僕の本業は今のところサラリーマンですが、将来は投資家だと言えるようになりたいと思っています。
僕は朝7時から深夜まで多くのWEB会議があり、毎日、何百というメールを読んで、レポートを作成してと、兎に角やることは沢山あります。ある時、新幹線で鬼のようにノートパソコンで仕事をしていたら、隣のスーツ姿の中年の方が眠たそうな声で「パソコン閉じてゆっくりすれば?」と気の毒そうにアドバイスしてくれました。「ビジネスをしているのに、なんて呑気な人なんだ」と驚きました・・・。でも、その方には僕が可哀そうに見えたのでしょう。
会社からは残業は減らし、売上は最大化を求められます。そうなると、自分の為に働いてくれるパートナーを増やすしかないですね。社内リソース、顧客からの口コミ、代理店の活用などです。自分以外の人たちをお互いのために活用し合うということになります。一方だけが得をする関係は長続きしませんから。これって株式投資と少し似た部分がありますね。投資での大きな違いは自分の代わりにお金が働いていることでしょうか。
前置きが長くなりましたが、「サラリーマン」と「投資家」の決定的な違いは何でしょうか。それは前者は「労働者」、そして後者は「資本家」ということです。僕が時間管理をしているのは自分という原資を効率よく活用するために行っているのですが、これは自分を労働者と見做している行為です。だから、自ずと限界があるのです。日本に生まれ育つと、「額に汗して働く」ことが美徳という社会的空気があるので、発想の起点は労働者のそれです。だから、僕はそこは発想を転換して、資本主義社会で生きるならば、その制度設計上の主体である資本家になってみたいと思うのです。
実は僕は長期投資の信奉者です。長期投資は企業のオーナーとして経営者に出資をして働いてもらっている為、資本家の行為ですね。僕は短期投資もやっていますが、前者は資本家として、後者は労働者としてやっています。短期投資は売買を繰り返すので、自分が主体となって稼ぐ行為ですから、労働者なのです。
面白いのは労働を重んじる日本の風土にも関わらず、労働者である短期投資家をマネーゲームをする者として軽く見る傾向がありますね。これは日本に資本主義が深くまで根付いていないからかも知れません。
日本は知らないうちに高度成長期の蓄積資産を食いつぶしながら貧しくなっているのですが、ゆっくりと進行しているので日本の中だけを見ていると気づかないのだと思います。金融を軽んじる人が多いようであれば、それは日本のためにならないと僕は思います。そして、職業に貴賤はないと言いながら、額に汗をかかない行動を馬鹿にするのは間違っているだけでなく次世代のためには罪深いと思います。
一人でも多くの人たちにこの資本家という考えを共有し参考にして欲しいと願っています。