~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔 -307ページ目

ボロボロのコテンパン ~それが名誉なこと~

昨日は融心館で久しぶりにテコンドーの練習をしました。
テコンドーの幹事会のようなものがあったらしく、LINXの阪口師範や都島の中村師範等がおいでになっており、今日の練習は中川 貴哉君の指導です。

中川君は先日のアジア大会選考会でー54kgで優勝、今年のJOC有望選手に選ばれいます。

当然、練習はいつもと違った緊張感に満ちていました。

僕は膝の調子が悪くなってから、まともに練習をせずに1ヶ月たっていました。

練習スタートから体力の消耗が激しいのは、決して中川君の練習が厳しいだけではありません。

たった1ヶ月で体力が驚くほど落ちているのです。

練習はすぐに防具をつけてステップキョルギ(組手)に入りました。

全く、体が反応しません。
蹴りが出ません。
避けれません。

もどかしいというより、何なんだ!と自分が歯がゆいです。

しかしながら、中川君とステップキョルギをした時、オルグル(顔面)に止めはしていますが、回し蹴りを喰らいました。

生き物とは偉いもので、「死ぬかもしれない」という生命維持の恐怖に対し、突然体が動くようになりました。

とは言え、相手はトップクラスの選手です。

何をやっても、どんなに頑張っても、風のように避け、電撃のように間合いを詰められ、鬼神のように攻められます。
手加減はしてくれています。でも、容赦なく43歳のおじさんを蹴りまくります。

オルグルは止めても威力で吹っ飛びダウン。
臆せず飛び込んで蹴りに行っても、カウンターのティチャギ(後ろ蹴り)で空中まで浮いて吹っ飛び、床に叩きつけられました。

休憩の時、「大丈夫ですか」と中川君に聞かれましたが、こんな初心者の僕に真剣に相手してくれる彼に感謝しているので「大丈夫です!ありがとうございます」と答えました。

中川君との対戦はかなりきついので、みんな対戦を求めていきません。

僕はこんなチャンスないので、体力不足息切れを物ともせず、何度もお願いしました。

彼の電気が走ったような飛込みと蹴りは、全く反応できず、バッカバカに蹴られ、都合8発のオルグルのトラチャギを喰らい、ダウンし、カウンター、ターンチャギ、オンパレードで単なる普通の人とトップの選手との差を体に叩き込まれました。

道場の端まで転がってくる僕に、山崎 優輝君が見かねて僕の欠点について色々指導してくれました。

頭を蹴られての鞭打ちで首が回りません。

でも練習の最後に中川君と山崎君に「ありがとうございました、今日は本当に勉強になりました。またお願いします」と挨拶して帰りました。

10代で若く、人生の経験が僕ら大人よりずっと少ないにも関わらず、いい加減な甘さは優しさではないことを知っており、僕に対し礼儀を尽くして大いに蹴っ飛ばしてくれた、彼の態度がとてもうれしかったです。

きっと、彼に蹴り回された事が、近い将来、名誉となると信じています。

僕が聞いたこと

阪口師範から一言お願いします

「一言!」


えぇぇ
ぇぇ

足下にあるもの 〜面白いの基準〜③

足下にあるもの ~面白いの基準~②
のつづきです。

僕がみつけた面白いものとは
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遊覧船でした。

加茂川から中海を遊覧できるそうなのですが、僕自身「中海」とこの米子の地理関係がいまいち良く解っていませんでした。

とはいえ、細くて狭い川を行く船にそれほどの「期待」もなかったのですが
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出発してすぐに、その思いをスタッフ・イシイばりに裏切られました。

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猛烈に低い橋が迫ってきます

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頭を低くして橋の下をくぐりました。

こんなに近くで橋の裏を見たのは初めてです。

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頭が当たらない橋でも、最初の橋が低すぎたので、必死の形相で避けます。
それにくらべて船頭のおじさんの余裕。

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おじさんは川を守るため、川に捨てられた心ないゴミも広いながら船を進めます。

しかしながら、このおじさん、風体から想像もできないくらい達者な喋りで笑わせてくれます。

ディズニーランドとかUSJの船でマイク持っている人に引けを取りません。

かなり、笑わせていただきました。
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橋にも慣れてきて余裕もでてきたころ、中海に出ました。


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この中海は松江、安来、米子を向かい合わせにする内海ですが、国の干拓事業により一旦水門を閉鎖していたそうです。
その時に生態系がくずれ、事業中止で水門を開けたのちも、その自然を取り戻すことができないと、おじさんは嘆いていました。

「850億円ドブに捨てた事業」
と、悲しく言い捨てていました。

しかし、米子に頻繁に来ていましたが、この風景、自然、知りませんでした。

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人魚の肉を食べて800歳生きた八百尼の伝説の島。
ずいぶん前に陸続きになり、今では島ではないそうです。

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この建物は「丸京製菓」の建物

実は「どら焼き」の生産で日本一だそうです。
無類のアンコ好きの僕にはたまりません。

波しぶきをバシャバシャ浴びながら、船は米子駅近くまで進み、戻ってくる途中で、おじさんからのサービス

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えさを撒き、カモメを集めて

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手渡しで食べさせます。

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大群のカモメに、僕も挑戦

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うまくキャッチ!

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自然と動物と橋とふれあいながら、想像以上にスペクタクルな遊覧船を楽しみ
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夏の終わりの大山に向かいました。

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桝水では山上までリフトであがれるようになっており
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夕暮れリフト終了時間にギリギリ間に合いました。

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一面のススキが秋の訪れを感じさせます。

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みごとなパノラマでした。270°ぐらいは視界があります。

美しい山、海が見渡せ、これだけの観光資源を持っている町は少ないのではないでしょうか。

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ここ枡水は、サントリーの奥大山の水で有名な水源地のすぐ近くで、枡水は常に「1枡の水量の水が湧く」ことから名づけられたそうです。

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まさに甘露!ボトルで1本持って帰りました。

今回、米子市をグルリ回ってみるだけでも町から海、山までそろっていて、しかも都会で暮らす僕からすれば、
「面白い事だらけ」です。

地元の方からすると「当たり前」すぎて、これが観光資源と分りながら、今一歩、半信半疑のようなプロモーションなのは非常にもったいないです。

僕が体験したこと

面白さの基準、石ころが宝石

足下にあるもの 〜面白いの基準〜②

足下にあるもの ~面白いの基準~①
のつづきです。

ここ米子は山陰でも開けた町なのですが、観光などの宣伝、告知が関西などに行き渡っていません。

「見るものあんまり無いんだろうなぁ」と半分諦めながらこの町の中心商店街へ
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日曜日の午後、閑散とした商店街は「シャッター商店街」化しており、何の活気もありません。

近くに高島屋があり、この町のステータスであった界隈も今は昔です。

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おばあさんが、手作りの毛糸商品を売っていました。

ここから、「笑い通り商店街」へ向かいます

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「笑い通り」もご多分に漏れず「シャッター商店街」で開いているのか開いていないのか解らないお店が数件ある程度でした。

しかし、この界隈、僕らが失った風景があちらこちらに見かけられます。

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笑い通り由来の「笑い地蔵」さん

笑って合わせた手を横にしていてとても可愛いです

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「念ずれば 花ひらく」

念じながら白壁のある、加茂川沿いに向かいました。

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市内を川が通り抜けており、荷物の移動を船で盛んに行っていたという商人町「米子」の原風景があります。

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川沿いからすぐ荷揚げできる所には「なまこ壁」の蔵が並んでいます。
しかしながら、石積みの階段と基礎が残るだけの土地も沢山ありました。

とても素敵で、見る者に郷愁を感じさせるものが沢山あります。

そして、とあるものに目を惹かれました。

~つづく~