カフェれら(Cafe・れら)/国立(http://ranrantsushin.com/rera/ ) 水曜定休
ジョンソンtsuの演奏の衝撃が未だ覚めやらないが、メモが見つかるまでの間、先に地球屋の近所のカレーを紹介したい。
国立駅の南口を出て、線路と垂直に真っ直ぐ直進し、一橋大学にぶつかる間一髪のところにライブハウス「地球屋」はある。
一橋大学との境界線の道を左折して数秒足を進めたところに、「カフェ・れら」はある。
本当は、旭通りを途中まで歩くと、インドやタイやネパールなどのエスニック料理の店が山ほどあるので、そこを覘いてもよかったのだが、地球屋の近くで「すーぷかりー」も美味しそうに思えたので、こちらにした。
店の外観は、こじんまりとして丁寧に作られたお洒落な空間に察せられる。
入口は、こんな感じである。
だが、ドアを閉める瞬間から、お洒落なだけの店でないことが分かる。
木で作られていると思われるドアは、手作りなのであろうか、しっかりと押し戻さないと閉まらない。
大学時代、サークルの部室が陸軍の兵舎で使っていた建物をそのまま流用していたものだったが、そのときもこんなドアであった。
話を戻すが、おそらく、入口の上が唯一エアコンの付いている場所なので、入ったら一押しして閉めるように心がけたい。
音楽が流れていたが、入る前の予想と異なり、沖縄音楽が流れていた。
聴き覚えのある有名な「沖縄を返せ」で出迎えられるとは、予想が付かなかった。
東チモールの珈琲豆など、普通のカフェやカレー屋には見当たらないものがいろいろ販売されていた。
本棚には、『週刊金曜日』などがずらりと並び、カレーと一緒にビラでも出てきそうな予感さえしたが、全くそんなことはなかった。
店主(女性)は穏やかで品がよさそうであり、「体によさそうな天然の素材」を使うことに純粋に意識が向いているが故の店の方向かと思えた。
ちなみに、ホームページを探してもなかなか出てこないが、右下の小さなリンクの一つに女性店主が写った画像があった。
ホームページにも記載があるが、一応メニューは以下の通り(ホームページの方が見やすい)。
薬膳カリーは、持ち帰りが出来るのが嬉しい。
この日は地球屋が待っていたので注文しなかったが、近くを通ったら(国分寺ぐらいまでならたまに行く)寄り道してもよい価値がある。
残念ながら、チキンの「すーぷかりー」は品切れであった。
ジャガイモにチーズをかけた「すーぷかりー」と、肉を用いない薬膳カリー(豆力)とを注文する。
辛さは選べたが、初回なので追加料金がかからないところまで辛くしてもらった。
胡麻や香辛料などと、小さなすり鉢と棍棒が出てくる。
摩り下ろして、一緒に食するらしい。
調子に乗って徹底的に摩り下ろしたら、すり鉢から細かい胡麻の粉が取れなくなり、カレーにかけるのに難儀する。
何事も、中庸の精神で接するのがよいようだ。
お待ちかねのカレーが、雰囲気のあるテーブルの上に運ばれてくる。
スープカレー系の店は、見た目が美しい(というか食をそそる)盛りで出されることが多い気がするが、ここもなかなかよい。
あまりよく撮れていないが、こんな感じである。
ご飯は五穀米であったが、何と何が入っているかはよく分からない。
大盛にしても、おそらくはカレーの辛さによっては問題はない。
スープカレーはガネーシャ(新橋)でも食したことがあるが(他の店でもあるが、店がなくなったところが多い)、スープが具財に染み込み、辛さも後から染み込んでくるタイプなので、食が進みやすい。
ジャガイモなどの根菜系は、やはり味が染み込むスープ系のルーによく合い、とろけたチーズも、冬にこれを頬張ったらどれだけ美味しく感じるだろうか、と想像させられる。
次回は、ぜひチキンの「すーぷかりー」を、と言いたいところだが、この日感動したのは、もう一つの「薬膳カリー」の方だった。
「薬膳」という響きに、薬効的な魅力こそ感じていたが、「苦い漢方薬を混ぜたような味がするのではないか」という誤解を持ち続けていた。
薬膳カレーを注文する機会が何度かあったはずだが、様々な言い訳を自分自身にして、味を知らないままでいた。
だが、実際に口に入れてみたが、悪い空想とは全く異なっていた。
インド系のさらさらカレーが「混色を重ねた深い色でのモノトーン絵画」の感があるのに対し、ここの「薬膳カリー」は「ステンドグラスのような部分部分の色彩と光をそのまま生かしたような」調和と存在感が感じられた。
上にかかっているコリアンダー(パクチー)も、ステンドグラスの間のパテか窓枠のように、カレーの味の輪郭線を描き出す役割を担っているように感じられた。
本当は、エチオピアの2階や他の薬膳カレーの店のように、薬効を書いた紙を読ませながら提供した方が、自己暗示効果により薬効が倍増するのかもしれない。
だが、噛めば噛むほど、喉を通れば通るほど、味が多層化しいくつもの美味しさの形容が浮かび上がってくることは、薬膳カレーの登山口にはたいへん相応しいメニューであるといえよう。
次もまた次も、地球屋に行くときには「この店に足を運ぼう、少なくともこの店に寄る時間だけはこしらえよう」と決意させるだけの味と静かな存在感があった。
カレーというスパイシーな要素の他に、ココナツミルクの甘みや五穀米とコリアンダーのアクセントが上手く絡み合っていて、この店で自信を持って薦められるメニューであると思う。
この「薬膳カリー」の余韻が残るうちに、自分でも似たようなものを作ってみようと思い、カルディでコスモの薬膳カレーのルーを買ってきて、試してみた。
やはり、自分でスパイスを継ぎ足しても限界があり、近い味を作り出すことは出来なかった。
ただ、チャナやレンズの豆を主体にしたのと、後ですり胡麻を大量に加えたのは結構よかったので、しばらく研究を続けてみたい。
ナチュラルチーズを加えたのも悪くなかったが、当初のコンセプトとずれてきてしまったので、次は入れないで試してみるつもりである。
「薬膳カレー」といえば、自分の中では、まず白山(都営三田線)の「じねんじょ」という店が浮かんでくる。
もしかすると、他にも「もっと元祖になるような店」があるのかもしれないが、少なくとも20年ぐらい前はこの店しか知らなかった。
そういえば、最近「じねんじょ」の社長になったアメブロのブロガー? から、何度かペタをいただく。
思うところをメッセージで送ろうかとも考えたが、この場を借りて書き記すことにする。
どう読み取られてしまうか不安なところではあるが、薬膳カレーの元祖とも言うべき味を守り頑張っている姿勢に対しての、激励と敬意であることはご理解願いたい。
・元来、カレー好きは、「職人」に惚れ込むものである。
・カレーのことは何時間でも語り続けられるだけの、経験や知識、愛情を持っていると、通って店を守りたくなる愛着が湧いてくる。
・ブログは、「経営が苦しい」ということを多く語っており、正直なところであろう。だが、それだけを読んで足を運びたくなる一見はいない。
・白山は東洋大学と京華高校ぐらいしか思い当たらない不利な場所であるが、真の愛好者はカレーのためだけに切符を買い店の暖簾をくぐる。
・書きたいことは山ほどあるが、突き詰めると「自分の店の自分のカレーにどれだけ愛情があるか」に尽きると思う。
・ブログを読み、薬膳やスパイスの効能、メニューの味や香りが伝わってくるのであれば、それだけで大きな宣伝効果になると思う。
ブログを全部読んだが、「常連が支えていた店で、店主が変わり常連が離れてしまった」といった記述があった。
本当は月に一度でも二度でも当時の店主に頭を下げ店に立ってもらうのが、一番元常連を呼び戻すことが出来る方法である。
もちろん、こればかりは相手あってのことなので難しいかもしれない。
だが、「じねんじょ」のブランドは、現経営者が想像している以上に大きい。
「大衆化・一般化」の方向ではなく、過去を踏まえ(元常連の声が聞けると本当はよい)「格別化(といった言葉があるかわからないが)」の方向性で生き残る道はあると思う(と外野が勝手なことを言ってみる)。
だいぶ漠然とした曖昧な書き方に徹したが、書きたいことは大体書いた。
近いうちに足を運び、ビーフかチキンを注文するつもりである。
話を、「れら」に戻すが、「れら」という店名は、おそらくアイヌ語の「風」の意味であり、自然であることをまず第一にしたいという店主の意志の表れであろう。
ホームページ(http://ranrantsushin.com/rera/
)を見ても、あまり多くは語っておらず、カレーが美味しそうだと感じるだけである。
だが、店の中の雰囲気と空気は、店の名前に反することなく、自然であることを感じさせる。
特に、入口以外空調を抑えた店の空気は、一昔前の避暑地のペンションの店舗に近く、懐かしささえ感じさせる。
今回は地球屋の開場時間も近かったのでカレーのみ注文したが、次はケーキと飲み物も注文してみたい。
きっと、轢きたての珈琲から、東チモールの風を感じることができるであろう。

