南相馬の今   その2 | いとう とみこの美味しいブログ

いとう とみこの美味しいブログ

イタリア料理教室やグルメ食べ歩きをのんびりと書いていこうと思います。


いとう とみこのブログ

南相馬の叔父さんと


南相馬市の叔父さん

南相馬市の叔父さんは87歳、亡き浦和の母の弟である。



叔父さんは19歳の時、広島で原爆に遭っている。当時兵隊さんとして訓練していたようだ。原爆を落とされた時、叔父さんは寝ていたそうだ。真面目な人(叔父さんの話)は外で洗濯していたそうだ。洗濯していた人は皆亡くなり、寝ていた人は助かったのだそうだ。当時は何が何だかわからず、すぐ救助活動に駆り出されたとのこと。2~3年は体がダルかったというのは頷ける。



しかしその後は健康で、孫達も含めすべて後遺症がない。

そして昨年の原発である。28km離れているとはいえ、一生で2度も遭遇する人はめったにいないであろう。ということで調べ上げたテレビ局が一度放映すると、次から次へと取材のラッシュ。遠くからはイギリス、フランス、ドイツまでザッと20局もあったとか、所謂「時の人」になってしまったらしい。



叔父さんはもう隠居の身、対処していた孫のK君までスポットを当てられ、言わんとすることは報道されず、始めから筋書ありきのテレビ局にはうんざりさせられたようだ。



K君は、震災前から酪農家であった家の乳搾りを、勤めから帰ってからも手伝っていた感心な子。これから結婚して農家を継いでいく彼にとって、お嫁さんが来てくれるだろうかと心配している。



こんなところまで原発の影響があるんです。

わかっているのかな、東京電力並びに政府は。