われ課長Gでした。。
よい人間関係を築いている人は、心が前向きで充実していることが多いようです。

自分独自の世界を持ちながら、心も充実している人もいるでしょうが、そんな人こそ、多くの人を惹きつける魅力を持っていて、静かだけどいい人間関係を持っていることが多いようです。

そして、人間関係をよくしていく秘訣とは、他人をあるがままに受け入れるということに関係しているということです。といっても、そう簡単にはいかないですよね。

自分とウマが合う人や、その人のいい面を受け入れることは誰にでもできますが、欠点や短所などもひっくるめて受け入れるとなるとどうでしょう。

$スカッシュコーチGのブログ

だって、自分の欠点や短所をわかっていながら、なかなか改善できないのが私たちなのですから。

それに、実は他人を受け入れられるかどうかのカギは、自分自身を受け入れられるかどうかにかかっているのですから。

自分に思いやりを持っている人は、他人にも思いやりを持つことができます。自分の欠点を許さない人は、他人の欠点も許すことができないものなのです。

また、自分をいつも責めたり、攻撃している人ほど、他人のことも責めてしまうことが多いようです。そんな時、完全に自分を受けいれている人なら、また違った反応をしているのではないでしょうか。

その人の言葉が、不注意や根拠もない自分の考えによってのものならば聞き流すことができるでしょうし、もし一理あるのなら、自分の欠点に気づかせてくれたことに感謝できるのです。

$スカッシュコーチGのブログ

でも、自分をあるがままに見ていないとしたらどうでしょうか。そのことばは、自分に対する侮辱や攻撃として捉えてしまい、落ち込んだり反撃したりしてしまうのです。

あなたが道を歩いていると、急に人が飛び出してきました。先を急いでいて、気がせいていて、自分を見失っていて、その人のことを、邪魔な奴と思ってしまうでしょう。

でも、ちゃんと自分を受け入れ、心に余裕を持って歩いていたら、どんなに急いでいたとしても、目の前の人にいきなり噛みついたりはしませんね。

自分をあるがままに受け入れるとは、自分の道を歩くことを楽しむことにつながっていくのですね。

                       癒しのことば
マーフィーの法則にこんなのがありました。「いい人には2種類ある。都合のいい人と、どうでもいい人である」

相手に合わせてばかりいて「あの人のためを思って…」「こうすることが、みんなにとって良いだろう…」そんなことを、自分が行動するときの判断基準にしていると、自分の考えや決断の責任を放棄していることにもなりかねません。

そうなると、思い通りにいかないことがあるたびに、本当は自分に責任があるのに、その責任を他人になすりつけるようになってしまいます。

$スカッシュコーチGのブログ

そして「あの人が悪い」「私はこんなにしてあげているのに…」といつも被害者意識を持つことになってしまします。

自分を大切にするということは、自分の好き勝手に振る舞うということではなく、自分の目の前にあることに真正面からぶつかっていくということなのではないでしょうか。

そのためには、自分がその責任を背負い、それに立ち向かう自分の力を信じる必要があります。

そう、それこそが「自分の人生を生きる」ということなのです。

$スカッシュコーチGのブログ

誰かのためではなく、「自分がそれをしたい」「自分はこう考えている」「自分があの人にしてあげたい」ということを尊重することです。

悩んだり、落ち込んだりするかもしれません。だから、うれしかったり、満足感を味わえるのです。

それが、私たちが本当の「いい人」になる道であり、その道を楽しむことが「いい人生」につながっていくのです。

                          癒しのことば