Yuki Ikawa・辻隼人・青葉市子・山田庵巳/池袋鈴ん小屋(10/05/21)
(Yuki Ikawa)
前半不明
・オネスティ
・絆
(辻隼人)
1.牝牛
2.鬼殺し
3.四海(しかい)
4.エリーゼのくせに
5.セントマーガレット医院
6.羊の歩み
(青葉市子)
1.不和リン
2.ココロノセカイ
3.レエスのむこう
4.日時計
5.色彩都市
6.重たい睫毛
(山田庵巳)
1.模範的な黒
2.右手に松明
3.山羊でした
4.窓辺のダンスホール
5.ぱぷりかぁな
6.寒がりな羊を見かけたら
7.砂の道
8.命の傍らに
9.高速バナナに飛び乗って
10.羊のアンソニー
本当は、この日の目当ては山田庵巳であった。
だが、共演の弟子である青葉市子、及びピアノの鬼才辻隼人の演奏は特筆に価するものであった。
ライブには標題も何も記されていなかったが、特別な企画とも取れるだけの価値は間違いなく存在した。
Yuki Ikawa(http://www.yukiikawa.com
)の演奏は、残念ながら最後の2曲だけしか聴けなかった。
MCで、ピアノの勉強に行ったドイツで一度ライブを行ったことや、韓国でも演奏してみたいといったことなどを話していた。
ピアノや歌は、「正統」なスタイルである。
この後の3人の印象があまりに強すぎてしまったので、少々この日の演奏の印象はかき消されてしまったところはあるが。
声も他の共演者のハイトーンと異なり、中音域で響く音質であり、高音のトップ部分は若い歌い手特有のファルセットで処理しようとしていた。
ビリージョエルのカバーの「オネスティ」は原譜通りの伴奏で(以前ピアノピースを購入したことがるが寸分違いはなかった)、自分の癖を織り込まずに真面目に曲に向かっていた。
「絆」も、健全な精神から生まれる前向きな曲で、MCも含め真面目に音楽に長年取り組んでいるところから生まれる姿勢が垣間見られる。
悪く言えば模範的過ぎて面白みのないMCであるが、秋葉原ドレス辺りに行くとこういう模範的なMCばかりであるので、1人ぐらいはこういう色も必要なのかもしれない。
この後のステージからは、針が振り切れるぐらいに極端な世界が待ち受けていた。
辻隼人は、長身で正装、髪は上げていたような記憶がある。
アップライトの向こう側で演奏場面を確認できなかったが、トイピアノかグロッケンのソロの音が遠くから響いてくる。
「牝牛」という曲のようだが、動物性をあまり感じさせない。
オルゴールのような静かで小さく整った創りの音楽である。
音源の確認を取っていないが、記憶の中で昔の映画「エレファントマン」の主題曲に近い印象を持った。
完全なインスト曲だが、完成度も高く先が楽しみになる。
続いて、酔っ払って作ったという「鬼殺し」が演奏される。
この曲からはボーカルが入るが、これがまた凄い。
声自体は佐藤伸治のようなお化けが出そうなよい高音で、心地よい。
歌詞が全く聴き取れない(歌詞があるかも確認できない)のだけが残念だが、意味が分からないおかげで想像力が増強されるところはあるかもしれない。
最初の静かな部分が終わると、流行歌にはありえない民族楽派のクラシックにも近いリズムの連続と、統制されたシャウトが奇妙な調和(または不調和)を生み出し、ますます音楽に引き込まれることになる。
「四海(しかい)」は、どこかヨーロッパの古謡の響きを感じさせる。
とは言え、ケルト的な民族性でなく、もう少し中欧~東欧あたりの、バルカンかブルガリアあたりのリズムや和音、旋律に近いと感じられる(個人的にはそう感じた)。
この曲が、おそらく一般社会との接点も多いと感じられ、一番耳当たりもよい曲であると感じた。
延々と続くモードの中、展開を見せていく旋律、そして突然の収束、誰にでも勧められる名曲である(他の曲を勧めるのには勇気が要る)。
「エリーゼのくせに」は、静かなゆったりとしたピアノアルペジオから始まる。
タイトルから、ベートーベンの有名曲のモチーフがあったかと予想したが、全くそうではなかった。
冒頭部が終わると、すぐにピアノに抑揚とリズムが生まれ、ボーカルだけならロックにも感じられる力強いアウトラインの曲線が高音の肉声で画かれる。
声の発声にも技術があり、金管楽器の弱音器を付けたような響きのまま「エリーゼー(ここだけは聴き取れた)」などとシャウトしているところは一人で二台の楽器をセッションしているかのような印象を与える。
ホーミーの絶叫があるとするとこんな感じになるのかもしれないが、サッと普通の歌い方に切り替わる部分もあり、力任せに叫んでいるのではないことが分かる。
「セントマーガレット医院」は、千葉県に実在する演奏者の地元の病院である。
その病院でひどい目に会ったことから、曲名になったとのことである。
現代曲的な不協和の響きから始まった後は、やはり静かで月光でも射し込んでいるかのような夜を感じさせる。
この曲も、お化けが出そうな欧羅巴の夜の静けさがあり、よい。
どの曲にも言えることだが、全ての曲で世界をぶち壊すことなく、完璧なまでに緻密な演奏をする。
その上で、五線紙の上だけではない部分で、様々な表情を曲に織り込んでいく。
おそらく、アプローチとしては主題や様式が先にあるのではなく、表現すべき映像か時間軸も伴った世界の流れを先に意図し、それを全ての手法を排さずに汲み取る音をモザイク状に張り巡らせているのであろう。
最後に、「羊の歩み」が演奏されるが、これは圧巻である。
夜のモンスターハウスに足を踏み入れてしまったかのような異世界が待ち受けており、これは一聴の価値がある。
一言で片付けるのであれば「前衛的」という言葉だが、奇を衒っているのではなく、表現しようとする方向に適切に考えられない技法が用いられている。
アップライトの天板を開き、ピアノの「弦」をダイレクトにスクラッチしたり撥弦したりする部分も、決して音楽の流れや調和を崩さず、最後まで鎖は繋がっている。
クラシックギターの作曲家で言えば、ブルガリアのウルクズノフあたりの前衛さに近い気もするが、楽器が違う分表現の幅も大きい。
辻隼人は、ピアノの化け物である。
好みは別として、人生あるうちに一度は聴いておきたい。
最後の長い静かなリフレインと最後のスポルツァンドの不協和音は、モンスターハウスから逃げ出した静寂さ、そしてホッとしている間に一瞬のうちに断末魔を迎える映像が個人的には浮かんできた。
「羊」がどのようなところを表現したのかは分からなかったが、辻隼人の目立つところを集めた集大成の音楽である。
辻隼人を一度だけ聴いた印象で評すれば、「静寂と狂気の同居と調和」とでも言えようか。
楽器も声も技術があり、中間色の微妙な世界からグラデーションのまま原色の狂気まで、繋ぎ目なしに自在に動き回る。
この日の一番の収穫は、実はこの辻隼人だったかもしれない。
どこかの空間で、再び演奏と世界に触れることができる日を待ちたいと思う。
次の青葉市子のステージも、緊張感溢れるよいステージであった。
それまで山田庵巳や大貫妙子の代用以上の存在価値を見つけきれずにいたのだが、この日で青葉市子自体の強い価値を見出すことができた。
まず、冒頭からよかった。
「不和リン」が始まったとき、そこが「風の谷」にいるかのような錯覚に陥り、荒涼とした広い大地に風が吹き荒んでいるかのような光景が映った。
twitterでも記したが、よいライブは演者と客席の間の空気の色が音楽とともに変化する。
池袋の繁華街のライブハウスにいることを完全に忘れさせ、澄んだ空気が声と呼吸とともに循環しているのが感じられる。
開放弦を含むギターアルペジオは、純粋な上昇系などの完全な定型でない動きが見られ、それが飽きさせないバリエーションに自然となっている。
次の「ココロノセカイ」へとつなぎ目無しに移行するのは師匠譲りか。
「不和リン」よりもメジャー和音の部分が多く、この声質で明るい曲調で歌われると、どこか少女のバレリーナが背をスッと伸ばして動くかのような清々しい印象を与える。
マイナー和音の曲は映像や空気などの外部に働きかけるが、メジャー和音の青葉市子曲はどちらかと言えば感覚や心情に働きかける。
自己紹介を行った後、「レエスのむこう」が演奏されるが、この曲あたりは大貫妙子の影響を(少なくとも音楽的には)大きく受けていることをうかがわせる。
「不和リン」型か「ココロノセカイ」型かと考えると、「レエスのむこう」は後者の方に近い。
異世界の映像を映写することはないが、やはり心に働きかけ、生活の中で目にするささやかな美しいものに触れたときの感動に近い感覚を、曲中絶えることなく感じ取ることができる。
「日時計」は、サンジャック「ひくつ系音楽会」で耳にしたときは冒頭しか生み出されておらず、それでも非凡な世界の萌芽を感じさせており、どのような方向に曲が方向付けられるのか実は楽しみにしていた。
実は、ギターの技量的にもこの「日時計」は一番華があり、緩急を繰り返す部分部分で高速のアルペジオやラズゲアードが額縁からはみ出さないようにアクセントの楔を打ち込んでいた。
この日は、2/3ほど出来上がっていたようである。
組曲と呼ぶにも近い、部分部分で全く異なる表情を見せる曲で、飽きさせることなく主題を次々に展開させている。
この文章を書いている時点では既に完成しているらしいが、その完成形を確認できる日を待ちたい。
次いで、大貫妙子のカバー曲コーナーになり、「色彩都市」が演奏される。
前回観たときは「いつも通り」と「黒のクレール」であったので、おそらくしている曲があり、演奏していく予定があるのであろう。
細かい部分は別として、曲後感は「レエスのむこう」に近く、ややテンポがあり軽いカッティングが入るといった違いがある。
「この後は皆さんお待ちかねのY.A.氏です」と次の師匠の紹介をして、「重たい睫毛」が演奏される。
この曲は、「不和リン」型か「ココロノセカイ」型かと考えると、完全に前者である。
「不和リン」以上に映像が浮かび上がり、鳥肌が立つほどの高みの異世界に連れて行かれる。
個人的に好きな部分は、開放弦を用いたミの音の同音アルペジオから微妙な和音に変化していき下降していくところである。
音楽はリズムという名の乗り物に乗って移動することだけが楽しみではなく、素足で大地を踏みしめて一つ一つの足元の草花に目を向けていくこともかけがえがないことだと教えてくれる。
山田庵巳以上に素を見せない緻密な音創りと空気、それとコントラストをなす脱力感のあるMC、MCが素晴らしいと絶賛することはないがあのMCから刹那のうちに遥か離れた世界にテレポートする力は評価するべきであろう。
青葉市子は、翌日大きなイベントが大阪であり、師匠の終演後に少し早めに鈴ん小屋を後にしたはずである。
また、表参道でのワンマンも直後にあり、チケットも場内で数多く売れていた。
もう何年かすると、大きなも催しに引っ張りだこの存在となる予感もある。
そうなると、所持金が3000円の生活ともお別れすることになるのだろうか。
いずれにしても、演奏に関しては緊張感と緻密さがあり、素晴らしいひと時であった。
もうここまでで相当満足してしまったが、ここで帰る訳にはいかない(もっとも帰ることはあまりないが)。
当初の目的の、山田庵巳の出演である。
実際、この数日後から忙しくなることが決定していたので(直後の新宿SACTのライブは2回とも行けなかった)、十二分に堪能しておきたい気持ちもあった。
BGMの中の長い指鳴らしの後、いよいよ冒頭の定番曲「模範的な黒」が演奏される。
やはり、下に2本低い弦がある分、青葉市子の弾き語り的な伴奏よりも「小さなオーケストラ」的な伴奏の響きを感じる。
指は、この日はよく動いていたように思えた。
「夏です、二の腕の季節がやってまいりました、こんばんは、Yです」と紹介があり、予想された「右手に松明」が演奏される。
この曲は、他の数多くの山田庵巳作品と異なり、他の演奏家にカバーされる可能性の低い曲である。
組曲的な要素があり、部分部分は美しいメロディも存在するが、曲全体を貫くテーマが「二の腕」であるので、印象に強く残る代わりに美しいだけの曲より喉越しが強い。
「埼玉県と千葉県と二人の関係は遠恋か」などの、毎回異なる台詞が曲中に組み込まれ、何事もなかったかのようにいつもの調子で曲は続く。
「君の太陽を知ったときから~」以降の部分は、やはりゾクッと来るものがあり、この部分のためにそこまでの部分があるのではないかとさえ感じさせる。
この日のギターはこの曲で一番冴え渡っていたようにも思える。
裏の拍で効果的な音が何度も入り込んで、
さっきから何かガサガサ言っていると言って、ペグに取り付けた「マカロン」に手を触れる。
チューニングをしながら、「昨日弦変えたんだよ、信じられない話だけど7弦がまた切れた」と、神楽坂EXPLOISIONで起きたのと同じ事件が起きた報告を行う。
「弦全部変えると3000円かかるんだよ、そういえば青葉さんの財布も3000円、ステージで所持金言う人初めて見た」と呟いた後、「山羊でした」が演奏される。
白馬に乗った王子様だと思ったら山羊であったなどという、山田庵巳作品の中では希少な歌自体に笑いの要素が入った曲である。
「何だったかな」と前奏を弾きながら曲が分からなくなり、「重症だな」といいながら「ぱぷりかぁな」を始める。
途中で、先ほどの「山羊でした」に入り、「休職中なんだ、俺は」などと本当か偽りかも分からない呟きが入り、元の曲に戻らないまま終了する。
何度も先ほどのマカロンを触りながら調弦する。
調弦中、「素晴らしいミュージシャンの方々に~幸せに思います」という言葉が出たのは、おそらく本音であろう。
「寒がりな羊を見かけたら」は、山田庵巳を聴くことの幸せをつくづく実感する曲である。
サビよりも冒頭の部分に、伸びのある高音と繊細なメロディのコントロールが感じられ、鳥肌が立つ思いをする。
2番3番と聴き続けたいと思いながら、すぐ曲が終わってしまい、懐石料理のような腹八分目感が続く。
製氷機の音がして、「氷ができた」とチューニング中に呟く。
「ああそうだ」の後、「水下さい」と大きな声で注文した後、小さく「氷、○たやつ」と言い足した。
「入ったやつ」なのか「抜いたやつ」なのか、少なくとも席によっては確認できなかったが、店員には後者に聴こえたようだ。
水を手渡された山田庵巳は、「氷がない」と、残念そうな声を上げる。
文脈からは明らかに前者なのだが、ここは店員を責められないところはある。
「砂の道」も、か細い高音で、やはり美しい。
定番曲だが、何度聴いても飽きがこないのは完成度の高さ故であろう。
最後に「高速バナナに飛び乗って」が演奏される。
青葉市子の曲の一節が挿入され、「ちょっとやってみたかったんだ」とすぐ曲に戻る。
青葉市子に詳しい客がいる場であるがための、演出と試行であろう。
「お帰りの際はくれぐれも気をつけて、世知辛い世が待っております」と、日比谷カタンの口癖で本編終了する。
客層的にも、これには反応がよかった。
「ありがとうございます」とは決して言わず、「本当に困ります」とアンコールが始まる。
カポをセットしたものの、アンコール定番の「砂の道」も「ぱぷりかぁな」も演奏済みのため、何を演奏しようかと思案する。
「私、来年の春には父親になります、嘘です」「ちょっと言ってみたかったんだ」と最後まで飛ばしまくり、「羊のアンソニー」で終了する。
伸びやかな切ない音楽の後、「素敵な夜更かしを」の言葉で締めた。
今回も「機械仕掛乃宇宙」「春夏秋冬」が、青葉市子、山田庵巳どちらからも演奏されなかったのは残念だったが、共演者に引っ張られるようにクオリティの高いステージが続き、満足いく時間を過ごすことができた。
なお、鈴ん小屋は靴を脱いで入る寛げる空間で、緩い演奏ならば座布団を折りたたんで寝転びたくなるのんびり感がある。
だが、ステージ上はそれと対極にある緊張感(少なくとも音楽上は)が継続していて、そのような欲求を誘うことはなかった。
5月終わりと6月の新宿SACTの公演は終わってしまったので、次回の確認できる山田庵巳のライブは7/23の秋葉原ドレスである(※7/9に新宿SACTがあるとのメッセージを頂きました、ありがとうございます、10回分の半券を持っていくと1回無料で聴けるライブハウスです、皆様ぜひ足をお運びください)。
どうも、山田庵巳自身の企画らしいが、詳細はよく分からない。
山田庵巳の音源は、どうもほとんど販売されていないようだが、「かぼちゃのスープ」だけは確認できた。
iTuneやミュージコにはなく、MORAで158円であった。
http://mora.jp/package/80328008/HLMR-1005/
ただ、コピー回数の制約もあるようなので、CDを入手するか、下記のサイトの方がよいかもしれない。
http://www.cheerup.in/A0000189/index.html
こちらは100円だが、支払いがビットキャッシュのみである。
早いところ、多くの音源が公開されてほしいと、ファンの一人としては望みたい。
※追記ついでに、書き忘れた山田庵巳のMCを幾つか追記(言い回しは微妙に相違があるかもしれない)。
・アロマテラピーの勉強をしなくちゃ(休職中、の話題の部分で)。
・モチベーションという言葉は300回ぐらい~(メモが読めない)。
・レッドブル2本~(飲んだと思われる、メモ不足)。
・嬉しいんだ、青葉さんが芸人みたいになってくれて。
・本当は寂しいんだ、twitterのやりかたもわからないし。
・そう言えば真夏日になったところもあったみたいですね(と全く同じ言い回しを時間を空けて2回)。
・鈴ん小屋の水は美味しいなあ(氷の入っていない水を2回目に飲んだときの言葉、多分正直な感想)。
・いいなあ、ワンマン。26日にライブがあるので、よかったら、来て、下さい、場所は忘れましたけどね。
なお、衣装は短いズボンではなかった。
青ジーンズとメモにはあるが、全く思い出せない。
黒○○とあるのは、メモも読めない。
また、横に音に合わせて踊る花の鉢植えが置いてあったが、新宿SACTのときと違い、全く踊らなかった。



