DRESS AKIBA HALL 2ndAnniversary Live「奇人達のお茶会」/秋葉原ドレス(10/07/23)
出演:山田庵巳/原大介/土佐拓也/アサダマオ
(山田庵巳)
1.ほしあかりつきあかり
2.冷たい指先のワルツ
3.春夏秋冬
4.あまつぶ
5.刑事キャノンボ
6.サメの背びれも気にしない
7.山羊でした
8.狼の夜想曲
9.窓辺のダンスホール
10.命の傍らに
11.無題
12.火の玉
(アサダマオ)
1.HAPPY
2.みんなのブルース
3.(「いまから海へ行こうぜ」で始まる曲)
4.真実
5.ドライフラワー
6.ダンス
(原大介)
1.(インスト曲)
2.(「泣いてる子はいないかい」で始まる曲)
3.チャッキリ節
4.春夏秋冬
5.狐の嫁入り
6.即興演奏
7.ロバのウタ
8.Summer(久石譲曲インスト曲)
(土佐拓也)
1.close to you
2.バニラ
3.ポタージュ
4.花火
5.distance
6.hungry butterfly
7.月の砂漠に
1月半ぶりの更新であり、レポを記していないライブも相当溜まってしまった。
ミニノートPCのACアダプターが壊れていたためだが、言い訳は次の機会に譲るとして、山田庵巳の誕生日のうちに1本ライブレポを上げておきたい。
手短ではあるが、これから毎日1記事のつもりで更新したい。
twitterでは記しているが、山田庵巳の次回ライブも記すと、10/1に代官山「晴れたら空に豆まいて」、10/6に新宿サクトである。
携帯ページもできたようなので、便利になった。
この日は、今回で5回目となる山田庵巳の「引退ライブ」であるとともに、珍しい山田庵巳自身の企画ライブでもあった。
半月後に既に次のライブが予定されている中の「引退」の真意はさておき、「これが最期のステージになっても」という熱意で舞台に上がろうという心構えではないかと、自分には感じられた。
今後も「引退」と刻印された山田庵巳のライブは、それだけの決意が秘められたステージであることが予想され、期待できるものとなるはずである。
また、この企画には「奇人達のお茶会」という洒落た名称が用意され、その名に違わぬ世界が披露された。
「山田庵巳のリスペクトするアーティスト」というコンセプトで集められたギター弾き達は、商業主義の枠から大きく外れてはいるが、それを極限まで貫き通した演奏を聴かせた。
なお、土佐拓也だけは「ゲスト」の表記があったが、これはメジャーを目指し「奇人」の称号を剥奪されたからであり、他の共演者の方が低い地位にいるという訳ではない。
会場は秋葉原ドレスで、月例ライブが行われているわけではないが山田庵巳が重用されているライブハウスである。
照明も音色も規模の割に美しく、缶のまま出てくるドリンクは味気ないが、キッコーマン製のマンダリンオレンジジュースはなかなか美味しい。
電車を降りてから改札までの距離より、改札から会場までの距離の方が短く、アクセスがよいのも助かる。
料金も良心的で(この日は前売り1500円+ドリンク代)、都内で「西高東低」と言われるライブハウス状況を打破したいというこのホールの意気込みは感じられないでもない。
山田庵巳のこの日の服装であるが、帽子はハットタイプでシャツの襟は水玉柄のものでなかなか凝ったものであった。
ズボンは短めのものでなく長めの広がりのあるタイプを着用しており、トレードマークの一つであるはずのくるぶしはズボンの裾に隠れたままだった。
後ろ髪を束ねていて中性的な雰囲気が強いところも、前回のサクト同様であった。
今回は自分の企画であるためであろうが、1番目の出演で、その後は司会進行に徹した。
いつもどおりに「模範的な黒」の導入となる前奏が始まり途中まで進むが、この日はいつもの小さな呟きに入る前にスローな伴奏に移行し、「つきあかり ほしあかり」が演奏された。
そのため、ふだんよりゆったりとした印象でステージが始まり、「いつもと少し趣が異なる」感がその辺りにも感じられた。
続いて演奏された「あなたの髪に飾る星を探して」で始まる「冷たい指先のワルツ」は、個人的には初聴である。
もともと三拍子の曲は好きだが、中間部の伸びやかな旋律で歌い上げながらdimの和音で主題に戻す(確かそうだった気がする)王道は、三拍子が三位一体と結びついているという調和を体感させた。
続いて「春夏秋冬」の前奏が流れてきて、木漏れ日のような光と温もりとが8弦ギターの表面から伝わってくる。
1番だけの演奏のことが多く短く感じられる曲だが歌詞も曲も美しく、この曲の前奏の響きが聴こえてくると、交差点の角を曲がったときに予想もせずに可憐な花が咲き誇っているような、そんな目を奪われる風景が現れてきたような感覚を覚える。
この曲についてはたくさん記したいことはあるが、溜まりに溜まったライブレポが残されているので、次の機会に記すことにする。
ただ、この「春夏秋冬」については、前奏が流れてきたときから幸福感を覚えるだけの名曲であると感じている。
曲後、やっとギターを弾きながらのMCが入り、「今年で5回目になります、5回も僕引退してます」と「引退ライブ」であることが告げられるが、会場で額面どおりにそれを受け止める者はいない。
冒頭の曲同様ゆるやかな「あまつぶ」が、同じようなペースで歌われる。
普段の山田庵巳のライブは、鳥肌が立つ瞬間や胸が苦しくなる切なさを味わう瞬間が何度も訪れるのだが、この日はそれを極力均等化し、ゆったりと観客が聴ける曲を並べていた(少なくとも途中までは)。
「3番目の方がまだ到着していません、許可を得ましたので電話をかけてみます」とラインで繋いだ携帯電話を取り出し(この時点で明らかに仕込である)、「到着していない」原大介に電話をかける。
「近くまで来ている」「オタ芸を見たいので探している」といった会話があり、「着きました着きました」ということで会場に到着し現れるという、台本どおりの猿芝居が行われた。
原大介が着席した後、また演奏は再開され、この日の中では多少物語的要素がないでもない曲が演奏される。
眠らない犯罪都市といえば「江古田」とのことで、「刑事キャノンボ」であるが曲的には華やかなところが感じられる。
「刑事」というよりは「宇宙刑事」シリーズのような勢いがあり、ヒーローもののような疾走感が爽快である。
個人的には「踊るよデカ(刑事)ダンス」という、さりげない言葉が感心させられる。
そして、間奏に入る前に、原大介と「オタ芸どうだった?」「見てない」と短い会話が入り、「江古田」が海浜都市でもあるということが語られた後、そのまま「サメの背びれも気にしない」が演奏される。
この曲もこの日初めて聴いたはずだが、前曲からの流れと温度があまりに自然であったので、最初はこの曲は前曲の一部ではないかと思い違いをしてしまったところがあった。
あまり盛り上がらないとのことで(そんなことは決してないのだが)、「2番もあるけど1番だけで」と終了になる。
やはりゆったりと聴ける「山羊でした」が弾かれた後、これも一つの曲の連続かと思い違いする「狼の夜想曲」が続くが、これも初めて聴く曲である。
「やわらかおおかみ」とどちらが正式名称かは分からないが、ここでいつもの山田庵巳ライブで味わう想いを強く感じることになる。
途中までは前曲と同じくらいの温度でゆったりと聴いて油断をしていたら、サビの部分で胸の中をえぐり出されるほどの感覚が突然訪れる。
まさに満月の夜に変身した「狼」のように、「柔らかな君の声で子守唄聴かせておくれよ」の言葉と響きに引き出されて、心がかき乱される。
3番か4番まで曲があったら本当に変身してしまっていたところであるが、そこは抑えて、有名なショパンのノクターンが弾かれ、「窓辺のダンスホール」に移行する。
「歌いたいんじゃない、しゃべりたいんだ」とのMCがあり、この日はあくまでも「主役は他の3人」と共演者を立てる方向性を示す。
「あ、司会のマイクが立っている」と舞台脇の司会用マイクの存在を示し、非常に非常に珍しい山田庵巳の総合司会を堪能できることが表明された。
「命の傍らに」とタイトルのない曲が、連続して演奏される。
「命の傍らに」は定番曲であるが、この日はどうしてもその次の「タイトルのない曲」と一緒に歌う必要があったのであろう。
「タイトルのない曲(これは曲名ではなく、本当にタイトルがないことを示す、信頼の置ける筋より確認済み)」は、「最近友人とお別れをする機会があって」と特定の人物に捧げられた曲であることが告げられた。
音楽の構成はメロディアスなリフレインを用いるようなものでなく、言葉(メッセージの方が正しい)が初めにあり、それを気持ちを込めて会場の最後列で立って聴いているであろうその「友」に向かって精一杯歌っているような気迫が伝わってきた。
優しすぎて才能に長けた「友」が自分の感情を押し殺し、最終的な結果に繋がったことに対しての、抑え切れない想いを二人称で歌った短編は、この後続く「奇人」のステージを全て通り過ぎた後も、まるで烙印を押されたかのように強烈に印象に残り続けた。
もしかすると、この曲を理想的な形で自分の用意したステージで歌うためだけに、この日のリストは組まれたのではないかとさえ感じられた。
「満足です、歌いたいものが全部歌えました」と述べた後、やはり前曲の余韻を上書きすることのない「火の玉」で終了する。
「愛が全てでなく、愛が滑って」であるという前回同様の言葉で、山田庵巳ステージ終了となる。
そして、余韻に浸ることもなく、「ここからが本職でございます」と司会マイクのところに行き、「私、総合司会を務めさせていただきます山田でございます」といったような挨拶をして頭を下げる。
もっともっと聴きたいところではあったが、さらに珍しいものが観られるという喜びもあり、胸は高まる。
山田庵巳と入れ違いに、次のアサダマオ(この人はトリプルアクセルはしない)が登場する。
にこりともせず準備に気が向いていて、せっかく山田庵巳が「今回アサダさんをお呼びできたことを光栄に思います」と持ち上げているのに、気付いたのか気付かなかったのか無反応であった。
「実は仲が悪いんです」と山田庵巳が言葉を入れても、何も返って来ず、そのまま「ではどうぞ」とアサダマオのステージが始まる。
今から思えば、どう考えても分が悪い山田庵巳の後のステージということで、緊張が多少なりともあったのではないかと思われる。
なお、今回のレポを記すに当たって、アサダマオと原大介についてはマイスペースとYouTubeに上がっている曲を全部確認したのだが、アサダマオのこの日の身なりは動画と異なり額を出すような髪の留め方をしていた(ムーミンに出てくるミーに近かった印象がある)。
エレキギターの高音の2つの弦を使って、淡々とした八分音符が爪弾かれ、最初の曲の「HAPPY」が始まる。
和音はオーソドックスな循環系で、女声としては高くない中音主体の、歌唱と朗読の中間ぐらいの、流れていくような演奏が続く。
山田庵巳の女性の共演者は、比較的高音で絶叫するタイプの歌い手が多かったので、聴いていての疲労度が少ないという点では非常に助かる。
歌詞はYouTubeで確認できるので詳細は省くが、響きとしては七五調の定型の語呂を重視しているところが感じられ、ラップやブルースと似たようなことを行おうとしている割には聴きやすく、メロディラインが浮彫にされてくる。
最後のテーマ「ハッピー、素晴らしい」の部分で、「サン、ハイ」とリフレインを要求する。
不意打ちを突かれた客席がすぐに反応できないところで、「山田庵巳が見てるで」と関西言葉で語るが、会場で一番反応してくれなさそうな人間の名前を出すところには無理がある。
それでも、一曲目の演奏後には客席に謝意を表し、「嬉しい」旨の言葉があった。
「みんなのブルース」は、歌詞はマグロを盗んで捕まった野良猫や勉強のできない子など、具体性のある対象を内面を含み描いているので、意外と飽きずに聴けた。
この曲もまた、最後の「ブルースが聴こえる」のリフレインが客席合唱の形態で、「サン、ハイ」が入り「じゃあ、次男の子」などと指定まで入った。
曲の内容や印象は別として、コード進行は原マスミの「心配」に近かった。
「今から海へ行こうぜ」で始まる曲は、ネットでは曲名などを確認することはできなかった。
用いられる一つ一つの語は、耳当たりのよいキーワードではあるが、多少別の場所、別の口からも聴いたことのあるような固有名詞は記号として感じられないでもなかった。
言葉の響きの部分は重視して組み立てられているような感はあったが、この曲はワンコーラス曲なのか、かなりあっさりと終了した。
「真実」は、酒場のマスターと「孤独」について語り合い、「汝の孤独を愛せよ」ということが「真実」である旨の内容が諭される内容である。
この曲が、というわけではないが、気になった点としては譜面台に歌詞かコードかは分からないが紙を置き、それを始終眺めながらの演奏であったところである。
本当は、ラップのような言葉主体であれば、それこそ丸腰でも構わないので客席に視線を向け続けて訴えてほしいところはある。
だが、その割には言葉は準備に準備を重ねたような内容であり、サビの収束部はブルーハーツ程度にはメロディアスなところもある。
技量的には他の3人より遥かに伸びしろがあるので、創り込められた世界を「どのように伝えるか」という手段、提示法を掘り下げていく価値はあると考えられる。
「ドライフラワー」は、注文なしに非常によかった。
変声期前の少年のボーイソプラノのように、真っ直ぐな耳当たりのよい高音で、メロディアスな旋律が何度も何度も繰り返し歌われる。
「ドライドライフラワー、夢など見ない、ドライドライフラワー、あなたは枯れた」という1つ目のテーマと、「レイレイレイニー、雨が降る、レイレイレイニー、雨が落ちる」という2つ目のテーマと、それぞれがミルフィーユのように何層も重なり合っていく。
乾いているのか湿っているのかどちらか分からない、突っ込みどころが残っているのも素晴らしい。
後付けの理屈付けを考えるなら、「表面的にはドライにさめてしまっているように見えても、心の中は涙の雨が降っている」と強引に処理できるかもしれないが、まあそんなことはどうでもよい。
2つのテーマが繰り返された後、本来であればエンディング主題となるはずの4ビートのスローな旋律が歌い込まれ、ゆっくりしていくたびに心の中で収束を予感させるが、それは裏切られる。
さらに最初の主題に戻り、また延々と元のリフレインが続く。
このあたりがおそらく、アサダマオの真骨頂なのではないかと思う。
ラップやブルース的に言葉を五線の枠からはみ出して唱えるよりも、中学校の音楽の教科書に載せられるような素直な旋律に乗せて、本当に伝えたい言葉だけを愚直にリフレインさせていくスタイルが、この歌い手の魅力に繋がっている。
「音楽の教科書」と記したが、この日の演奏ではなくマイスペースやYouTubeを確認する限り、アサダマオの旋律は素直なおおらかな優しさが感じられる。
このタイプの音楽は量産しにくいところはあるが、音楽の中身そのものは魅力的であるので、妥協することなく原石を磨き続けてほしいものである。
アサダマオの作品はマイスペースでもYouTubeでも聴くことができるが、アサダマオを1曲だけ試聴してみるのであれば、この「ドライフラワー」がお薦めである。
ちなみに、「ドライフラワー」は6分を超える曲であるが、アサダマオのマイスペースの曲目リストを確認すると「ドライフラワー」が一番短い曲であった。
普段は、おそらく長めの曲主体の演奏を行っているものと思われる。
曲後、自分は27歳で、結婚してもうすぐ1年経つことが語られる。
「山田庵巳のイベントやからそんな人来へんやろ」と思っていたら、「めっちゃ人多い」と驚いていた。
実際、この日は山田庵巳の通常のライブより遥かに客入りはよかった。
山田庵巳企画というだけではなく、原大介の集客力があったのかもしれないが、この企画に多くの足が運ばれたのは素直に嬉しい。
最後に、自分や山田庵巳の音楽が世に認められていくことにより、自殺する人も減るのではないか、といったようなことを述べ、最後の「ダンス」が歌われた。
ちなみに、この曲の前に会場にゴキブリが現れ、「ゴキブリゴキブリ~」と節を付けて即興で歌ったのはよかった。
「ダンス」は、ネット上の動画を観る限り、本人の一番の気に入った作品であるようである。
途中までは、ほぼ単音で言葉だけが唱えられ、途中からは持ち味の「愚直なリフレイン」が伝えたい言葉を重ねながら繰り返される。
メッセージは、山田庵巳の言葉をヒントに組み立てられたアサダマオの人生観であり、これからも語り続けられる曲となるであろう。
「ワン、ツー、サン、ハイ」からは、耳当たりのよいメロディになり、そして客席に再々度コーラスを求め、「アサダを愛してる」「今日から俺たち友達」と歌わせたところでアサダマオの「出し物」が終了となる。
この日のアサダマオの一番の手柄は、普段本人の口からなかなか伝わってこない山田庵巳の私生活が語られたことである。
・打ち合わせの電話で、自分は早口なのに山田庵巳はゆっくり話す。
・8弦ガットを自分も弾いていたが、才能ないからガットは止めるようにアドバイスされた。
・ガリガリのような細い体だが、一緒に食事に行くとものすごくよく食べる。
・夫から、「あの人(山田庵巳)には気をつけなさい」とよく言われる。
他にもあったかもしれないが、また共演の際は興味深い情報として告知されるであろう。
アサダマオについて総括すると、ギターこそこの日の共演者の力量には劣るが(もっとも、上回るのは相当大変なメンバーだが)、体の中で鳴り続けているであろう音楽については、精一杯引き出していこうという試みが感じられた。
「山田庵巳のリスペクトするアーティストたち」というこの日のコンセプトを考えると、ギターや歌の上手さではなくこの内面に込められた音楽の存在の大きさについてを「リスペクト」していたのであろう。
個人的には、「ドライフラワー」的な、素直なメロディーを重ねていく曲を主体にした方が山田庵巳目当ての客の受けはよかったと思われるが、観客との一体感という点ではこの選曲も悪くはない。
総合司会の賛辞の後、「原君の出し物、楽しみにしてください」と、次の出演者の紹介が入る。
原大介はサウスポーであり、弾き語りには珍しいことなどが語られる。
おそらく偽りではないと思われるが、この日の観客の64パーセントが原大介目当ての観客であったとの主催者コメントがあった。
山田庵巳同様に、ネットで確認できる限り原大介はあまり自らのライブ活動の売り込みには熱心でないようであるが(おそらく、どちらもよいものを提供し続けていれば、おのずと結果は付いてくるという信念なのであろう)、機会がめっきり減った都内での原大介の演奏ということで入場者が集中したのであろう。
YouTubeなどの動画上では、少し品のよいお坊ちゃま風情だが、髪を少し切ったこの日の印象は小島よしおあたりの暑苦しさに近い。
MCなどに垣間見られるぎこちなさ、スマートでない滑舌なども、その印象を強めるものであった。
正直、この時点ではこのギタリストに大きな期待は抱いてはいなかったし、「奇人」に属する別な部分で何か観るべきものがあればよいくらいに考えていた。
この日唯一のスティール弦のアコースティックギターを、左利き仕様でストラップからぶら下げて、立ちながらの演奏であった。
「洗練」という言葉と対極のステージが用意されていると予感させられたが、その予感は裏切られたとも正しかったともいえない結果が待っていた。
そして、1曲目が始まる。
低音はミュートしながらの高速のスリーフィンガーかツーフィンガーで伴奏を、高音弦はミュートなしの伸ばしの音が旋律として、それぞれ奏でられる。
ピックは用いずサウスポーの左手の指で直接弾かれるが、その際弦自体を指先で叩くようなパーカッションの要素が加わり、ビートやリズムが直接的にギターを通して演奏される。
動画でもこの曲は確認できるが、この日の演奏はもう少し速かった印象がある。
音楽の構成自体はEmとB7が主体のオーソドックスなマイナー調の進行だが、部分と部分とのつなぎのところで日本的な響き(上手く言葉にできず申し訳ない)がある。
歌詞のないインスト曲ではあるのだが、原大介の音楽の特性がよく感じられる曲であり、この後の期待が高まる。
ちなみに、下のアドレスでこの曲も動画で確認できるが(冒頭曲)、動画の速さよりもっと速い速度で演奏されていた記憶がある。
この動画のシリーズで他の回を確認すると、この日の曲の大半を確認できる。
ギター弾きは一度、この奏法に驚いておく価値はある。
http://www.youtube.com/watch?v=XOtOkktpqhQ
曲後、間を置かずに次の曲に移ったが、この曲には歌詞があった(現段階で曲目不明)。
「泣いてる子はいないかい、弱い子はいないかい、君を喰っちゃうぞ」という部分が主体の歌詞であったように記憶しているが、ナマハゲか何かをテーマにした曲であろうか。
この歌がオリジナルか伝統古謡かは分からないが、歌詞も歌い方もかなり土着的な雰囲気がある。
民謡か民族音楽かのルーツが、どこか部分的にでもあるかと感じられるものであった。
歌い方は、喉を鳴らすタイプの歌唱法で、山田庵巳あたりとは対極である。
だが、その歌唱法自体が洗練されてはいけない民族性土着性を、程よく保管しているように思えた。
そして、次の「チャッキリ節」が演奏されると、その印象が確かなものとなった。
ネットの動画で観ることができるが、故郷の静岡にゆかりのある曲を必死に練習してものにしていったところがよく伺える。
歌に入る直前で、「アサダマオがコール&レスポンスを強制しないでやりっぱなし」であることに感心していたが、当の本人は「はー、チャッキリチャッキリチャッキリな、カモン」を高らかに歌い上げ、強制ではないにせよコール&レスポンスを求めていた。
そこで、客席に出身地を問うアンケートを行ったが、これも「やりっぱなし」感があってよかった。
ただ、静岡出身だが、今は「関西が熱い」と、関西で頑張っていて活動の中心としていることが語られる。
「真面目な歌を一曲やるぞ」と、「春夏秋冬」が演奏される。
読み方は分からないが、山田庵巳の同タイトル曲(こちらの読みは「はるなつあきふゆ」)とは別の曲である。
原大介のマイスペースでも冒頭部を聴くことができるが、前の演奏された2曲の土着的な雰囲気は完全に消え去り、少なくとも音楽的には洗練された構成になっている。
3拍子の3拍目に弦をナックルで叩く独自の奏法は入るが、和音進行も定型の循環型から距離を置きつつも美しい微妙な調和と安定があり、「奇人」ではない聴衆の人口にも膾炙する作品であった。
実際、この日の曲の中でも頭抜けて音楽自体のクオリティは高く、歌わなければ小松原俊あたりのアコースティックインストゥルメンタルギターの作品と並べても違和感がない。
歌詞は四季折々を歌うというよりは時の流れの速さを歌にしたという印象で、冒頭から1小節ごとに季節が次々と移ろっていく。
このあたりは、山田庵巳の一つ一つの季節にそれぞれの重みを置いている世界とは若干相違がある。
「時が経つにつれて『君』が離れていく」というテーマがおそらくは主題だが、一箇所「花の種を風と鳥が運んでいくよ」といったような歌詞があった記憶があり、その部分は印象に残っている。
おそらく、その部分からの印象のためであろうが、地に着いた感覚ではなく鳥のような一つ高い視点から自分を含めた世界を瞰視していると感じられる。
自分の周りで起こること、感じることも、大きな季節を含めた時の流れからすると、埋もれ消えてしまうちっぽけなことであるという想いが、見事な演奏の裏で語られていく。
と、ここまでの流れをそのままで収束させ、しっとりした余韻を残したまま曲を終えることも可能なはずだった。
だが、この日のこの企画一番の「奇人」と考えられる原大介は、それをよしとしなかった。
途中、歌のマイクを床に置き、また前奏と同じ美しい間奏をギターで奏でる。
何が始まるのであろうと聴いていたら、原大介はいきなり舞台上で横になり、首だけをマイクの置かれたステージ側に向け、そのまま歌とギターを続けた。
舞台上には長身の男性一人だけが横になり、ギターを抱えて弾き、声を張り上げて歌うという異様な光景があった。
そのちょうど最中、タイミングよく会場に訪れた「幸運な」観客がいた。
原大介ステージ終演後、山田庵巳も「一番面白かった」と語っていたのもまさにその場面で、「最初に眼に焼きついたのがこの光景で、どのような印象を持ったのだろうか」と想像すると、可笑しさはやはり感じられずにはいられない。
ちなみに、別の曲だが同じことを行っている動画が見つかったので貼っておく。
http://www.youtube.com/watch?v=NO6DnbV4Jk8
曲後、「座るか」とやっと椅子に座り、「めっちゃ練習しました、一人で」と繰り返し練習したことを報告する。
その後、「服は人の醜さを隠すためにある」話をして、話と全く関係ない曲に続いていく。
ちなみに、この日の演奏にはなかったが、ネットの動画を確認するとドラえもんの主題歌の演奏が確認できる。
この編曲は『現代ギター』というクラシックギターの雑誌に載っていた楽譜がベースの演奏で、おそらく原大介のギタールーツの一つにはクラシックが存在する。
シタールのタブラー奏法なども強い影響を受けたらしく、コピーだけでなく自分自身で消化した上で、オリジナルのものを紡ぎだしている点が山田庵巳のリスペクトする大きな要素なのではなかろうか。
「狐の嫁入り」は、動画で確認する限り7拍子と思われる。
といっても、4拍子と3拍子が交互にやってくる複合拍子なので、会場で聴いていたときには「間合いが詰まっているかもしれない」程度の違和感のみで、最も目と耳が行くところはやはりギターであった。
冒頭は、ギタリストのアヘンと呼ばれる(もっともこの通称が一般的かは知らないが)1弦の開放と2弦の音を半音でぶつけてくる和音が多用される(ロドリゴのファンダンゴ的な和音)
原大介は、オリジナルにこだわらず、ギターが生きるのであれば比較的カバー曲も多く演奏するようなので、この曲もオリジナルかカバーかは分からない。
だが、どちらにしても「音楽的複雑さ」と「伝統的日本的懐かしさ」を同居させているこの曲は、原大介世界に相応しい曲である。
歌詞は、「あの娘に会いたい」というテーマで、狐の嫁入りの自然現象(いわゆる天気雨)に結び付けて描いている。
「ここで今までのことを全部台無しにするかもしれないことをやります」と、今一番夢中になっているという「即興演奏」を行った。
冒頭こそ、沖縄音階に近い旋律か緩やかに奏でられるが、メインはギターの叩き(弦の音のあるなしを含めて)であり、1拍の間に3種の叩きを複合させる(3連符)パターンがかなり続いていた記憶がある。
最後に、地声で「おーい」と叫び、ストロークが何本か入って演奏は無事終了した。
見事な演奏であったが、曲が終わり「ちょっとずるかったね、最後考えてきた」と、黙っていれば分からないものを、種明かしを行った。
このあたりも、親しまれるキャラクターの元になっている一部であろう。
「希望の歌を一曲」と歌われたのは「ロバのウタ」で、マイスペースは冒頭だけだが、YouTubeではフルで聴くことができる。
この曲は、歌詞も曲も似たもののないまさに原大介世界の真骨頂(先ほどもこの言葉を使ってしまったが)であり、代表曲として挙げるならばこの曲以外にはない。
伴奏は叩きを含む特有の高速演奏で、疾走感が強い。
1番が終わった後の間奏で、ppになり遠くから近づくようにまた膨らんでいくのが、音楽的なダイナミックさを上手に表現している。。
次の土佐拓也も「天才だ」と褒めていたが、歌詞も凡人には生み出せないものであった。
「あのときロバを助けていればな」という何度も繰り返される主題が、まずどう移入してよいのか聴き手は試される。
「ロバ」は具体的な対象がいるのか、象徴的な意味合いで用いられているのか、寓話的な表現の中に解釈の拡大の可能性を残す。
分かりやすく記すと、「ロバ」のような他者を肯定的に捉える必要があったのか、それとも自分の内面的な「ロバ」的要素を大切にすべきだったのか、「物語でない」と指定するだけでも何通りかの文脈が存在する。
おそらく、「ロバ」には自分自身の投影がどこかにあるはずなのだが、それを「助けておく」という本来他者に対する行動と結び付けているところが興味深い。
曲後盛大な拍手が起こり、「いつも一人で駐車場で練習していても誰も拍手してくれない」と素直に喜びの言葉を口にした。
「今ので燃え尽きた」「今のが最後の曲で、アンコールが来たと仮定して、次はアンコール」ともう一曲だけ演奏することが告げられる。
また、蝶ネクタイをいつもするが忘れたので、この日は時刻表を破いて作ってきたということも、蝶ネクタイを解いて客席に示した。
そして、会場の最前列の男性に声をかけ、「僕のお手伝いをしてほしい」との言葉があった。
そこでは、合図をしたら「おっちゃん名前何てーの?」と言ってほしいというリクエストを要望していた。
演奏されたのはトヨタ自動車のCMや映画の主題歌でも用いられた「Summer」で、歌詞のないインスト曲であった。
個人的には、「奇人」ぶりを示すオリジナル曲を演奏してほしいところであったが、思ったよりも曲の展開がありギター自体の諸技法が顔を見せたので楽しむことはできた。
最後の観客とのやり取りであるが、これはステージの種明かしになってしまうので、何と切り返したかは記さずにおくが(別会場でもおそらくやっているだろう)、これも準備あってのものであることが十分に伺えた。
この原大介ステージは、まさにこの日のテーマ「奇人達のお茶会」に相応しいものであり、充実したひと時であった。
関西に出て(それにしても、反対方向は多いが東京から関西に出るのは珍しい)まださほど長い活動を行っている訳ではないので、おそらくライブでの集客力や知名度はまだそれほどではないと予想される。
だが、この真似のできないギターの特殊奏法、それと対極の洗練されていないMCとパフォーマンスは、「とてもくだらないことに、とても大きな労力をかける」ことを評価する(と思われる)大阪の空気に合致するはずである。
関西のライブハウスで、おそらく原大介の名前が見られる場面はこれからもあるはずである。
もし、そのとき記憶にあれば、原大介のステージに足を運んでほしい。
唯一無二のギター、音楽世界であることだけは保証する。
山田庵巳も日比谷カタンもギターの技術は非常に高いが、「似たものがない」といった点では原大介を上回る奏者を知らない。
できれば、関西で名を高めて、今度は原大介企画で関西で「奇人達の~」を主催し、関西に山田庵巳を紹介してほしいとも期待したい。
日比谷カタンあたりにムジカジャポニカまで連れて行ってもらうほうが早そうだが、原大介も非常に興味深い演奏家なので活躍してほしいと切に祈る。
原大介ステージが終了しても、なかなか原大介は引っ込まず、山田庵巳との会話がステージ上で行われた。
「2番目と3番目の出演者が濃すぎて、もはや私が誰なのかも皆さん覚えていない」と、労をねぎらう。
「デザート」「口直し」「お詫び」といった言葉で土佐拓也が表現され、これからのアコースティック音楽の中核を担うとの言葉までもあった。
山田庵巳がそこまで評価するのはどれほどの才能なのか、期待は膨らむ。
原大介が「土佐君」と普通に呼び、「めっちゃ、人」と呟き、登場した(確かに客は次々と入り、会場の規模を考えると超満員であった)。
その後、出会ったきっかけなどの会話があった後、「土佐拓也君に盛大な拍手は」「なし!」と紹介し、柔らかなタッチのアルペジオの前奏が奏でられる。
1曲目、カーペンターズのカバーである「close to you」が、少しテンポ感のあるサンバかボサノバの調で演奏される。
ギターの響きはノイジーなところがまったくない、手堅く丁寧な奏法であった。
原大介のギターの鍛錬が「耳驚かせる」要素の準備であるなら、土佐拓也のギターの鍛錬は「耳和ませる」要素の準備がなされている。
中音域で糖度を増す声質で、高音域は他の出演者と異なり、高音は力を加えて通すタイプでなく、軽いファルセットで力を抜く音質を用いていた。
先ほどのステージが、喉からの地声を鳴らす歌唱法であったので、音響的には不協和な倍音が存在せず、聴き心地のよい楽器演奏のようであった。
「聴きやすいでしょう」と自ら述べたが、この「聴きやすい」がこのステージ全般を通した長所でもあり、弱点でもあると、後で感じることとなった。
「バニラ」は、山田庵巳の「ぱぷりかぁな」と同様に、四分音符のベースラインを奏でながら和音を裏で打ち込んでいく奏法である。
実際、この伴奏のまま「ぱぷりかぁな」の歌詞を当てはめ、歌うこともできるのではないかとも思われた。
間奏で芸達者なところを魅せてくれ、ミュートトランペットの音質を口で奏で、一人二重奏を披露する。
「あのときロバを助けておけば」と、即興で先ほどの原大介のフレーズを織り込んでくるところも芸達者である。
正直、全編通して歌詞であまり印象に残っている部分はないのだが、「誰も触れることのないギリシャ神話のように」というフレーズだけはなぜか印象に残った。
言葉自体が持つ響きと旋律の動きとが、この部分については完全に調和して感じられたからと考えるが、はたしてどうか。
また、この曲が一番顕著だったが、右手の親指の動きが緻密かつ高速であり、この特筆すべき技術が土佐拓也の音楽の根底を支えていると述べても過言ではない。
「ポタージュ」も、やはり柔らかなギターの響きが支配する。
「土佐君のギターが小さく感じる」と、このステージ前に山田庵巳の言葉があったが、もしかすると本当にショートスケールの、テンションを下げたギターを用いていたのかもしれない(全くの未確認)
「ポタージュ」は、CMソングでそのまま用いることができそうなぐらい、柔らかな舌触りのポタージュ感が感じられる曲であった。
曲の印象だけで言えば、柴草玲の「おやすみ」あたりに近いか。
朝の光を浴びた食卓の爽やかさと柔らかな明るさがあり、朝食のBGM向きであるとは感じた。
「バラードやります」と演奏された「花火」も芸達者の延長線上で、打ち上げ花火が上がり「パッ」と音を立てるところを、口のみで擬音化している。
「花火が終われば君とさよなら」といった場面描写が主題の曲で、個人的にはバラードというより音楽による情景描写の絵画に近い印象を持った。
秀逸だったのは、通常の「花火」の「ドカーン」といった力強さを全く出さずに、遠くに上がる花火の小さな響きを儚げに表現していたところである。
おそらく、この日初めて聴く観客の多く(自分もだが)は、この「花火」が一番印象に残ったのではないだろうか。
「またサンバのリズムで」と、「distance」が演奏される。
何も引っかかるところのないスムーズなサンバのリズムが刻まれるが、この辺りが土佐拓也最大の弱点かもしれない。
聴いていて、あまりにもスルッと通り抜けていくのである。
「見事だ」という印象だけはあるが、研ぎ澄まされた軟水のように引っかかるところない喉越しなのである。
「スラリと読めてキラリと光る文章」が受験小論文の極意だとすれば、「スラリ」はあるが「キラリ」を抑えてしまっている印象がある。
パレード用サンバでよく存在する二拍三連の引っ掛かりなどを音や言葉のアクセントとして用いれば、もう少し印象が強く残ったかもしれない。
もちろん、これは完璧なまでの技術があった上での要望ではあるのだが。
「hungry butterfly」は、多めの音節を2ビートの曲に乗せて、軽快に歌い込まれる。
放っておいてもスラリとした流れがあるので、このくらい言葉数があったほうがちょうどよい。
個人的には、土佐拓也のステージではこの曲が一番楽しめた。
この曲も、間奏で管楽器を模した口での演奏が入る。
その前で、打楽器か何か別な楽器も模していた記憶もある。
間奏部分で、「コール&レスポンスのコーナーがやってきました」「チャッキリチャッキリチャッキリな」と、先ほどの原大介をリスペクトした演奏が
この辺りの方向性と芸達者ぶりを貫けば、「奇人」の称号は剥奪されることなく、一定の地位を保ち続けていたことであろう。
最後は、「一番大事にしている超スーパーバラード」と述べる「月の砂漠に」で、全編が終了となる。
歌い方としては、スターダストレビューあたりの歌唱が一番近いだろうか。
高音部で搾り出す音質を用意することで感情の揺らぎを表現しようという意図か、自然とそうしているのか分からないが、歌の技量も緻密なところがあるのできっと何らかの意図での歌唱と思われる。
主催者の山田庵巳や遠方から訪れた原大介らに賛辞を贈り、この日の素晴らしい企画は終了となった。
土佐拓也の演奏を聴き、「メジャーとは針を振り切らないこと」であると直感した。
昔の安物のカセットテープは、音声入力のレベルの針が振り切れてしまうと音が歪んでしまうため、エアチェック時には針とにらめっこの状態であった。
それと同じように、芸達者な技術で他の歌い手であればffで声を張り上げるところにスッと、ppを持ってくる緻密さがある。
「これからのアコースティックギター界の中核を担う」という山田庵巳による紹介は、技術面においては間違いなく存在し、今後も期待できるものである。
ただ、中核となるだけの何か芯のようなもの(それが何かは分からないが)を、この日の一度では発見することができなかった。
器用なだけでない、その音楽を生み出す核となる精神の一端に、次にライブで接するときには触れることができたら、と期待したい。
なお、セットリストは「土佐日記(このネーミングだけは素晴らしい)」で確認できた。
アサダマオと土佐拓也は関西出身、原大介は静岡出身だが現在関西で暮らし活躍している。
山田庵巳の共演者は、以前の共演の暮部拓哉なども含め、関西方面にゆかりがあることが多い。
非常に少ないサンプルでの勝手な印象だが、京都楽派は独自の音楽的色彩を貫き、大阪楽派は技術を徹底させていく傾向が何となくあるように感じる。
東京は分母が多いだけ多様性はあるのだが、その分だけ本流の存在は大きく、本流から外れた方向性を際物扱いしてしまうところはある。
山田庵巳が諸方面に多大な負担をかけて今回の企画、人選を行ったのは、商業主義の「本流」から外れた独自の世界を貫くことの美学を、多くの観客に伝えるため場を設けたかったからであると、個人的には考えている。
いや、もしかすると何か使命感のようなものもあったのかもしれない。
自分を売り込むことには淡白な山田庵巳ではあるが(原大介にもそれを感じる)、自分以上に細い道を歩き続ける(「切り開き続ける」の方が的確か)音楽家に対して、精一杯の情熱を傾けたことについて評価される日が来てほしいと切に願う。
これだけ充実した音楽会であったが、帰り道に頭の中を流れていたのは山田庵巳の「友を偲んだ曲」であった。
その余韻が、あれだけの時間と世界を通り抜けてもその力を失っていなかったところに驚きを感じながら帰路に着いた。