無駄なのか、無駄なのか 〜効率と必要〜
大学生の頃、競技スキーのクラブでタイムを競うスポーツをしていました。
しかし、大学1年生の夏、このクラブの夏合宿に行く途中、高速道路で大事故。
ビートたけしや、千原ジュニアと同じ顔面骨折と50針を越える裂傷で
19才の夏は暗黒に陥りました。
PTSDや慢性的な貧血、後遺症に悩まされ
スキーのクラブに入ったのに、その年、スキーはできませんでした。
元々、スキーなんか貧乏人の小倅はやったことがなく
たまたま、高校の同級生のお兄さんがこのクラブの部長。
ただそれだけの理由で入っただけでした。
ご存知無い方も多いと思いますが、スキーは「感覚」のスポーツで、それに関わった時間が反映されるというもの。
つまり、滑走時間が長いほど有利といわれます。
実際、幼少期よりスキーをしていた方たちからは
スタートライン自体、とてつもなく後ろからの出発でした。
そんな中、大怪我で1年(1シーズン)を棒に振った僕は
長期間のいそうろう(宿での住み込み山ごもり)から帰ってきた同級生から大きく水をあけられていました。
大怪我による顔面麻痺と体調不良と貧血。
厭世的になっていく自分が、何とか取り戻したいもの
それは「僕はやれる(=健康だったのかもしれません)」
ということでした。
その年、体調不良でわずか数日参加した冬の合宿で
「風を切る」
こんな僕でも風を切れたという感覚が
こんな厭世的な世界から唯一救い出してくれるものに感じました。
大学部活で引退は3年生。
つまり1年棒に振った上、滑走日数に劣る僕に残された時間は約2年ということ。
結果から言うと
猫も杓子もスキーというバブル時代
250人から出場し、後ろから何番目からスタートした大回転で9位(スタート後ろほど不利)
数百人が集まる西日本学生大会スーパー大回転は4位でした。
こんなゴミくずみたいな僕でも
「一矢報いる」
そんな想いで過ごした青春時代がありました。
何年も、十何年も僕より先にスキーを滑ってきた人たちに
何故一矢報いることができたのか?
次回に書いてみたいと思います。
僕にできたこと
人にはイマジネーションでねじ曲げれる、時空間があるいうこと
しかし、大学1年生の夏、このクラブの夏合宿に行く途中、高速道路で大事故。
ビートたけしや、千原ジュニアと同じ顔面骨折と50針を越える裂傷で
19才の夏は暗黒に陥りました。
PTSDや慢性的な貧血、後遺症に悩まされ
スキーのクラブに入ったのに、その年、スキーはできませんでした。
元々、スキーなんか貧乏人の小倅はやったことがなく
たまたま、高校の同級生のお兄さんがこのクラブの部長。
ただそれだけの理由で入っただけでした。
ご存知無い方も多いと思いますが、スキーは「感覚」のスポーツで、それに関わった時間が反映されるというもの。
つまり、滑走時間が長いほど有利といわれます。
実際、幼少期よりスキーをしていた方たちからは
スタートライン自体、とてつもなく後ろからの出発でした。
そんな中、大怪我で1年(1シーズン)を棒に振った僕は
長期間のいそうろう(宿での住み込み山ごもり)から帰ってきた同級生から大きく水をあけられていました。
大怪我による顔面麻痺と体調不良と貧血。
厭世的になっていく自分が、何とか取り戻したいもの
それは「僕はやれる(=健康だったのかもしれません)」
ということでした。
その年、体調不良でわずか数日参加した冬の合宿で
「風を切る」
こんな僕でも風を切れたという感覚が
こんな厭世的な世界から唯一救い出してくれるものに感じました。
大学部活で引退は3年生。
つまり1年棒に振った上、滑走日数に劣る僕に残された時間は約2年ということ。
結果から言うと
猫も杓子もスキーというバブル時代
250人から出場し、後ろから何番目からスタートした大回転で9位(スタート後ろほど不利)
数百人が集まる西日本学生大会スーパー大回転は4位でした。
こんなゴミくずみたいな僕でも
「一矢報いる」
そんな想いで過ごした青春時代がありました。
何年も、十何年も僕より先にスキーを滑ってきた人たちに
何故一矢報いることができたのか?
次回に書いてみたいと思います。
僕にできたこと
人にはイマジネーションでねじ曲げれる、時空間があるいうこと