人は変えられない 〜ただ風が立つだけ〜
先ほど、皆生ホテルから日吉津のジャスコを通り二本木まで往復し
11月の総走行数が100kmを超えました。
これまでの人生で、というよりは
40歳ぐらいまで自分の言う事を理解してもらえる組織を作ること
そして「一丸となれる」ことを「常識」だと思って生きて来ました。
自分を理解してもらうということは、「相手」を「自分化」する、つまり
「人を変えること」であったと自分を省みます。
実際、僕は自分が組織したものにも、人にも理解されないという現実を思い知ることとなりました。
「人」を変えようと、人が変われと求め
結果、人は変わりませんでした。
42歳になり、あるきっかけでテコンドーという武道を無謀にも初め原因不明の高熱や
足の生爪を剥ぎ血まみれでボロボロになりながらも
「何故続けるのか?」と答えの出ない問いの中続け
気づけば僕は
「何か」が変わりました。
単なるフレーズではなく実感として
「人は変えられない、でも自分は変えることは出来る」
このことを理解しました。
今日も、明日も
僕は人を変えることが出来ないのですが
厳しく鍛え、心折れず
「自分が変わりながら」自分を律し
いつかの「いつか」を夢見る。
僕にできること
ただ風を起こすだけのこと
ただ走り風を起し
風がさらに風を作れということ
11月の総走行数が100kmを超えました。
これまでの人生で、というよりは
40歳ぐらいまで自分の言う事を理解してもらえる組織を作ること
そして「一丸となれる」ことを「常識」だと思って生きて来ました。
自分を理解してもらうということは、「相手」を「自分化」する、つまり
「人を変えること」であったと自分を省みます。
実際、僕は自分が組織したものにも、人にも理解されないという現実を思い知ることとなりました。
「人」を変えようと、人が変われと求め
結果、人は変わりませんでした。
42歳になり、あるきっかけでテコンドーという武道を無謀にも初め原因不明の高熱や
足の生爪を剥ぎ血まみれでボロボロになりながらも
「何故続けるのか?」と答えの出ない問いの中続け
気づけば僕は
「何か」が変わりました。
単なるフレーズではなく実感として
「人は変えられない、でも自分は変えることは出来る」
このことを理解しました。
今日も、明日も
僕は人を変えることが出来ないのですが
厳しく鍛え、心折れず
「自分が変わりながら」自分を律し
いつかの「いつか」を夢見る。
僕にできること
ただ風を起こすだけのこと
ただ走り風を起し
風がさらに風を作れということ