「エゴ(魂)」の生活パターンの変化 ~ 『トランス・ヒマラヤ密教入門』より | 神尾学と学ぶ!スピリチュアルの王道

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昨日は、「魂=The Soul」という項目からの文章でしたが、今日は「エゴ(魂)=The Ego (Soul)」という項目からです。「エゴ」という言葉、秘教の中で出てくるときには、ほぼ、(エゴイスティックという意味ではなく)魂と同義語です。

The Ego とThe Soulの違いがどこにあるのかは、資料・サンプルが少なくて、よく分かりませんが、今日の文章は、魂の成長に伴う意識の焦点の移行に関する、興味深い文章です。
自分の中には、現在の顕在意識の源になっているパーソナリティー
の他に、今はまだ潜在意識の中に深く眠っていてほとんど感じ取ることのできない魂という別の意識というか、人格のようなものが存在する、という前提で、お読みいただければ、と思います。

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 幾多の転生の長い期間、魂は実際、パーソナリティーを意識していない。
 磁力的な繋がりはあるが、パーソナリティー生活が――最初のうちは小さく無色の取るに足らない――コーザル体の内容物に何かを付け加えることができるようになる段階に達するまではそれだけである。

しかし、パーソナリティー生活の石切り場から最初の石が切り出される時が訪れる。
そして、建設者であり芸術家である人間によって最初の絵具が塗られる。そのとき、魂が最初は稀にであるが、次第に頻繁に、注目を向け始め、やがて魂が明確に、低位我の征服、伝達経路の拡大、魂の存在事実とその存在目的の肉体脳意識への伝達に着手する生涯が訪れる。

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よく出てくる、熱誠家としての、目覚めの時期ですね。
この後は、次のような展開が続きます。

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これが完成し、内的な火がその通路をより自由に行き来するようになったならば、その印象づけを安定させ、その内的な意識を意識的生活の一部にするためにいくつかの生涯が捧げられる。
炎はますますその輝きを放って下降し、やがて様々な諸体が一列に並び、その人間は見習いの道に立つ。

前方に何があるかはまだ彼には分からず、粗野で熱心な熱誠と生来の聖なる熱望を意識するだけである。
彼はよくなることを切望し、知ることを望み、自分自身よりも高い何かと誰かを常に夢見る。

これらすべて、人類への奉仕において夢見た目標は達成され、ヴィジョンは現実になり、渇望は満足へと実を結び、熱誠は目に見えるものになるという深い確信に支えられている。

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ここまで、直接的な交流のある人たちとのみのつながりしか意識に昇らず、ときに(昨日の最後の引用文にあるような)孤独を感じさせられてきたものが、今まではまったく気づかなかった魂を通じてのつながりのある師や仲間に気づく段階に入ってきます。
それに伴って、内面の意識もさらに一段と深まっていきます。

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ハイラーキーが行動を起こし始め、前に述べたように、彼に教えが与えられる。・・・・・・そのときまでは、教師方はその人間そのものに関与することはなく、ただ見守り導くだけであった。
計画の実行はすべて、魂つまり聖なる生命に任され、大師方の注目はそれ自体の界層の魂に向けられていた。

魂は波動を活気づけ、しばしば反抗する低位諸体を急速に増大するフォースに感応させ、それに適うようにするためにあらゆる努力を傾ける。
それは主に、火つまり熱の増大とそれによって起こる波動に対する受容力を強化するという問題である。

働きかけが達成されるまで魂の火はますます大きくなり、やがて浄化の火はイルミネーションの光になる。
この文章を熟考しなさい。

上にあるごとく下もまた然りなりである。
この過程は梯子を一段昇るごとに繰り返される。
第三イニシエーションのときにモナドは魂を意識し始める。
そのとき過程はさらに加速する。
というのも、物質が希薄になるからであり、抵抗は三界にだけ存在する要素であるという事実のためである。