柳原陽一郎 20th Anniversary Live ほとんど全曲マンスリーライブ「LADIES AND GENTLEMEN!~ウシはなんでも知っている」の頃/下北沢440(10/05/05)
鬼怒無月(g)、水谷浩章(b)、外山明(d)


1.ファミリープラン
2.回れ糸車
3.19の嫁
4.GTI16V
5.サボテンちゃん
6.レイ
7.愛のSOLEA


8.辛い日々はこりごりだ
9.夏がきたんです
10.自転車道路まで
11.恋はかげろう
12.おろかな日々
13.泣いているのは君だけじゃないよ
14.ブルースを捧ぐ
15.ゲームの規則
16.ファー・フロム・ホーム


17.いたちの森
18.航海日誌
19.お経
20.5963



5ヶ月間続いた、豪華なバックの全曲ライブが終了した。
第5回は「最近の柳原」との副題が付いているが、曲によっては全然「最近」でないくらい演奏されていないものも多い。
直近のアルバム2枚ではあるが、ウェアハウスとの共作の曲目はあまり耳にする機会がなかった。



今回一番嬉しかったのは、水谷浩章がエレキベースでなく全曲コントラバスで演奏を行ったことである。
何年か前、一番演奏に興味を引かれ注目していたプレイヤーは、間違いなく水谷浩章であった。
柳原陽一郎のライブであるにも拘らず視線は大きな楽器に釘付けになり、バックを務めているというだけで柳原陽一郎以外のライブにも足を運んだ。
一番その本領が発揮される場はphonoliteであろうが、普通のコントラバスではありえない演奏が幾箇所にも見られ、言葉を絶する。
「新宿pit in」などでの3daysがあれば足を運んでもらうのが一番よいが、最近のphoniliteの演奏を知らない自分には多くを語る資格が残念ながらない。


「ファミリープラン」からスタートするが、聴き慣れたスリーフィンガーと水谷浩章のボーイングの組み合わせにはホッとさせられる。
この「ファミリープラン」と「泣いているのは君だけじゃないよ」あたりが、柳原陽一郎の現在のモードへの切替になっている曲だと思われるが、この曲あたりにはまだ、細かい言葉の選択(「流線型」「冷蔵庫」あたり)がかなり意識されていて興味深い
「回れ糸車」もよく演奏される曲であり、鬼怒無月のギターがしっとりと柔らかな高音を奏でる。
だが、この曲に関しては加藤一誠のギターバージョンも悪くない。
スティール弦の硬く済んだ響きで何度も入るチョーキングは、清涼溢れる要素をこの曲に吹き込んでくれる。


ここで、いよいよウェアハウスとの共演曲が演奏される。
日程的な相性が悪く、「ウエアハウスと柳原」は東大で一度演奏されたのを聴いただけで、実はお金を落としたことがない。
だが、そのときの印象は鬼怒無月のギターが完璧に出る音も出ない音も調整されていて、「あるべきところに正確に置かれている」といったものであった。
それを強く感じたのは「GTI16V」だったが、この日も鬼怒無月のギターは後奏も含めて無駄のない完璧な音を刻印していった。
「19の嫁」の方は、確か内容がノンフィクションであった記憶があるが、ウェアハウスとの共作についてはいわゆる「現在のモード」からこぼれてしまった曲を落穂拾いのように汲み取っているのが面白い。
アルバムとしての統一感より、こうした「雑多な」ところが、柳原陽一郎の魅力をより多く引き出していると思う。
なお、ウェアハウスの高良久美子を通じて鬼怒無月と初めて面したとき、鬼怒無月は「私がギターの神、鬼怒です」と自己紹介したという(真偽不明)。
また、水谷浩章はミュージシャンにしては珍しく、銀座に居を構えているらしい。


「サボテンちゃん」は、音楽的には水谷浩章の色彩が強い。
この曲のためだけにフルートを一人増やして披露されたPITINでの演奏は、今でも印象に残る。
アイロニカルな歌詞なのにこれだけ柔らかな印象になっているのは、ひとえに水谷浩章の貢献によるのであろう。
「レイ」は、久々に聴けた名曲である。
柴草玲の曲で「ねぐら」という言葉が用いられていて、その言葉を使うために創られた曲であったと記憶しているが、特にコメントは曲後にはなかった。
モード的にはトンネルを抜け切った感のある現在のモードより閉塞感のある以前のモードに属すると思われるが、それまでのリストの流れを完全にリセットするだけの力のある名曲なので、時折で構わないので演奏してほしい一曲である。
ちなみにウェアハウスとの共演では、大坪寛彦が前奏(別曲?)で笛を吹いた後で曲に入っていた記憶があるが、ppのガットの響きと抑えた歌唱でウェアハウス版と同様の静かな雰囲気を醸し出していた。


「愛のSOLEA」で、充実した第1部が終了する。
「ファミリープラン」よりシンプルな歌詞、シンプルなメッセージがテーマである。
柳原陽一郎の一つの到達点ではあるが、同時に通過点の一つでもあると、個人的には考えている。


第2部が開始となり、今回は最初から3人のバックも登場する。
「辛い日々はこりごりさ」は、鬼怒無月がこの曲のためだけにドブロを用意してきており、独自の遠くから聴こえてくるような撥弦の調べが、シンプルな曲調とメッセージに淡い背景色を用意する。
個人的には、この曲は初聴であったかもしれない。
「夏が来たんです」は、レイトショーの常連曲で、確か旧題が「夕立の歌」だったと記憶している。
時季的にはちょうどよい曲である。
「自転車道路まで」は、曲が創られたとき以来、久しぶりに聴く。
当時交流の多かったジャズ系のミュージシャンが変拍子を多く好んでいたため、柳原陽一郎自身が取り組んだ曲だと記憶している。
変拍子と言えば「テイクファイブ」に代表される5拍子が有名だが、実はギター1本で演奏されたときには変拍子という感じはあまりしなかった。
水谷浩章の八分音符で細かく刻みながら(八分音符で「3・1・2・1・1・1・1」の刻み)の重低音があって、初めて「らしくなる」曲である。
「シャランラーララーララン」のコーラスを要求するが、「ジャバラジャバラバ」ほど容易ではなく、会場一体のコーラスにはならない。
個人的には、この曲が2部で一番楽しめた。


ここで、ピットインで演奏することが高いステータスを持つことと考えていたことや、phonoliteのゲストでステージに上がることができたときの感激などを語っていた。
ピットインのために用意したらしい「恋はかげろう」が演奏されるが、やはり鬼怒無月のギターが入ると主役が持っていかれてしまうところがある。
このシリーズを通して、鬼怒無月のファンは随分増えたのではないだろうか。
「おろかな日々」の前に即興で何か歌おうとするが、「何にも出てこない」という旨の即興歌を歌うに留められた。
このあたりはもう完全に現在のモードで、安定した演奏である。


ここで、終曲かアンコールかと思われた2曲が意外にも続くことになる。
「ブルースを捧ぐ」は、非常によかった。
一時期も大変素晴らしく感じていたこともあったが、この曲を含め毎回演奏する曲が増えてきた時期があり、「ブルースを捧ぐ」自体のありがたみもあまり感じられなくなっていた。
今回、豪華なメンバーでなおかつ久々に聴いたこともあり、純粋にこの曲に浸ることができた。
「泣いているのは君だけじゃないよ」も同様であり、本当はここで一旦終了させてもよかったのかもしれない。
どうした意向か、「ゲームの規則」が演奏され、最後はインストで「Far From Home」で静かに終了する。


アンコールは、シリーズ全曲の中からバックの3人が選んだ曲を1曲ずつ演奏した。
「いたちの森」「航海日誌」は、どちらもしっとりした曲だが、水谷浩章と外山明とどちらがどちらを選んだのかは分からなかった。
どちらもしっとりした曲で、前者は「私のストロベリーフィールズフォーエバー」だと述べていた。
「お経」が演奏されたのは、純粋に嬉しい。
この曲とコントラバスの相性は抜群によく、第1回も「できればコントラバスで聴きたかった」と考えていたからである。
だが、この曲を希望したのは鬼怒無月だったという。
「この曲のコーラスをやらせてくれなければもう付き合いたくない」という強い希望があったとのことだったので、てっきり「だるまだまるな」あたりだと考えていたので意外であった。
この曲にコーラスらしいコーラスがあっただろうか、と考えていたが、演奏されて謎は解けた。
「坊主だよ、坊主」の部分ではなく、最後の方に連続して出てくる「ボボボボボボ」の六連符が歌いたかったのである。
柔らかな高音が印象的だった鬼怒無月のコーラスだったが、この曲のこの部分のみに関しては力強さが感じ取られた。


最後は「5963」で、長かったこのシリーズも本当に終了する。
確か「one take ok!」時代に創られた曲のはずだが、マチルダロドリゲスとの共作アルバムでは選ばれなかった。
このままお蔵入りするのではないかというぐらい演奏されない期間があったが、むしろ当時のモードよりも現在のモードに近い歌詞であるためか、最新アルバムでまさかの音源化となった。
曲のエンディングでは「~、ごくろうさんでございます」と、周囲のスタッフなどの労をねぎらい、終了した。


ちなみに、皆勤賞は丸いマグネット2つと手書きのサインのある小さな表彰状であった。
もっともカードの裏に住所なども記載したので、他に何か送られてくるのかもしれないが、今のところ上記のものだけである。


全5回のシリーズが終わり、演奏的には全てが満足なステージであったはずなのだが、何故か一片の物寂しさが残る。
おそらく、それは「これだけのメンバーのステージを聴いてしまったら、今後の普通のステージが物足りなく感じられてしまうのではないか」という不安に起因しているのであろう。
だが、それは多分問題ない。
以前、水谷シリーズで何回もステージをこなした後、ソロのリクエストライブを演ったが、心配など吹っ飛ぶ充実したステージであった。
それでも、今後何を楽しみに柳原陽一郎ライブに足を運んだらよいのかという想いはある。
ライブパレードの頃は、毎回何が飛び出すか分からない楽しみがあった(双葉双一もここら辺に近い)。
440中心のライブに移ってからは、毎回質の高い音楽の再構成を期待できていた。
だが、最近はその時代のモードの曲を磨きこんでいく傾向がある。
今回、鬼怒無月がほとんどの曲で「完成形」レベルまで磨きこんだところがあるので、「これ以上」を期待することさえ申し訳ない気がする。。
今後も、バンド・弾き語りともライブに足を運ぶとは思うが、何を期待してよいか難しいところである。