やなちゃん生誕祭2009~わたしはピヤナ/高円寺JIROKICHI(09/08/05)
1.ひまわり
2.はじまりのメロディ
3.航海日誌
4.妄想ヘルスメーター
5.キングオブロケンロール
6.泣いているのは君だけじゃないよ
7.みんな崖っぷち(新曲)
8.みんなの☆
9.お経
10.千夏さんち
11.トラブルマン
12.バッドラブ(「恋の病」新曲)
13.Happy Birthday
14.100ある幻想
15.満月小唄
16.オリオンビールの唄
17.うちへ帰ろう(「Going Home」)
18.ヒノモト音頭
19.徘徊ロックNo.5
この日は、「早い者勝ち」のJIROKICHIライブであり、前売りなどないので早くから並べば椅子に座って鑑賞できる。
たまたま休日であったので、早めに並ぶことにした。
西葛西で待ち合わせをし、久方振りに「Ramble」でランチのカレーを注文する。
残念ながら「ハヤシライス」が切れていたので、前回と同じものを注文したが、前回よりも美味しくなっていた気がした。
「キーマNo.3」は相変わらず、誰にでも薦められるバランスの取れた美味しいカレーである。
「大山鶏のチキンカリー」は、前回より調和が感じられた。
前回も「手が込んでいる」「よい材料を使っている」といった感想は持ったのだが、「客を選ぶ味」であるとも感じた。
具体的には、スパイスが味の骨格として直接的に顔を出しているので、スパイスより具材を重視する客にとっては、食べにくいところがあったかもしれない(個人的には美味しく頂けた)。
良くも悪くも「他にあまりない」タイプのカレーだったが、今回は少し変わった。
スパイスという味と味を結ぶつながりがより密になり、きめ細やかなスパイシーさになった。
スパイス初心者にとっても、一口目の違和感がなく、二口目のスプーンを進めることができる。
「ひよこ豆のカリー」も、味ががらりと変わった。
今回、メニューには1倍~3倍の調整が利くことが記されていたが、あえてそれを行わなかった。
前回、「ひよこ豆のカリー」は、トマトベースが主体の味付けで、上に載っているパクチー以外スパイシー感が弱めであった。
辛めのカレー好きには、単品での注文は物足りなく感じるのではないかと考えていたが、この日は前と同じように注文したのに、よい方面に裏切られた。
トマトベースを踏襲しつつも、単独でも普通にスパイス感を味わえる味付けがされていた。
よい材料、手間をかけた調理の精神はそのままに、日々の精進と創意工夫がカレーの行間から垣間見られて、この店に足を運んだ甲斐があったと強く感じた。
夕方までJIROKICHIに並んでも空腹にならないか心配しての入店であったが、店の出口から抜け出し強い日差しを浴びる頃には、心地よい満腹感が全身を柔らかく包み込んでいた。
高円寺に降り立ってJIROKICHIに向かうと、既に行列が生まれている。
ここからは、長丁場の路上観察の時間が始まる。
高円寺駅の阿波踊りの発車音楽を時折耳にしながら、太陽が西に向かっていくのをひたすら待つ。
JIROKICHIは一人二枚整理券を貰えるのだが、まあ座れそうな番号ではある。
「夏休み」や日曜日でなければ変わってくるのかもしれないが、1列目は午前中に、2列目は昼頃に、3列目は夕方前までに並んでおけば、座れると思う。
4列目迄しか席は並べられていないので、そこより後ろは立ち見である。
4列目よりは、そのすぐ後ろで立っていた方が、本当は観やすいとは思うが。
ちなみに、この日の入りは、数えたわけではないが100人弱ぐらいか。
舞台もフラットなので、背が低くて立見の後方になると辛いかもしれない。
舞台には、ピアノのゾーンの他に、マイクが3本ほど別ゾーンに生えていた。
後ろに、ギターが2本置かれてあり、そのうち一本は昔から見覚えのあるギターだったので、「ピヤナ」というライブタイトルに反して、ギターの演奏が期待できることが分かる。
ギターは一誠君で、ボーカル専属は久松史奈と予想でき、もしかしたら柴草玲がアコーディオンを背負って現れるのでは、という期待もあった。
音色のよいピアノの中、「ひまわり」が冒頭の空気を飾る。
PAもしっかりして、喉の調子もよく、本日のステージが期待できる。
そういえば、昔はあれほど演奏されたこの曲も、最近は演奏頻度が落ちたように思われる。
ギターで演奏していた頃からよい曲だと感じていたので、定期的に聴きたい曲ではある。
次のアルバムに入れるかもしれないが、少し「チャイルディッシュ」とのことで、未音源化曲が演奏される。
「大丈夫」風のピアノの前奏から始まる。
「はじまりの歌」だと思っていたが、「はじまりのメロディ」とのことである。
「メジャーセブンス」「マイナーナインス」などのキーワードが用いられながら歌われ、メタ構造的な要素を持った曲である。
「航海日誌」は人気のある曲だが、この日の演奏はなかなかよかった。
ピアノも弾きこなされてきたのか、力も抜けて聴きやすかった。
「千のバータフラーイ」と張り上げる声色も、ノイズが少ないよい音質で、満足度の非常に高い演奏であった。
全体にピアノも声も調子がよかったためか、「妄想ヘルスメーター」はちょっと明るく軽めに感じられた。
今までは、絶望的なほどに暗い曲調と演奏に沈み込んで、この妄想を延々と語っているのが、一つのドラマの心内場面のような世界描写が感じられた。
この日は、役者としてではなくミュージシャンとしてこの曲を演奏しているように感じた。
ここで、毎度おなじみの加藤一誠登場。
帽子と童顔が爽やかな好青年である。
何度か合わせた「キングオブロケンロール」の演奏となる。
全然ロケンロールでないが、JIROKICHIの35周年の記念に作られた曲のはずである。
「チュチューチュチュチューチュチュチューチュ」の部分のハモリや、時折入るチョーキングが、相変わらず気持ちよく入り清涼感を与える。
また、ピアノばかりでなく加藤一誠のギターも、「適度な脱力」が見られるようになったのも、一つの収穫であった。
おそらく、何度か一緒にステージに立つことにより、曲の雰囲気の中での弛緩の置き方を工夫するゆとりが生まれたのであろう。
「泣いているのは君だけじゃないよ」も、一時期毎回演奏していた曲。
水谷浩章との演奏もよい間奏が入るが、加藤一誠のギターはアドリブ風の早い動きで高音域の間奏が入り、そこはなかなかよい。
新曲の「みんな崖っぷち」は、当日加藤一誠にいきなり共演をお願いしたらしい。
結構な負担のはずだが、加藤一誠のそこでの返答がよかった。
「これもライブの楽しみ(「醍醐味」だったかもしれない)」とのことで、石川遼も顔負けの模範解答が返ってくる。
「優しい人はみんな崖っぷち」「昨日の嘘はバクに食わせる」といった歌詞があったことを記憶している。
最近の柳原陽一郎の視点は、ある程度普遍化された複数形の「人間」に目を向け、報われない者や頑張っている者に対しての暖かな配慮を投げかけているように見える。
具体性の高い特殊な事例を強調させて、そこから命題を引き出そうとする手法は、完全に市民権を奪われたようにも感じる
なお、第一部のMCは「藤沢秀行」と「自称プロサーファー」について、多く語っていた。
第二部は、まさかのギターを抱えてのスタートとなる。
「みんなの☆(星)」を、ストロークで一人演奏する。
明るい曲調の割に、歌詞が重く(暗いのではなく重い)、スターとして扱われる人物の影を落としている生い立ちや心情、葛藤などが織り込まれている。
最近の歌詞は、ある程度突き抜けて達観している境地のものが多いが、「one take ok!」頃の歌詞は、プロセスの中の緻密さ(上手く表現できず申し訳ない)が方々に感じられ、たまに聴くとハッとさせられる。
この日初めてのたま時代の曲、「お経」もさすがにギターで弾かれる。
本当は、この曲あたりを加藤一誠と合わせたらカッコいいのだが(恵比寿の「HIROKI MODE」での水谷浩章とのセッションはとてもよかった)、じきに見られると期待したい。
たま時代の曲で、加藤一誠と合わせたことがあるのは、「マリンバ」ぐらいだっただろうか。
「お経」の後の、昔の思い出話が非常によかった。
最初の全国ツアーは、なんと青春18切符で回ったとのことである。
東京の人間なので分からないかもしれないが、実は大阪から先の中国地方まではものすごく遠い、と言っていた。
山陰本線で延々と西に向かう中、他にすることもないのでひたすら曲を作っていて、その中に「お経」や「はこにわ」があったらしい。
そして、長崎の諫早の鉄工所のおばちゃんたちに、この「お経」が物凄く受けて、「これでいいんだ」と強い自信を持つに至った。
当時、マイケルジャクソンが「We are the world」などを出していたのに、片や「坊主」、だが、その方向性もこれを境に迷いがなくなった。
もっとも、受けたのは「パーカッションの人のキャラクターも大きかった」のではないかと分析していたが。
この日の「お経」は、「ボーズ」の合いの手が入るまで何度か同じ部分を繰り返し、第二の「ジャバラの夜」になる予感もした。
「千夏さんち」は、1カポのスカボロフェアといった印象。
さすがに、これをピアノで弾くと別の曲になる。
440で忌野清志郎の「僕の自転車の後ろに乗りなよ」をアンコールで弾いたが、そのときと同じぐらいのしっとりした静かな雰囲気を感じた。
ピアノに戻り、「どんと(柳原陽一郎と誕生日が同じ)」のことを歌った「トラブルマン」が久々に演奏される。
ところどころ、「トンネル抜けて」や「魚ごっこ」が挿入される。
昔は、柳原陽一郎のライブでどんとの「昨日までは男風呂、今日からは女風呂」が何度か演奏されているようなので、ぜひそちらも光を当ててほしいと思う。
そして、本人大絶賛、「マキシマムのラブソング」と自評する新曲、「バッドラブ(恋の病)」が演奏される。
松田聖子の「スイートメモリーズ」などで用いられる、「レード♯ド」と半音ずつ落ちるアレンジが、ラブバラードっぽさを出していた。
予想どおり、久松史奈が登場し、前回ピアノのバッキングで柳原陽一郎が参加した話題になる。
人のバッキングでピアノを弾くのは、人生二度目とのことで、自分のファンが一人もいない完全アウェーの中で、「あれほど緊張したことはない」とのことであった。
もっとも、ピアノの腕だけを見込んで久松史奈が依頼をしたわけではないだろう。
MCでバックに振ったとき、期待以上の言葉が予想され、何よりもコーラスとしての能力は替えが利かない力量がある。
どんなステージだったのかは観ていないので分からないが、二人きりのステージだった場合、単なる引き立て役ではなく一緒にステージの世界を構築していく役割は誰よりも果たせたのではないだろうか。
「Happy Birthday」は、当然この日の主役に向けられた歌であろう。
JIROKICHI35周年のときにも聴いたが、サビで声が被る部分に、柳原陽一郎のコーラスの全力さを確認でき、この日一番に実は力を入れていたのではとも想像させる。
3拍子の2と3で叩く手拍子もここでは新鮮で(TOMOVSKYは毎回ある)、和やかな雰囲気の中、曲も終わる。
そして、柳原陽一郎が久松史奈に「ハンドメイド」な要素を指摘し、それがよく表れている曲をリクエストした、とのことで「100ある幻想」となる。
二人で共作した「5月の空」あたりが来ると予想していたので意外であったが、バックにとっても思い入れのあることが感じられる演奏であった。
久松史奈がステージを去り、一人になった後は「リードボーカル」の話題になり、最後の曲の「満月小唄」が演奏される。
レイトショーでは毎年、喉が限界寸前になったところで歌っていた曲であるが、この日はまだまだ7~8割の感があり、余力を残したよい声のままでの演奏であった。
「満月小唄」も、加藤一誠が入ってクオリティが高まりそうに感じるのだが、「あれもこれも」というのは求めすぎであろうか。
アンコールが入り、ピアノに戻り、「オリオンビールの唄」。
前回は「タメ」を多用・強調しすぎで、ギター演奏で感じ取れる「細い線でデリケートに流れて繋がっていく世界」がかえって失われてしまった印象を受けた。
今回は、適度な揺らぎとタメで演奏されたので、喉の調子がよいこともあり、好演であった(それでも、わずかにギターバージョンの方がよいか)。
「ララーララーララーララララー」のコーラスを、ここでも聴衆に求めていた。
ソロになってからの曲にはあまりないが、たま時代の曲はこのようなコーラスがもともと入っていたものも多い。
会場参加型のライブになればなるほど、古い曲が活躍するというところは、少し面白い。
加藤一誠が再度登場し、ノリピーに捧ぐとのことで、「うちへ帰ろう(ゴーイングホーム)」でアンコール本編終了。
やはり余力を察した聴衆はアンコールの拍手を止めず、再度この日の主役の登場。
ギターを担ぎ、「ヒノモト音頭」を演奏。
この手の軽やかさは、やはりギターの方がしっくりくる。
加藤一誠再々登場で、何か曲が残っているのかと思えば、一番弾き慣れた「徘徊ロックNo.5」で終了。
この日は、ツインギターで、高音のハモリがよりビート感を強調させる。
アリスの谷村新司風に「ありがとう!」をフレーズの谷間谷間で強調し、ピアノとは対照的に力の入りまくった演奏で終了となる。
新曲あり、ゲストあり、久々のギターありで、MCの面白さも含めて十分に堪能することができるステージであった。
一時期の440でのライブがそうであったように、「JIROKICHIでの柳原ライブに外れなし」の経験則が、今回も適用されたことが確認できた。
谷山浩子との共演や、来年(意外と準備の残り時間はもう短い)の440での連続ライブにも期待したい。




