今日は2月に書きかけていた記事を投稿しようと思います。少し長いですが参考になれば幸いです。
さて、投資をしていると自然と日本企業と他国企業を比べることが多くなります。
加えて、僕は米国で学生時代を過ごし、その後も欧州や米国本社の企業で働いてきたので、内部から外資系企業を体験し、顧客である日本企業と付き合うという構図になって久しいです。
一時は外資系企業から離れ、日本企業を中から支え海外企業と伍して戦いたい!という野望?!を抱いて日本のベンチャー企業にて勤務したこともあります(仕事自体は面白かったのですが幹部の権力闘争などがあって滅茶苦茶に大変でしたが・・・)
僕の結論は、日本企業はベンチャーっぽい社歴の比較的短い企業も、業績が安定してくると、(くだらない既得権益を巡る権力闘争に加えて)「同じ業務の繰り返しの毎日になる」ということです。「君、それは当たり前でしょっ」と言われそうなのですが、僕のように比較できる立場の人からすると、そうとも言えないんです。
僕の経験した外資系の企業って、「繰り返し業務」に飽きるなんて暇など与えられず、取り扱う製品、ITツール、ビジネス・モデル、市場領域等がどんどん変化するんです。それこそ、数年に一回は転職しているような感覚になります。必然的に、新しい動向へのアンテナは研ぎ澄まされますし、生き残りをかけて既存ビジネスの見直し、深掘り、撤退、新しい分野や技術の勉強もするし、と同じようなことを繰り返すって言っても、それは「計画して見直して精査して実行して、そして変化やアップデートして学ぶ」ってことを絶えず繰り返しているってことで、対象は変わり続けるので、目をつぶってもこの仕事はできるっていうような繰り返しとは質的に違います。大変なのかも知れませんが、慣れるとそうしないことで頭が鈍るっていうか調子が狂ってしまう感覚もあります。習慣って怖いですね。
それから、利益についての考え方や株主についての考え方も違います。Earning Per Share (EPS)が絶えず大きくなるような意識は欧米系の会社ではやはり強い。それから、メディアでは違うように伝わる傾向があるようですが、持続的に利益拡大を達成するには、実は短期的なコストカットやリストラだけでは乗り切れない。法令順守、IT投資、従業員に対する訓練、福利厚生の充実、メンタルケア、適正評価、採用、解雇、適切な新陳代謝など、そして、それらに対する分析やら真剣度がやっぱり違うと感じます。世界は競争社会なのですが、日本は健全な競争までもが空気として悪いことのようになってしまった気がします。その割には、実体験として、語学だけではなく、他国の文化や多様性を理解できていないビジネスパーソンが少なくはなく、唯我独尊に陥って商談で負けるってパターンを多く見てきました。教育もそうですが、メディアって責任重大だと思います。
米国には60年以上も連続増配の会社がありますね。日本にはそんな会社はありません。一番長い連続増配銘柄は花王ですが、それでも半分程度の期間です。連続増配するには、利益を稼ぎ続ける必要があります。これってものスゴイことですよ、60年以上ともなると。目先の利益の追求の連続では無理で、確かな持続的経営力や人材育成が必要なのです。
そもそも、米国では増配よりも、自社株買いの方が好まれます。理由は簡単です。株主は一株の価値が上がるので当然喜びますし、企業側は、調子のよい時だけ自社株買いをすればよいので、負担が小さい。しかも株価と経営陣のボーナスが連動しているので、ダブルでおいしいわけです。配当って、一度増やすと減らすのは少し難しいですからね。これも自社株買いが好まれる理由です。だから、連続増配の会社って長期的に利益が増大する仕組みを構築しつつ、実践している、という意味で、かなりスゴイことだと僕は思うんです。確固たる変革、成長、未来の経営者輩出の仕組み、それらに対する確固たる長期的な展望と自信がないとできないと思うからです。
日本企業も自社株買いをしたりしますが、米国企業の自社株買いとレベルが違うんですよね。米国では数兆円規模の自社株買いだったりするのですが、日本の場合は、ほんとに金額が小さい。ソフトバンクは健闘している感じですが、それ以外では、焼石に水っぽい金額だったりするので、やっぱり利益の総量と株主還元の意識が根本的に違うと思います。
これは経営者の給与にも現れています。例えば米国の場合は一般レベルの社員の200倍以上をCEOが得ていたりしますが、日本ならせいぜい10倍程度でしょうか。これって、日本の経営者は謙虚でエライっていうんじゃなくて、社会からの圧力が違うと思うんです。もし米国が金の亡者の集まりなら、CEOが多くの給与を受け取ることを株主が許可しませんよね。高い報酬はそれだけの成果を出すことへの正当な対価なのです。だからプロの経営者は必死でがんばるわけです。高い報酬を批判することの方が、実は金の亡者の発想であり、非常にさもしいことだと僕は逆説的に感じています。
たくさんもらうこと自体を悪と思うのではなく、その価値を経営者には実現してもらった方が良いと思います。ここで金額だけで妬みが生ずる社会は小粒な人間の集団に堕して、しかも評価のモノサシのない社会になりやすいと思います。
ところで、投資をしていると、日本の会社ってROEを何%にしますっみたいな中期経営計画が出たりしますが、欧米では見ない気がします。EBIDTA倍率などがM&Aの際に出たりはしますが。そもそもROEの数字を良くするのは当たり前過ぎで皆が言われなくてもそこを確認するので経営計画にターゲットを入れないのでしょう。皮肉な事に目標値を掲げている日本のROEって米国の半分程度で、やっぱり利益率も日本企業は低いです。経営陣には株主から選ばれたという意識が希薄で、自分は会社で育った従業員の延長線に立っているという根本的な誤解がある可能性もありそうです。
このことは実は、同じことの繰り返しになっている日常に関係がある気がするのです。経営陣の怠慢の結果かも知れないからです。日本人は世界的にみても非常に質の高いマインドをもった人が多い集団だと思います。ところが、同じ繰り返しでも、既存ビジネスの繰り返しをするのが日本、どんどん新しい成長ビジネスの模索を繰り返すのが欧米企業という感じになっているようです。
これって高度成長期のビジネスモデルで大成功した日本型モデルから脱却できていない証拠だと思います。で、市場にある企業の8割がそうならば、関連する企業も、特に日本的な商習慣ではしがらみをドラスティックに変えられないので、社会全体がそのような方向に無自覚のうちに動いていってしまうと思うんです。これは新しい成長分野に絶えず挑んでいくという経営的なイニシアチブの欠如が原因だろうと思います。IPOで創業者が小金持ちになって終わるタイプの企業が多いのであれば問題ですね・・・。
現実的に僕たちが投資をする時には、投資する企業の事業領域が、その属する社会でも変革し続けられるかどうかを吟味することが重要です。どの社会にも程度の差はあれ、革新的な企業や分野は存在すると思うからです。