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たい焼き気分で台湾生活

2018年7月〜夫の駐在に同行して、台中で暮らしています。

2歳差3人子育て中。

台湾に引っ越してきてすぐに現地の幼稚園に入園した娘。

その娘の幼稚園生活も1年が過ぎました。


中国語での生活など、今の様子を記録しておきたいと思います。


新学期から中班に上がり、新しいお友達も増えましたニコニコ
少し恥ずかしがり屋の娘ですが、新しいお友達とも遊んでいるようで、毎日楽しい楽しいと幼稚園に通っています♪

台湾ならではの生活習慣も身についてきました。
例えば、
右差し手を挙げるときは、パーではなくグー✊

右差し先生の話を聞くときに座る姿勢はあぐら

右差し数を数えるときに使う手の動きが台湾流(6はアロハ〜音譜のように親指と小指を出す)


◼️中国語での生活について

右差し先生曰く、友達と口ゲンカができるほど、問題ないとのこと(全く想像つかないけど、見てみたい…)

右差し日常生活でも、聞き取ることには4歳児としては問題なし。話すのは、私の前だと恥ずかしがるので、あんまり話すところは聞いたことなしうーん

右差し独り言は中国語で話していることも多くなってきた。

右差し日本語、中国語は別の言語だと認識しているようで、使い分けをしている。(2歳から通い出した長男の方は、なんだか混ざりそうな気もする…)


私が現地の幼稚園に入れたかった理由の1つは、
日常生活で、
自分でコミュニケーションを取る
情報を取る
ということができてほしかったから。

その点でいくと、今その状況は少しずつ作れているかなと思います。
母語で中国語を話す子に比べると4歳児としての語彙は少ないんだろうけれど…

例えば、

スーパーでレジのお会計を手伝ってみる

お出かけしたときに、子どもイベントに自分一人ででも参加できる

台湾人のお友達家族と一緒に遊んだときに、状況を理解して遊んでいる

といったところです。

もしかしたら、言葉が分からなくてもできることなのかもしれないけれど、
たくさん話しかけてくれる台湾の人たちと、
自分で理解しながらコミュニケーションを取れることが、
自信に繋がってくれたらいいなと思っていますハート



この前は、三井アウトレットに出かけたら、たまたまアンパンマンショーをやってたんですが、
そのときも、自分でショーのお姉さんの話を聞き取って、一緒に踊ったりしていました。




いま、母として思うこと

右差し今のところ日常生活で日本語の不足感はあまり感じない。でもやはり日本語の環境は、もっと意識して取り組みたいな。親が関われる楽しみな点でもあるおねがい

特に、日本語で思考するってところをより意識をしていきたいなと。
そう思っていたときに読んだこの記事にとっても共感!!

英語の早期教育はやるべき?大切なのは子どもの観察と子どもへの問いかけ!
https://nene-english.com/early-childhood-education/
(引用元:わくわくえいご by nenemama)


右差し言葉に対して興味を持ってきているなと感じる。ひらがなは自分で学ぶようになって、覚えていった。
(台湾の子どもたちは幼稚園のうちに漢字を書けたりするからびっくりびっくり
年齢的なタイミングもあるのだろうけれど、言葉に対して感度が高いというのは、思考する力やコミュニケーション力のベースになると思うので、ぜひ支援していきたいなと。

右差しいずれは日本へ帰国し、日本での集団生活が始まる。そのときに、台湾で当たり前だった習慣とのギャップや違いに戸惑うことが必ず出てくると思うんです。
そのときに、
「文化や考え方は1つじゃないし、みんな違う。それをあなたは2つの国を知ることで学んだんだよ。クラスの子たちが何かそれに関して言うことがあっても、それはあなたを否定していることではない。」
ということをどうやって伝えたらいいかなーと、日本で久々に会った友人に呟いたら、
「そうやって親が思ってる。それでもう伝わるよ」
って、言ってもらって心が柔らかくなりました照れ

帰国後のことは、もちろん考えなくはないけれど、今の環境の中で、
本人が最も心地よくて、すこしチャレンジできている。
という環境を渡してあげたいなと、改めて思いましたニコニコ


現在1年ぶりの日本を満喫中ですチュー


満喫…
いや、子ども3人といつでもどこでも一緒な生活で、かなり体力的にはぐったりですが💦



台湾で生活して1年と少し。
生まれてこのかた日本をこれほど離れたことがなかったので、

どんな風に感じるんだろう

っていうワクワク半分、
いやいや。そんな変わらんやろな気持ち半分、

で帰ってきました日本




ありましたよ、みつけましたよ、

私が変わったことウインク




それは、、



お店の方を呼ぶときに

お姉さんー

と呼んでしまったこと笑い泣き笑い泣き


これって普通でしたっけ?
これまでなんて呼んでたっけ?

それもよく思い出せないんですが、


今日子どもたちをぶどう狩りに連れて行ったんです。
そこにいた農園のスタッフ(アラフィフくらいのお母さん)に話しかけるとき思わず出た言葉。


オネエサン。



これ、台湾では店員の女性を呼ぶときに、

小姐(シャオジエ)

って呼びかけるんです。
女性の敬称として用いられる言葉なんですが、
お名前の分からない方に話しかけるときにも使います。

意味としては、お姉さんーって感じなので、
中国語の先生いわく、年配の方にもこうやって呼びかけると喜んできてくれるよとのことひらめき電球
(中国本土ではあまりいい意味あいではない場合もあるようですが)



台湾に住み始めた当初はなんか照れてしまって
めちゃ小声で使ってました。

なんとなく日本語で言うところの

すいませんー (不好意思)

のほうが声をかけやすかったんですよね

今では店の奥にいる人にまで大声で言えるようになりましたニヤリ





今日呼びかけたときの

相手のぎこちなさ

私も自分がオッチャンにでもなったような気分

を感じ、


ちょっとサワサワした出来事でしたデレデレ



台湾かぶれしたのかな。そうなのかな。



ぶどう狩りは、10月末までのところを滑り込みで行ってきましたビックリマーク
ベストシーズン…ではなかったけど、おいしくいただきました音譜

無料だった2歳児が一番食べたんじゃないか疑惑ゲラゲラ

はじめまして の自己紹介

を書いていたときに、

 

:::::::::::::

仕事を辞めること、キャリアを継続できないことへの

不安、不満、さみしさ、屈辱感、、

:::::::::::::

 

って書いてて、

 

自分で、

 

屈辱感 って・・・ なんかコワッッ滝汗

 

ってなったんです。

書くのやめようかなって1回消しましたあせる

 


でもね、

やっぱり、この感情があったんです。

 

 

パートナーとしてお互いが自立した中で

家族を作ろうって

してきたのに、

結局、私のキャリアは軽んじられてるのかーショックショック

 

 

って。

 

でも、この感情があることを、最初は気がつきませんでした。

 

 

****

発覚したのは、私が台湾での生活を始めて1ヶ月たったとき。

 

その夜、私は、夫に(娘もいる前で…)

「(夫)は、いつも私のことをバカにしてるんだよー!!

って泣きましたドンッドンッ

 

きっかけは、私が始めた中国語の勉強のことで、

習ったことを夫に伝えたときに、

「ちょっとニュアンスが違うな」

みたいな指摘を受けた。

・・・という、けっこう些細なこと。

 

でも、ほんと、吹き出したように涙が止まりませんでしたえーん

 

 

そのあと、子どもを寝かせて、夫と改めて話をしたときに、

 

「あー、仕事を辞めるという行為の中で、

自分のキャリア(いや、私自身?!)を軽んじられた

という屈辱感をどこかで感じていたんだな」

 

と気がつきました。

 

 

****

 

そして、この感情が出たことのある他の場面が蘇ってきました。

 

それは、第1子が生まれて、我が家でも保険を見直そうってことになり、

夫が保険相談に行ったときのこと。

 

私は3回目くらいの訪問のときに付いて行きました。

 

そのときに、営業の方が見積りを提示したのですが、

夫の補償額が私に比べて圧倒的に高かったんです。

 

「旦那様の死亡保険、働けなくなったときの保険はしっかりしておかないとですね。

奥様はお子さんの成長とともにお仕事を辞められたり、変更したりということが

あるかもしれませんしね」

 

って、言われたんです。

 

「うちは、共働きです。仕事が続けられない可能性も半々です!」

 

って、思わずムキになって言ってしまいましたあせる

大人げない…滝汗

 

このときも、「対等に扱ってもらえなかった。軽んじられた」

と感じたような記憶があります。

 


****

 


こんなふうに、

何かモヤモヤ・ザワザワしていた私の心の一部に

名前がついたことで、

同じような出来事が思い起こされてきました。

 


また、渡航準備期間であった2年間のあいだでも、

心が落ち込むときに感じていた「声にならなかった声」は

この感情に近かったことをふと思い出したりしました。

 


そうやって、このモヤモヤの一部に名前がついたことで

少し気持ちが和らいだ気がしました。

 


何に当たればいいかもわからず、

何がしたいのかもわからず、

な感情に、

「屈辱感」

という名前がついたことで、

 

飼い方を考えられるようになりました。

 



私は、


自分のキャリアを大事にされていない、軽んじられている


ということが嫌だった。悲しかったんだと。



夫と横に並んでパートナーとして歩みたいと思っていたし、

お互いがそう思っていると信じていた


ということが、私のありたい姿なんだけれど、

今がそうじゃないと感じていることが嫌だった。悲しかったんだと。



そうすると、

 

仕事を辞めるという行為

 

でモヤモヤ、ザワザワしていた私の心に対して、


「仕事があるかないか」


ではないところで、解決できることがあるなって、思うことができるようになってきましたニコニコ


 

 


仕事を辞めるという行為

 

は、駐在妻の方だと、自分で決断したとはいえ、

「予期せぬ転機」

であることが多いですよね。


そんな行為に対して、いろいろな感情が絡み合っている状態は、まるでパズルのよう。


モヤモヤ、ザワザワする感情に名前をつけていく作業は、


箱から出したパズルを、

まずはすべて表に向けてあそぶ準備をする


ことと、すこし似ているのかななんて思いましたニコニコ