~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔 -91ページ目

歯科医院の作り方 〜設計とは何ぞや〜②

歯科医院の作り方 ~設計とは何ぞや~のつづきです

安請け合いした歯科医院の改装工事


院長との打合せを進めて行くうちに、不安がモクモクと脹らんで行きました。
 

何故なら、これまで医院を作っても「デザイン」の要素はほぼ排除され
 

大した設備も無く、あったとしても殆どが医療メーカー側の支給だったからです。


しかしながら、最近の歯科医院の改装工事で求められる物は


・ほぼ美容院に近いデザイン性
 

・ホテルのような格調
 

・複雑な機械、機器類
 

・それをオペレートするスタッフの動線
 

・利用する患者の動線
 

これらを約30坪程度の中に、小さい場合は12坪なんていうのもありました。


平均して、歯科の治療用チェアの台数が4台ぐらいを基準とすると


上記条件を混ぜ合わせると


「手術室が4つもある最小ロットの美容院(もしくはホテルロビー)」であることに気づき


真っ青になりました。


歯科医院設計の教書みたいなのを本屋で探しましたが


何十年も前の「効率重視」で現代では使い物にならない内容と感じ


棄てました。



知識もない、経験もない


師事する人もいない


相談する相手もいない


調べる本もない


無い無い尽くしで

僕はどうやって歯科医院を作ったのでしょうか



~歯科医院の作り方 ~設計とは何ぞや③~につづく~
 


歯科医院の作り方 〜設計とは何ぞや〜

以前、「ガイアの夜明け」という番組で、CMプランナーの方が悪戦苦闘の末



このクリープのCMを完成させたという回をたまたま見た事がありました。

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ところで僕は、商業店舗のデザインなんてやったことも無いのに

開業間もなしで「仕事が欲しかった」たったそれだけの理由でやり始めました。

僕は、当然商業デザインのイロハどころか、元々文系大学出身で建築学の基礎がない

少々毛並みの悪い建築士です。

しかしながら

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初めて手がけたモスバーガー ハーバーランド店

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同じく モスバーガー 宝塚安倉店

初めてで分からない事だらけでしたが、何とかやり遂げることができました。

うれしかったのは、この両店が繁盛してくれていることでした。

ある時、たまたま歯科医院の改装工事の話があり

これまで、内科、外科、眼科、耳鼻科、皮膚科、果ては透析施設も手がけたことがあったので

簡単に「出来ますよ!」と安請け合いしたのが

その後の歯科医院を多数手掛けるきっかけになったのを思い出します。

しかしながら、初めて手掛ける歯科医院。

これに七転八倒苦しむことになるとは、この時知る由も有りませんでした。

~次につづく~



人は変えられない 〜ただ風が立つだけ〜

先ほど、皆生ホテルから日吉津のジャスコを通り二本木まで往復し

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11月の総走行数が100kmを超えました。


これまでの人生で、というよりは

40歳ぐらいまで自分の言う事を理解してもらえる組織を作ること

そして「一丸となれる」ことを「常識」だと思って生きて来ました。

自分を理解してもらうということは、「相手」を「自分化」する、つまり

「人を変えること」であったと自分を省みます。

実際、僕は自分が組織したものにも、人にも理解されないという現実を思い知ることとなりました。

「人」を変えようと、人が変われと求め

結果、人は変わりませんでした。

42歳になり、あるきっかけでテコンドーという武道を無謀にも初め原因不明の高熱や

足の生爪を剥ぎ血まみれでボロボロになりながらも

「何故続けるのか?」と答えの出ない問いの中続け

気づけば僕は

「何か」が変わりました。

単なるフレーズではなく実感として

「人は変えられない、でも自分は変えることは出来る」

このことを理解しました。

今日も、明日も

僕は人を変えることが出来ないのですが


厳しく鍛え、心折れず

「自分が変わりながら」自分を律し

いつかの「いつか」を夢見る。


僕にできること

ただ風を起こすだけのこと


ただ走り風を起し

風がさらに風を作れということ