無駄なのか、無駄なのか 〜効率と必要〜③
無駄なのか、無駄なのか ~効率と必要~②のつづきです。
全日本コーチのお兄さんに
1 (わからなくても)必ずスキーを毎日チューンナップすること
2 どんなに夜遅くなってもプロペラターン(その場でスキーを左右にプロペラのように振る)を1時間やること
3 長い距離を滑る事
4 長い距離の中、どんどんターンの数を減らして行くこと
5 できればパラダイスからチャレンジもしくはシュナイダーコースをノンストップで3ターンで下りてくること
6 それが出来たら、2~5を片足で滑ること
を練習することを命じられ
これが何とかできるようになりました。
あっちこっちの関節が亜脱臼。
どういう訳か、転倒後、スキーのブーツまで脱げて30m以上落下なんて日もありました。
ボロボロの身体には何の最新技術も教えられておらず
ただただ恐怖のコブ斜面を、ほとんど直滑降しているようなバカが1日40本滑っている
それが現実でした。
それでも僕は「お兄さん!片足で滑れるようになりましたよ!」
意気揚々と報告!
しかし、お兄さんの答えは、僕が期待していたものとは全く正反対の言葉でした。
「何?木下くん、ホントにあの練習やったの?馬鹿だなー、あんなのやる人いないってワハハ」
ショックで言葉も出ません。
平均斜度27度はスキー場ではほぼガケです。
そこを速度60kmぐらいで滑ってたんですから文字通り
「死ぬ気」で滑っていた訳です。
口をパクパクさせて、相当バカ面だった僕に、
急にくわっとまじめな顔になったお兄さんは
「でもね、木下くん、こんなバカなことを本当にやる。この事が大切なんだよ」
そう言われました。
お兄さん曰く
優秀な選手は優秀な能力ではなく「たとえ気が違ったような要求」をしても
それを遂行しようとするコーチへの信頼。
これが無いことには、どんな選手も自分の限界を突破できないと言われました。
そして、素人の僕自身に絶対的に足りないもの、その滑走日数という「物理的」なハンデを埋めるだけの練習「密度」
そして、過酷な状況の中で「絶対にあきらめない」という「対応力」
等等でした。
細かいことは置いておいて、ここからは自分で言うのも何ですが、メキメキと強くなって行きます。
それは、「上手くなった」のではなく
「諦めなくなった」からです。
~つづく~
全日本コーチのお兄さんに
1 (わからなくても)必ずスキーを毎日チューンナップすること
2 どんなに夜遅くなってもプロペラターン(その場でスキーを左右にプロペラのように振る)を1時間やること
3 長い距離を滑る事
4 長い距離の中、どんどんターンの数を減らして行くこと
5 できればパラダイスからチャレンジもしくはシュナイダーコースをノンストップで3ターンで下りてくること
6 それが出来たら、2~5を片足で滑ること
を練習することを命じられ
これが何とかできるようになりました。
あっちこっちの関節が亜脱臼。
どういう訳か、転倒後、スキーのブーツまで脱げて30m以上落下なんて日もありました。
ボロボロの身体には何の最新技術も教えられておらず
ただただ恐怖のコブ斜面を、ほとんど直滑降しているようなバカが1日40本滑っている
それが現実でした。
それでも僕は「お兄さん!片足で滑れるようになりましたよ!」
意気揚々と報告!
しかし、お兄さんの答えは、僕が期待していたものとは全く正反対の言葉でした。
「何?木下くん、ホントにあの練習やったの?馬鹿だなー、あんなのやる人いないってワハハ」
ショックで言葉も出ません。
平均斜度27度はスキー場ではほぼガケです。
そこを速度60kmぐらいで滑ってたんですから文字通り
「死ぬ気」で滑っていた訳です。
口をパクパクさせて、相当バカ面だった僕に、
急にくわっとまじめな顔になったお兄さんは
「でもね、木下くん、こんなバカなことを本当にやる。この事が大切なんだよ」
そう言われました。
お兄さん曰く
優秀な選手は優秀な能力ではなく「たとえ気が違ったような要求」をしても
それを遂行しようとするコーチへの信頼。
これが無いことには、どんな選手も自分の限界を突破できないと言われました。
そして、素人の僕自身に絶対的に足りないもの、その滑走日数という「物理的」なハンデを埋めるだけの練習「密度」
そして、過酷な状況の中で「絶対にあきらめない」という「対応力」
等等でした。
細かいことは置いておいて、ここからは自分で言うのも何ですが、メキメキと強くなって行きます。
それは、「上手くなった」のではなく
「諦めなくなった」からです。
~つづく~
無駄なのか、無駄なのか 〜効率と必要〜②
無駄なのか、無駄なのか ~効率と必要~のつづきです
大怪我で1年遅れた僕に残された時間は約2年。
競技大会日から考えれば2年どころか1年半しかない訳です。
今回のテーマ「効率と必要」
ここだけに絞っていきます。
それは、経験もなければ素質も無い
時間もなければ出遅れた
そんな人は「やるだけ無駄」なのか?
効率という言葉と時間の狭間で
僕は「無駄」なのか?
くだけ散っても欠片だけでも、向こうに辿り着きたい僕の
「全力」の原点がこの頃の経験にあったのを思い出し書いています。
話は戻り、大学2年生
何とか身体は雪山に堪えうるくらいには回復しました。
いや、フリをしていました。
顔は50針縫ってズタズタ
貧血ですぐ疲れる
そんな僕に残された雪山ごもりの先(いそうろう)の募集が、野沢温泉しかありませんでした。
残されてた理由、単純に過酷で厳しい
それしかありません。
一緒に行く仲間もおらず、スキーに関しては独学しかありません。
しかしながら、たまたま行った、いそうろう先のご長男が時の全日本女子アルペンのコーチ。
恥も外聞もなく、こんな素人に毛のはえた僕は、この兄さんにつきまとい
実際のコーチングは協会規定に反するので、雑談としての練習方法や選手として重要なこと、精神を教えてもらいました。
当時、これまでのターン技術から全く新しいターン技術に切り替わる黎明期でした。
そんな最新技術について
「こんな初心者の僕がそんな最新技術聞いて意味あるんですか?」
「ばかだな木下くん、何の先入観もない人間こそ意味あるんじゃない」
僕の中で滑走日数や経験値という言葉が逆に足かせになること
それは、スタートラインが僕に近づくことをはっきり感じさせました。
「ただね、木下くん。これからやる練習メニューを僕が遠征から帰るまで必ずやること」
そう言われ
1 (わからなくても)必ずスキーを毎日チューンナップすること
2 どんなに夜遅くなってもプロペラターン(その場でスキーを左右にプロペラのように振る)を1時間やること
3 長い距離を滑る事
4 長い距離の中、どんどんターンの数を減らして行くこと
5 できればパラダイスからチャレンジもしくはシュナイダーコースをノンストップで3ターンで下りてくること
6 それが出来たら、2~5を片足で滑ること
を練習することを命じられました。
パラダイスからチャレンジは平均斜度27度最大斜度45度距離3.2kmのダウンヒルの試合コース。
普段はえげつない名物コブ斜面です。
ここを「たった3ターン」で下りてくる
ターンは次のターンとつながって初めてターンなので
巨大なコブ斜面を一つのターンで滑る続けるということです。
途中端折りますますが、2ヶ月間、これをやりつづけました。
結果、一生身体に残る怪我となる程の間接の損傷をしながら
片足で3ターンで下りて来れるようになりました。
そして、全日本コーチのお兄さんが帰ってきた日
この事を報告しました。
~次回につづく~
大怪我で1年遅れた僕に残された時間は約2年。
競技大会日から考えれば2年どころか1年半しかない訳です。
今回のテーマ「効率と必要」
ここだけに絞っていきます。
それは、経験もなければ素質も無い
時間もなければ出遅れた
そんな人は「やるだけ無駄」なのか?
効率という言葉と時間の狭間で
僕は「無駄」なのか?
くだけ散っても欠片だけでも、向こうに辿り着きたい僕の
「全力」の原点がこの頃の経験にあったのを思い出し書いています。
話は戻り、大学2年生
何とか身体は雪山に堪えうるくらいには回復しました。
いや、フリをしていました。
顔は50針縫ってズタズタ
貧血ですぐ疲れる
そんな僕に残された雪山ごもりの先(いそうろう)の募集が、野沢温泉しかありませんでした。
残されてた理由、単純に過酷で厳しい
それしかありません。
一緒に行く仲間もおらず、スキーに関しては独学しかありません。
しかしながら、たまたま行った、いそうろう先のご長男が時の全日本女子アルペンのコーチ。
恥も外聞もなく、こんな素人に毛のはえた僕は、この兄さんにつきまとい
実際のコーチングは協会規定に反するので、雑談としての練習方法や選手として重要なこと、精神を教えてもらいました。
当時、これまでのターン技術から全く新しいターン技術に切り替わる黎明期でした。
そんな最新技術について
「こんな初心者の僕がそんな最新技術聞いて意味あるんですか?」
「ばかだな木下くん、何の先入観もない人間こそ意味あるんじゃない」
僕の中で滑走日数や経験値という言葉が逆に足かせになること
それは、スタートラインが僕に近づくことをはっきり感じさせました。
「ただね、木下くん。これからやる練習メニューを僕が遠征から帰るまで必ずやること」
そう言われ
1 (わからなくても)必ずスキーを毎日チューンナップすること
2 どんなに夜遅くなってもプロペラターン(その場でスキーを左右にプロペラのように振る)を1時間やること
3 長い距離を滑る事
4 長い距離の中、どんどんターンの数を減らして行くこと
5 できればパラダイスからチャレンジもしくはシュナイダーコースをノンストップで3ターンで下りてくること
6 それが出来たら、2~5を片足で滑ること
を練習することを命じられました。
パラダイスからチャレンジは平均斜度27度最大斜度45度距離3.2kmのダウンヒルの試合コース。
普段はえげつない名物コブ斜面です。
ここを「たった3ターン」で下りてくる
ターンは次のターンとつながって初めてターンなので
巨大なコブ斜面を一つのターンで滑る続けるということです。
途中端折りますますが、2ヶ月間、これをやりつづけました。
結果、一生身体に残る怪我となる程の間接の損傷をしながら
片足で3ターンで下りて来れるようになりました。
そして、全日本コーチのお兄さんが帰ってきた日
この事を報告しました。
~次回につづく~
無駄なのか、無駄なのか 〜効率と必要〜
大学生の頃、競技スキーのクラブでタイムを競うスポーツをしていました。
しかし、大学1年生の夏、このクラブの夏合宿に行く途中、高速道路で大事故。
ビートたけしや、千原ジュニアと同じ顔面骨折と50針を越える裂傷で
19才の夏は暗黒に陥りました。
PTSDや慢性的な貧血、後遺症に悩まされ
スキーのクラブに入ったのに、その年、スキーはできませんでした。
元々、スキーなんか貧乏人の小倅はやったことがなく
たまたま、高校の同級生のお兄さんがこのクラブの部長。
ただそれだけの理由で入っただけでした。
ご存知無い方も多いと思いますが、スキーは「感覚」のスポーツで、それに関わった時間が反映されるというもの。
つまり、滑走時間が長いほど有利といわれます。
実際、幼少期よりスキーをしていた方たちからは
スタートライン自体、とてつもなく後ろからの出発でした。
そんな中、大怪我で1年(1シーズン)を棒に振った僕は
長期間のいそうろう(宿での住み込み山ごもり)から帰ってきた同級生から大きく水をあけられていました。
大怪我による顔面麻痺と体調不良と貧血。
厭世的になっていく自分が、何とか取り戻したいもの
それは「僕はやれる(=健康だったのかもしれません)」
ということでした。
その年、体調不良でわずか数日参加した冬の合宿で
「風を切る」
こんな僕でも風を切れたという感覚が
こんな厭世的な世界から唯一救い出してくれるものに感じました。
大学部活で引退は3年生。
つまり1年棒に振った上、滑走日数に劣る僕に残された時間は約2年ということ。
結果から言うと
猫も杓子もスキーというバブル時代
250人から出場し、後ろから何番目からスタートした大回転で9位(スタート後ろほど不利)
数百人が集まる西日本学生大会スーパー大回転は4位でした。
こんなゴミくずみたいな僕でも
「一矢報いる」
そんな想いで過ごした青春時代がありました。
何年も、十何年も僕より先にスキーを滑ってきた人たちに
何故一矢報いることができたのか?
次回に書いてみたいと思います。
僕にできたこと
人にはイマジネーションでねじ曲げれる、時空間があるいうこと
しかし、大学1年生の夏、このクラブの夏合宿に行く途中、高速道路で大事故。
ビートたけしや、千原ジュニアと同じ顔面骨折と50針を越える裂傷で
19才の夏は暗黒に陥りました。
PTSDや慢性的な貧血、後遺症に悩まされ
スキーのクラブに入ったのに、その年、スキーはできませんでした。
元々、スキーなんか貧乏人の小倅はやったことがなく
たまたま、高校の同級生のお兄さんがこのクラブの部長。
ただそれだけの理由で入っただけでした。
ご存知無い方も多いと思いますが、スキーは「感覚」のスポーツで、それに関わった時間が反映されるというもの。
つまり、滑走時間が長いほど有利といわれます。
実際、幼少期よりスキーをしていた方たちからは
スタートライン自体、とてつもなく後ろからの出発でした。
そんな中、大怪我で1年(1シーズン)を棒に振った僕は
長期間のいそうろう(宿での住み込み山ごもり)から帰ってきた同級生から大きく水をあけられていました。
大怪我による顔面麻痺と体調不良と貧血。
厭世的になっていく自分が、何とか取り戻したいもの
それは「僕はやれる(=健康だったのかもしれません)」
ということでした。
その年、体調不良でわずか数日参加した冬の合宿で
「風を切る」
こんな僕でも風を切れたという感覚が
こんな厭世的な世界から唯一救い出してくれるものに感じました。
大学部活で引退は3年生。
つまり1年棒に振った上、滑走日数に劣る僕に残された時間は約2年ということ。
結果から言うと
猫も杓子もスキーというバブル時代
250人から出場し、後ろから何番目からスタートした大回転で9位(スタート後ろほど不利)
数百人が集まる西日本学生大会スーパー大回転は4位でした。
こんなゴミくずみたいな僕でも
「一矢報いる」
そんな想いで過ごした青春時代がありました。
何年も、十何年も僕より先にスキーを滑ってきた人たちに
何故一矢報いることができたのか?
次回に書いてみたいと思います。
僕にできたこと
人にはイマジネーションでねじ曲げれる、時空間があるいうこと