もう、何年もの間、毎週1回用事で伺うお宅が
ありました。その少し手前、倉庫兼車庫と言った
感じの建物に、1頭の柴犬が飼われていました。
始めの頃は吠えられていましたが、僕がいつ
も、街で出会った猫にするように、手招きや、呼び
かけなどをするうち懐いてくれ、僕の姿が見える
と喜んで、走って、僕とじゃれ合える路地の方へ
行き、待っていてくれます。
そして、僕が近づくと、
「ハア、ハア」
激しい息遣いで跳ねたり、甘噛みの連続。僕も
嬉しくて、思いっきり撫でます。
用事を済ませたお宅から出ると、両前足を伸ば
し、「伏せ」の姿勢で待っています。そして、近づく
と、また、激しくじゃれるのです。
これが数年続きました。そして、昨年、転機が
訪れました。このお宅に伺わなくなったのです。
「もう、忘れてしまったかなあ、憶えていてくれる
かな?」
と気にしていました。
ある日、数か月ぶりに用事があり、伺うことにな
りました。期待と不安の入り混じる中、ワンちゃん
の顔が見えました。その瞬間、ワンちゃん、すぐ
気づき、いつものように走って、僕が通る路地の
方へ行き、待っていてくれました。
「おう、憶えていてくれたか」
と嬉しく、そして、これまでのように、激しくじゃれ
合いました。
この状況が、もう2度程あり、やはり、憶えてくれ
ていました。
先月のことです。また、数か月ぶりに伺いまし
た。もう、憶えていてくれると安心していました。
ワンちゃんの顔が見えました。ところがワンちゃ
ん、動きません。少し離れた道を通り、触れ合える
路地の方へ進む途中で、やっと、そちらへ向かい
ますが、今までだったら、走って行っていたのに、
この時は、普通に歩いています。
路地に入りました。ここでも、それまでとは違い、
路地まで出て来ず、建物の内側で、「じっ」と僕を
見ています。
僕もしゃがんで、同じ目の高さになって見ていま
したが、それは、変わりません。
用事を済ませ、ワンちゃんの方を見ると、やは
り、出て来ていません。再び、ワンちゃんの前で
しゃがみ、「じっ」と見ました。
ワンちゃんは瞬きもせず、黒く丸い目で、「じっ」
と僕を見つめています。警戒感は全くありません
が、
「この人は、誰だろう?」
と思い出そうとしているかのようでした。
そして、そこを離れ、車の方へと向かう道に出る
と、ワンちゃん、やはり、今までだったら、走って
そちらが見える場所まで行き、見送ってくれてい
たのが、歩いて移動、思い出そうとしている感じ
のままのお見送りでした。
ちょっと寂しかったです。
「今度会った時は、思い出してくれているか
な?」
期待しています。