因果に落ちず、今を楽しむ | スカッシュコーチGのブログ

スカッシュコーチGのブログ

スカッシュコーチの悲哀を綴ったサクセスストーリー
になるはずが、いつのまにやら禅の道に迷い込み・・・


例えば、上司に言われて、嫌々残業とかをしていたとしますガーン
そして「こうして言われた通りに我慢してやっていれば、そのうち
上司も認めてくれて、いいこともあるだろう」などと自分を納得させた
としても、そんな虫のいい果報を期待してはいけないと、禅は考える
のです。ショック!

明日、交通事故にあうかもしれないし、地震がきて会社が潰れてしまう
かもしれません。だから将来に果報を期待するのではなく、今という
時間から果報をすべて得てしまう、というのです。

それは、つまり「今」を最大限に楽しむということなのです。桜

スカッシュコーチGのブログ

白隠禅師は「因果一如」と表現されました。たとえば、善因善果と
いうけれども、もともと善悪の判断自体が人間の勝手なものだし、
結果なんていつどこに現れるかわからないのだから、そんなもの
を期待して「今」と言う時間を殺すな。グー

因でもあり、同時に果でもある瞬間として「今」を味わい尽くせと
おっしゃるのです。我慢して時を過ごすのは時間の殺生であり、
禅ではそれを重大な殺生と考えるのです。ショック!

もっと言えば、楽しめないならおやめなさい、ということです。

「遊戯三昧」とも言いますが、それは「今」に最大限没入して楽しみ
尽くしている状態なのです。むろんそう言われても現実には楽しい
ことばかり選んでするわけにはいかないでしょう。

スカッシュコーチGのブログ

だから「楽しいことをする」のではなく、「することを楽しむ」合格
と禅では発想するのです。

楽しみ、遊んでいる時間は因果で未来につなげる必要がないから
「因果に落ちず」と言われるのです。

そういう時間は積み重ねることができない。だから禅は終着のない
「道」なのです。お月様

                           禅的生活より