ON A CLEAR DAY~散歩へ行きたい
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雨がすごかったよ

東京あたりは今年の夏は割と涼しいらしいが、豪雨などで浸水した場所もあって、関西にも少しは雨を分けてくださいと思ってた。

待望の雨がやっとこちらにも降ってきたが・・・

 

昨晩から豪雨でおそろしいほど降っていた。

雷もゴロゴロ鳴ってて少し恐怖を感じるほどだった。

38度ぐらいの酷暑が続いてたので雨は涼しくなって嬉しいんだが一気に降りすぎ。

この頃、最高気温35度の日なんて少し涼しいかもと思えるほど異常な気温。

 

地球

ヨーロッパも猛暑だとかで大変そう。

 

チベットとネパールの国境で大水害が発生した映像をSNSで見た。

自然のすさまじい力を見た。

 

中国の立派な国境のビルが跡形もなく無くなってた。

ボロボロの状態で残ってるのかと思ってたのに。

大型バスがたくさん止まってたし、海外からの旅行者も結構いたようだ。

 

昔自分がチベットからネパールへ行った時に通った国境なのかなぁ?

wikiで調べたら今回のラスワガディは2017年に外国人に開放。

写真や日記を調べたら自分はもう一つのダムとコダリの国境を越えている。

 

その頃は国境はもっと素朴な感じで(自分が見た限りでは)越える人もあまりいなかった。

ましてや旅行者なんてその国境ではほぼ見かけなかった。

チベットには入域許可証が必要な時代だった。

というか中国では外国人旅行者に対して開放都市(だったかな?)というのがあってどこでも自由に旅行できなかった。

なかなかチベットを旅行するには難しい地域で旅行者が入れるかはその時の国の情勢による。

今はどうなんだろう?

 

国境ではネパール側に宿泊したとばかり思いこんでたけど、日記を読み返すとチベット側のダム(樟木)で宿泊。

 

バス

写真も出て来たので何枚か。

 

中国チベット自治区の樟木 ダム

ネパールのコダリの国境へ。

 

チベットのシガツェをバスで出発。

このルートでは途中でカム族をよく見かけた。

五体投地をしてる人たちもいた。

今は舗装されてるかもしれないが以前はこんな道をバスが走った。

5000m級の峠を3つ越えていく。

ラサが富士山頂上と同じぐらい。

ヒマラヤの山々、360度地平線。

地球は丸いんだなと実感する。

3つ目の峠の後はバスが坂をどんどん下っていく。

空気がどんどん濃くなるのがわかるし、緑が増えていく。

バスは崖っぷちの道を走り、下を見てると怖い。

落ちない事ばかり考えてた。

夜の21時40分ジャンムー(ダム)に到着。

 

Himalaya hotel に宿泊、すごく安くてネパールの安宿風。

この街では夕食にダルバートを食べた。

その食堂は通常ネパールルピーを使っているようだった。(中国なので自分は元で払っている)

(なぜネパール側に宿泊したと勘違いしているのかわかった。

宿と食事だ。

月日が経つと記憶がいつの間にか違うものへと塗り替えられる。)

この写真はジャンムー(ダム)だと思う。

急な坂に沿って家が立ち並ぶ温泉が湧いてそうないい雰囲気の村だった記憶が。

当時の日記には、町はいい感じで1泊で離れるのが寂しい、と書いている。

シガツェから同じバスに乗ってた日本人7人(女2、男5で全員ひとり旅)でカトマンズまで一緒に行動。

左端のピンクのズボンが自分。

このズボンはパキスタンのペシャワールでオーダーメイドで作ってもらった。

履き心地よくて動きやすいので旅行中よく履いてた。

 

中国を出国手続きして、国境の橋まで近いだろうと思い歩いたが1時間では着かない。

途中近道しようと降りた所が急坂でしんどかった。

パックパックを担いでいるので慎重に降りざるを得ない。

しまいには足が震えて来た。

 

しんどいながらも、アルバイトで新聞配達している学生の子の話がすごくおもしろくて笑いながら山道を下った記憶が。

上はダムの街かな?(この写真を撮ったのをもう記憶がない)

下に滝が流れている。

地図を調べたら九十九折の坂の後の滝だったのでここかな。

ダムの町は温泉が湧いてそうな雰囲気と思ってたが、ネパール側に温泉があった。

 

橋に着いたのはネパール時間の正午。

橋で記念撮影、かわりばんこでカメラのシャッターを押したので全員では写ってない。

 

地球を感じるルートですごく想い出に残っている。

行って本当に良かった。

 

ネパール側の国境で別の日本人に会った。

ネパールからチベットに行こうとしたが国境で追い返されたらしい。

(中国ビザ持っててもチベットは許可証いるし、ネパールから行くと一気に高度が上がるので高山病がきついかも・・)

 

この時撮った写真をカトマンズで現像した。

月日が経つと写真が色褪せてきたりしているのもあるが、これらは今でも綺麗な色で残っている。

右の写真は同封されてた店の写真。

乱読する(162)

うきうき思いつきひとり遠足 たかぎなおこ

娘が学校に行っている間に色々な場所を小旅行。

それと家族3人で台湾へ行った話。

今回もほのぼのしててよかった。

 

ブルックリンの子守唄 大江千里

日本から連れて来た愛犬が亡くなって意気消沈の日々。

 

気軽にデトックスプログラムを受けたり、精神科で相談したりなど、アメリカでの病院の様子は日本と違って興味深い。

担当も細かく分かれている。

 

森山良子とジャズアルバムを作る事になって、森山がNYで歌のレッスンに通ったり、その他もろもろパワフルで楽しい人だなというのが伝わってくる。

 

大江はすっかりアメリカの生活も板について、ジャズもアメリカで地元の人向けにたくさん演奏活動している。

 

冥界からの電話 佐藤愛子

ある男性の元に死んだはずの女性から電話がかかってくる。

男性も信じられないようで佐藤に相談。

霊体験をしている佐藤にすれば、そういう事もあるのかもと。

実に不思議な展開で結局いたずらだったのか、本当だったのかよくわからないし、消化不良な内容だった。

 

この話を読んで以前深夜ラジオで「にっぽん怪談紀行~柳田~」という番組があった。

第参拾伍夜で不思議な電話がよく家にかかってきて、それがあの世の人たちみたいだという話。

その話をしたのは作家の工藤美代子だが、この人がゲストに出てくる時の話が一番好きだった。

 

お弁当デイズ フダン弁当、ハレの日弁当 たかぎなおこ

娘が小学生になり娘のお弁当作りは終了。

作り始めた頃を思い出したり、夫の健康を考えて内容を変えたり。

 

娘の小学生の運動会は学年別入替制で約40分で終了。

(短くていいけどなんか味気ないな)

給食の時に誰か吐くとみんな他の教室に移動して食べる、おかわりは禁止に。

(昔だったらそこまで気にしなかったのに時代は変わったねぇ。

娘が時々吐いてたそうだ)

 

ディープ・ニッポン アレックス・カー

日本の幽玄な世界が見れて興味深かった。

 

青森 岩木山神社の昇り狛・下り狛

柱にしがみついて可愛い。

 

小笠原諸島に青い目の日本人たちがいると聞いたことあるけど、歴史がよくわかった。

 

北海道ユルリ島、かつては昆布の干場を営む漁師が住んでいたが今は無人島。

リワイルディング(再野生化または再自然化)が進んでいるそう。

リワイルディングとは、人間によって作られた農場などの環境を開発前の状態に戻し、人間を除いたエコシステムに託す。

ヨーロッパでも人口減少、高齢化などでこういうったのが近年急速に進んでいる。

(日本も人が住まなくなった場所はどんどん自然に返していけばいいと思う。)

 

祖谷 襖からくり

五穀豊穣を願い、明治時代から昭和初期にかけて地域の人々に親しまれた貴重な伝統芸能。

どんなものか見たくて動画で見たが、おもしろかった。

よくこんなん考えたなと思う。

 

京都 丹後半島

上世屋集落

日本昔話に出てくるような風景が広がる。

乃木ののり塩、パキスタンカレー

 

湖池屋

VIVANTポテトチップス 乃木ののり塩 121円+税

同時に食べ比べしたらわかるのかもしれないが、通常ののり塩味と何が違うかよくわからない。

しじみを隠し味にしてるそうだ。

 

ハウス食品

パキスタン風海老カレー 276円税込(通常は318円+税だが今日は安かった)

普通、スパイス感もあまりない。

レトルトはどれも同じような味に感じる。

パキスタンで地元の人で賑わっている食堂でカレーを何ヶ所かで食べたけど、油がごっそり浮いているイメージしか残ってない。

しあわせは食べて寝て待て

主人公が病気のドラマって気が滅入りそうで見る気はなかったんだが、放送しているのをチラッと見てたら結構爽やかなドラマ。

今回新たな話が放送されるので、過去の全9話も配信してた。

気に入って、一気見してしまった。

 

病気というのをあまり感じさせないし、体の不調を薬膳で解決していくのがおもしろかった。

ドラマ全体に漂うほんわかした空気がいい。

一生付き合わなくてはならない病気にかかったことから生活が一変。

麦巻さとこ(桜井ユキ)は会社を辞め、新しい住まい探しを余儀なくされる。

見つけたのは築45年、家賃5万円の団地。

隣に住む大家の美山鈴(加賀まりこ)と、訳あり“料理番”の司(宮沢氷魚)を通じて、さとこは食事で体調を整える、薬膳と出会う―。

地味だけど身体においしい薬膳ごはんと、たおやかな団地や職場の人間関係を通して心身を取り戻していったさとこは、身近にあった自分次第のしあわせに気づいていく。

 

さとこの持っている薬膳の本、自分も欲しいかもと調べるとドラマ用に作られたようだ(?)。

監修は鈴木養平(薬日本堂漢方スクール講師)。

さとこの職場はデザイン事務所。

さとこの病気を理解してくれている。

青葉乙女は出版社の編集者。

唐圭一郎はデザイン事務所のアートディレクター。

 

二人とも久々見たような。

田畑智子と言えば「私の青空」

太陽くん元気かな?

調べたら何と太陽君こと篠田拓馬は芸能界引退して歯科医者になってた。

福士誠治は「純情きらり」の学生服姿が印象的だった。

 

さとこの借りた部屋の大家・美山鈴と同居人の羽白司。

息子かと思ったが、全くの他人同士。

加賀まりこもこんな役やるようになったんだな。

って言っても今までどんな役をやって来たかよく知らないんだが、イメージとしては気の強そうな美女役。

さとこは隣に住む大家さんの家で一緒にご飯食べたり、司に薬膳の事を教わったり。

同じ団地に住むイラストレーター、高麗なつき。

 

🍃〜早春の養生編〜

第6話のあとに何があったか。

本編では語られなかったとっておきのエピソードをお届けします。 

それはー冬のある日、パート先の唐社長(福士誠治)から地方移住について聞いたさとこ。

温泉や豊かな自然の力で体調を整える移住生活を夢見るが、断念。

「団地での暮らしも好きだけれど、何かに挑戦できる自分でありたかった」と、時折そのことが頭をもたげ、憂うつや弱気に襲われるさとこだったが―。

「無理しなくてもいい。ちょっとだけ ほんのちょっとだけつま先を上げてみる。

それだけで見える景色は変わるのだ」

圭一郎の母、園子はさとこに「とっちゃなげ汁」を教える。

 

是非続編も作ってほしい。

東京は恋する(2)

ヤングスターのバンドのマネージャーの玲子は頼み込んでクラブに出演させてもらう事になった。

玲子役は山本陽子、すごく美しい。

Club New Olympusの後ろに見える「ジュリアン ソレル」

さらに奥に「ルノアール」(喫茶室?)

銀座6丁目(中央区銀座6-6-1?)

みゆき通りと並木通りの交差点角にあった「ジュリアン ソレル」

1階がブティック、2階が喫茶店

ミスドのイラストで有名な原田治がこの店の思い出を語っているのを「オサムグッズ公式サイト」のGOODS STORY のVol.28 GLASSで読める。

ヤングスターはクラブで演奏して拍手喝采。

しかし健次以外のメンバーはプロにはならないと玲子に告げる。

 

落語家の桂小金治

明男はミチコが好きだけど、ミチコは健次が好き。

 

Paulista

銀座のカフェパウリスタかな?

1911年(明治44年)に銀座で開業した日本現存最古の喫茶店。

 

新田保育園

明男がミチコにここの仕事を紹介してあげた。

後半に出てくる橋の上のシーンは 環七通りの新神谷橋。

 

日比谷公園の大噴水

後ろの茶色い建物は「市政会館」(かつては同盟通信社、時事通信社本社)

ミチコは見合い話を断る為に健次と付き合っていると実家に嘘を付いている。

祖父母が上京してくるので、明男に健次になってくれと頼む。

はとバスで東京観光をする。

はとバスで銀座4丁目を通る。

健次さんと呼ばれてもうっかり無視してしまう明男。

しかし祖父母にはバレず「ミチコの事をよろしくお願いします」と言われる。

 

この場所はセットなのかな?

調べたけどよくわからない。

 

以下の場所、調べようと思ったらすでに詳細に調べて解説している人が複数いたのでそれらを参考にした。

右の茶色い建物、フランク・ロイド・ライト設計の二代目の帝国ホテル。

一部が明治村に移築保存との事。

看板の仕事をしている花屋。

現在、日比谷花壇になっている。

 

ラストシーン

銀座御幸ビルの屋上ではないかとの事。

右上の建物は銀座松坂屋(現在、GINZA SIX)

大きな道路は銀座中央通り

右下の茶色いビルは交詢社ビル

 

富士山

映画の時の風景と現在を並べて調べてくれている人たちがいるので、どんなに変化したかよくわかる。

レトロなビルたちはもうほとんど残っていなくて、街並みも全然違う。

生活はしやすいのかもしれないが、風景としては実につまらないし、街歩きしたいと思える場所も少なくなっていく。

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